太陽を追いかける月のように

あらんすみし

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歓迎会の夜に

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川口青年とシフトに入るようになって1ヶ月が経とうとした頃から、次第に俺たちは別々のシフトに入ることも増えてきた。
俺は出勤すると、まず職場に川口青年の姿を探すことが日課になっていた。
何となく、川口青年の元気な姿を見ているとホッとしたし、向こうも俺の姿を見つけると、屈託の無い笑顔を俺に向けてくれる。
シフトが被らなかったり、どちらかが非番の日で会えない時は、不思議とその日1日が物足りないような、何か欠けているような、そんな感覚を覚えるようになっていた。
繁忙期が終わり、職場ではようやく遅ればせながら川口青年の歓迎会を開催することになった。
俺は率先して幹事に名乗りをあげた。
かわいい後輩のために、川口青年が喜ぶ顔を見たい。それだけのことだった。
「おい、今度の歓迎会、何か食べたいものあるか?」
「うーん。特に無いですけど」
「何かあるだろ?焼肉とか、寿司とか、飲み放題がいいとか、何かリクエストがあるだろ?」
「本当にこれといって無いんですよ。福山さんにお任せしますよ」
「そうか?それなら絶対にお前が泣いて喜ぶような歓迎会にしてやるから、期待してろよ」
「はい、楽しみにしてます」
「お前、そんな事言って、本当は俺のこと甘く見てるだろ?」
「何言ってるんですか?本当に期待してますってば」
奴の言葉にいまいち感情がこもっていないような気がするのは、ただの気のせいか?よーし、絶対に奴をビックリさせてやる!
しかし、いざとなるとなかなかこれと言ってネタが無い。
俺1人張り切ってみても、皆んなの予算の都合もあるし、相変わらず奴の喜びそうな情報も見つからない。
俺は、奴が何を喜ぶのかヒントを探して、奴をつぶさに観察することにした。
弁当は肉より揚げ物の方が多いみたいだ。
野菜は嫌いらしい。キャベツの千切りはいつも食べ残している。健康的じゃないな。
なんだあいつの財布、ボロボロだな。今度買ってやるか。
今朝は寝癖がそのままだな。どんだけ寝相が悪いんだよ?
おいおい、ワイシャツの下にTシャツの柄が透けてるぞ。
まったく、高校生みたいな奴だな。
奴を見ていると、いろいろと面白い発見が多くて飽きないな。
あっ、いかん。肝心のあいつの好みを忘れていた。
揚げ物が好きみたいだが、少しは健康的な食事もさせてやりたいところだ。
そうすると、脂ものは避けて刺身とか海鮮物中心にするか。
その辺の安い何とか水産とかではなく、予算の範囲内でも豪華そうに見えるのがいい。
そうすると、ここの海鮮居酒屋がいいかな。
あいつの驚く顔が今から目に浮かぶようだ。
そして歓迎会当日、シフトの都合で参加できないスタッフを除いて、ほぼ全てのスタッフが川口青年の歓迎会に出席した。
出席した皆んなの口から、とても会費の安さからは想像もできないグレードの高さだ、と感嘆の声があがる。
当然だ。俺がどれだけの想いで入念に計画を立ててきたことか。
「さあさあ、皆んな、早く座って。川口、お前はここだ」
俺はあいつをいちばん奥の主役席に座らせ、幹事の自分はいちばん離れた注文のしやすい入り口の席に着いた。
部長の音頭であちこちで乾杯の声が上がる。
あいつも楽しんでいるみたいだし、頑張ってリサーチした甲斐があったというものだ。
宴もつつがなく進行して、いつしか皆んな、それぞれ思い思いの席に移動して楽しんでいる。
仲のいい者同士、1人黙々と飲み食いする奴、完全に潰れている奴。
気がつくと、俺の隣には川口青年が座っていた。
「福山さん、今日は俺なんかのために、こんないい店を選んでくれてありがとうございます」
「だから言っただろ?期待してろって」
川口青年は満面の笑みを浮かべて、俺の言葉に同意した。
「福山さん、今日は飲まないんですか?」
「俺は幹事だからな。それよりお前はちゃんと飲んでるか?」
「はい、いい感じに酔ってきました」
俺は、奴が楽しんでくれていることがこの上なく嬉しかった。
最近、ここまでの充実感を味わったことなんて無かったな。奴を楽しませるつもりが、俺がいちばん楽しんでいたのかもしれないな。
「さて、宴もたけなわですが、そろそろ歓迎会もお開きの時間となりました。皆さん、忘れ物無いように気をつけて下さい!」
店の前で、歓迎会はお開きとなった。
「さて、帰るか」
店の前で、俺は奴と2人きり残された。
「お前、明日は休みだろ?ゆっくり酔いを覚せよ」
「ありがとうございます。今夜は本当に楽しかったです」
「またこういう飲み会やろうな」
俺は川口青年に握手を求めた。すると、奴は俺に抱きついてきた。こいつ、酔っ払うとこんな感情表現するんだな。
「福山さん、もう少し飲みませんか?」
俺から離れた奴は、子犬のような甘えた表情をして言った。
まぁ、それもいいかな、明日は俺は遅番だし。
「いいね、どこに行くか?」
川口青年は、何か言い淀んで沈黙している。そして、少しタイムラグがあって小さい声で言った。
「よかったら、俺の部屋で飲みませんか?」




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