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聞きたいことがあるんだ
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翌日、俺が出勤すると、川口青年も既に出勤していてこちらに背を向けて、一心不乱にパソコンを叩いていた。
俺は、タイムカードも押さずに彼のもとへまっすぐに向かい、彼に声をかけた。
「川口、おはよう」
「あっ、福山さん、おはようございます」
川口青年は、俺をチラッと見て素っ気なく挨拶すると、再びパソコンのモニターとの睨めっこに戻った。
「今日、話があるんだけど、仕事終わったら飲みに行かないか?」
一瞬、川口青年の手が止まるも、すぐにキーボードが乾いた音を立てる。
「すいません、今日は仕事で遅くなりそうです」
「待ってる」
「待たれても困ります」
「部屋の前で待ってる」
「・・・」
俺は、そう一方的に告げて自分の席に座った。
川口青年を困らせているのはわかっている。だが、このままギクシャクした関係が続くのは、お互いのために良くない。
どこかでケリをつけないと、俺も、彼も、何か誤解したまま関係が壊れてしまうと思うと、方法なんて考えている余裕は無かった。
退勤時間となり、俺は気もそぞろに帰り支度を始めた。
川口青年は、まだパソコンの前に貼り付いている。
その後ろ姿を見ていると、今朝俺が言ったことが本当に一方的で我儘な気がしてきて、小さな罪悪感が芽生えてきた。
今日は、諦めた方がいいだろうか?
しかし、今日のタイミングを逃すと、このまま何も聞くこともできず、ただ関係が終わってしまうだけのような予感がしてならなかった。
迷いながらも俺は、川口青年のアパートへと向かった。
途中、空から雨が落ちてきた。
天気予報では、雨の降る確率は10%と予報していたので、あいにく傘を持って来なかった。
途中、傘を買うような所も無いので、とりあえず川口青年のアパートへと急ぐが、着く頃にはけっこう濡れてしまった。
雨は次第に激しくなってきて、軒下にいても風に流れて少し雨粒が当たる。
夜の9時をまわっても川口青年は帰って来ない。
俺は、他のアパートの住人の視線に耐えながら、それでも彼の帰りを待っていた。
それから1時間ほどして、川口青年はコンビニのビニール袋を手に下げて、水溜りを避けながら帰ってきた。
「本当に待っていたんですか?」
川口青年は、驚いているというよりも、呆れているようだった。
「当たり前だろ。待ってる、って言っちゃったんだから」
「だからって、こんな雨の中・・・とにかく、体を乾かさないと。早く部屋の中に入ってください」
川口青年は、急いで鍵を開けて俺を中に招き入れると、奥から急いでタオルと着替えのスウェットを持ってきた。
俺よりも体の大きい川口青年のスウェットが暖かい。雨で冷えた体を暖めてくれるようだ。
川口青年は俺を座らせ、黙ってドライヤーで俺の髪を乾かした。俺も、彼にされるがままに身を任せていた。
「話って何ですか?」
沈黙を破って川口青年がポツリと呟く。
しかし、俺はなかなか言葉が出て来ない。
沈黙が何千本もの針のように、ヒリヒリと俺の全身を突くようだ。
「俺のこと、どう思う?」
何とも我ながらストレートな言葉が出た。
口に出してはみたものの、もう少し言い方が無かっただろうかと後悔もしたが、一度口にしてしまった言葉を無かったことにもできず、再び言葉は沈黙を連れて来た。
「もし・・・」
川口青年は一言だけ口にして言い淀んだ。俺は、敢えてその先を促すようなことはしなかった。
「もし、正直に言ったら、福山さんは応えてくれるんですか?」
その声音は不安で微かに震えているように聞こえた。
正直言って俺は川口青年の気持ちに応えられると自信を持って言えなかった。
この時俺は、自分だけが楽になりたくて彼に負担を強いていることに気づいた。
彼にだけ自分の気持ちを口にすることを強いて、彼を苦しめている。それが自分の至らなささを痛感させた。
「ごめん・・・今夜は帰る。悪かったな、無理言って」
