太陽を追いかける月のように

あらんすみし

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伝えたいことがあるんだ

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俺が川口青年の部屋を出ると、空は雲が途切れて、三日月が顔を覗かせていた。
俺は、あちらこちらに残る水溜まりを避けるでもなく、ゆっくりと、真っ直ぐに、一歩一歩進んで行く。
頭の中は、川口青年のことでいっぱいだった。
あの時、俺は何て答えていれば良かったのだろう?何て答えていたら、彼を救えたのだろう?いや、彼を救うだなんて上から目線で思い上がっている。俺は、罪悪感と羞恥心に激しく苛まれた。
俺は、来た道を引き返した。足がぶっ壊れるんじゃないかと思うほど走った。
肺が破裂するんじゃないかと思うほど走った。
何度も足が止まりそうになるが、とにかくそんな時は川口青年の苦しみに想いを馳せることで心に鞭を打って走った。
走り続けて川口青年のアパートに戻った俺は、時間を顧みる余裕も無く、ただ玄関のチャイムを3度押した。
「はい」
中から川口青年の声がして、ドアが少し開く。
「伝えたいことがあるんだ」
「まっ、待って下さい。今、チェーン開けますから」
いったんドアが閉まり、中でチェーンを外す音がして再びドアが開くと、そこには驚きで目を見開いた川口青年の顔があった。
「どうしたんですか?」
俺は大きく深呼吸をした。息があがっていたのもあるが、息を整え、気持ちを整えて、噛み締めるように大切に切り出した。
「俺は、お前のことが好きみたいだ」
川口青年の表情に変化はない。
「俺は、お前のことが好きだ」
俺の口からは、何の躊躇いもなく言葉が紡がれる。
「だから、お前も同じなら、俺と」
川口青年は、俺の言葉が全て終わる前に、俺に抱きついて来た。
川口青年の体から、彼の体温や鼓動が伝わってくる。
川口青年は、その大きな体を震わせて嗚咽を漏らしている。
「顔、見せてくれよ」
「イヤです、見られたくない」
「頼む」
川口青年は、顔を涙と鼻水でグチャグチャにしていた。
今まで見たことのない顔を見て、愛おしさで、俺は彼にキスをした。
キスは、涙なのか鼻水なのかわからないが、塩っぱい味がした。
「汚いですよ」
「かまうもんか」
仮に汚いとしても、それも引っくるめて川口青年のことが、俺は心底愛していた。
俺たちは、玄関でいつまでも終わることのないキスをして、それから2人で笑った。
笑い合えれば、それだけで十分で、余計な言葉など無くても良かった。
「寒いでしょ?中、入りましょ」
川口青年は、俺の手を取って中に招き入れた。
部屋に入るや否や、俺たちはベッドに倒れ込んだ。そして、さっきの続きのキスをした。
「ごめん、もう寝るところだった?」
「いえ、これから風呂に入るところでした」
「そうか・・・じゃあ、一緒に入っちゃう?」
川口青年は、これまでに見せたことのない、満面の照れ笑いで頷いた。
「でも、その前にもう少しキスしたいです」
かわいい。可愛すぎる。

その後、俺たちは一緒に風呂に入ることにした。
川口青年の若い逞しい体が眩しい。それに引き換え、俺のだらしない体ときたら・・・こんな日が来るなら、もっと節制しておけば良かった。
アパートの小さな浴槽には、大きな男2人が一緒に入ることは出来ないので、交代で入ることにした。
「なんだよ、そんなにジロジロ見るなよ。大したものでもないだろ」
「いえ、カッコいいなぁ、って思って」
「嫌味か!」
川口青年はイタズラっぽい、少年のような笑顔で笑う。
「福山さん、背中流しますよ」
「おう、悪いな」
俺は頭を洗ってすすぎ、川口青年に背中を流してもらうことにした。
「なんか、修学旅行みたいですね」
「そうか?」
「とても楽しいです」
「俺もだよ」
「福山さんの背中、広いですね」
「そうか?ただのオッサンの背中だろ」
「大好きです」
川口青年が、俺の背中にその大きな体を預けてきた。
穏やかな時間が2人を包み込む。不思議だな。初めての恋愛でも無いし、これまでも何人もの彼女たちと風呂に入ったし、一緒に寝たこともあるのに、どうしてこいつとだとこんなに愛おしく思えるのか。マイナスイオン、半端じゃないな。
「うわっ!そこはいいって!自分で洗うから!」
「えー?何でですか?」
「とにかくだ!今日はダメだ!」
「じゃあ、明日ならいいですか?」
「そ、そういう問題じゃない!」
「はいはい、わかりました。つまんないの。でも、福山さんのアソコって・・・」
川口青年は、言葉の続きをそっと俺に耳打ちして来た。
「な、何を言ってるんだ!」
「今度は俺の背中、流してくださいよ」
川口青年は、俺に背を向けておねだりした。


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