俺は、濡れた服を持って部屋を出た。
川口青年は、俺を見送ることもせず、ずっと押し黙っていた。
いったい何をしているんだ、俺は。
俺は、タイムカードも押さずに彼のもとへまっすぐに向かい、彼に声をかけた。
「川口、おはよう」
「あっ、福山さん、おはようございます」
川口青年は、俺をチラッと見て素っ気なく挨拶すると、再びパソコンのモニターとの睨めっこに戻った。
「今日、話があるんだけど、仕事終わったら飲みに行かないか?」
一瞬、川口青年の手が止まるも、すぐにキーボードが乾いた音を立てる。
「すいません、今日は仕事で遅くなりそうです」
「待ってる」
「待たれても困ります」
「部屋の前で待ってる」
「・・・」
俺は、そう一方的に告げて自分の席に座った。
川口青年を困らせているのはわかっている。だが、このままギクシャクした関係が続くのは、お互いのために良くない。
どこかでケリをつけないと、俺も、彼も、何か誤解したまま関係が壊れてしまうと思うと、方法なんて考えている余裕は無かった。
退勤時間となり、俺は気もそぞろに帰り支度を始めた。
川口青年は、まだパソコンの前に貼り付いている。
その後ろ姿を見ていると、今朝俺が言ったことが本当に一方的で我儘な気がしてきて、小さな罪悪感が芽生えてきた。
今日は、諦めた方がいいだろうか?
しかし、今日のタイミングを逃すと、このまま何も聞くこともできず、ただ関係が終わってしまうだけのような予感がしてならなかった。
迷いながらも俺は、川口青年のアパートへと向かった。
途中、空から雨が落ちてきた。
天気予報では、雨の降る確率は10%と予報していたので、あいにく傘を持って来なかった。
途中、傘を買うような所も無いので、とりあえず川口青年のアパートへと急ぐが、着く頃にはけっこう濡れてしまった。
雨は次第に激しくなってきて、軒下にいても風に流れて少し雨粒が当たる。
夜の9時をまわっても川口青年は帰って来ない。
俺は、他のアパートの住人の視線に耐えながら、それでも彼の帰りを待っていた。
それから1時間ほどして、川口青年はコンビニのビニール袋を手に下げて、水溜りを避けながら帰ってきた。
「本当に待っていたんですか?」
川口青年は、驚いているというよりも、呆れているようだった。
「当たり前だろ。待ってる、って言っちゃったんだから」
「だからって、こんな雨の中・・・とにかく、体を乾かさないと。早く部屋の中に入ってください」
川口青年は、急いで鍵を開けて俺を中に招き入れると、奥から急いでタオルと着替えのスウェットを持ってきた。
俺よりも体の大きい川口青年のスウェットが暖かい。雨で冷えた体を暖めてくれるようだ。
川口青年は俺を座らせ、黙ってドライヤーで俺の髪を乾かした。俺も、彼にされるがままに身を任せていた。
「話って何ですか?」
沈黙を破って川口青年がポツリと呟く。
しかし、俺はなかなか言葉が出て来ない。
沈黙が何千本もの針のように、ヒリヒリと俺の全身を突くようだ。
「俺のこと、どう思う?」
何とも我ながらストレートな言葉が出た。
口に出してはみたものの、もう少し言い方が無かっただろうかと後悔もしたが、一度口にしてしまった言葉を無かったことにもできず、再び言葉は沈黙を連れて来た。
「もし・・・」
川口青年は一言だけ口にして言い淀んだ。俺は、敢えてその先を促すようなことはしなかった。
「もし、正直に言ったら、福山さんは応えてくれるんですか?」
その声音は不安で微かに震えているように聞こえた。
正直言って俺は川口青年の気持ちに応えられると自信を持って言えなかった。
この時俺は、自分だけが楽になりたくて彼に負担を強いていることに気づいた。
彼にだけ自分の気持ちを口にすることを強いて、彼を苦しめている。それが自分の至らなささを痛感させた。
「ごめん・・・今夜は帰る。悪かったな、無理言って」
俺は、濡れた服を持って部屋を出た。
川口青年は、俺を見送ることもせず、ずっと押し黙っていた。
いったい何をしているんだ、俺は。
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