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最終章
Organizing
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放課後、俺は大野櫻子が入院している学校近くの病院に立ち寄ることにした。
その日の診療時間もとっくに終了しているせいで、ロビーには暇を持て余しているお年寄りの患者や、俺と同じく入院している者を見舞う人達が数組いるくらいだった。
俺が大野櫻子の入院している部屋に入ると、ベッドに横になって点滴をしている大野櫻子は、ぼんやりと外の風景を眺めていた。
「大野先生」
俺はなるべく大野櫻子を驚かさないように、そっと囁くように呼びかけた。
「あっ、佐藤先生。お疲れ様です」
そっと声をかけてはみたが、それでもやはり大野櫻子を多少なりとも驚かせてしまったようで、彼女は目を丸くしていた。
「すいません、驚かせるつもりはなかったんですけど」
「いえ、少し考え事をしていたものですから、すいません」
そう言って大野櫻子は立ちあがろうとする。
「あっ、無理しないで下さい」
俺は立ちあがろうとする大野櫻子に声をかけたが、彼女は小さく首を横に振った。
「ここでは他の方達にご迷惑をかけてしまいます。奥にお茶を飲める所があるので、そこでお話しをしませんか」
たしかに、他の入院患者のいる室内で、学校で起きていることを話すことは、秘密裏にしなければいけない情報が漏れることにもなりかねない。
そう考えた俺は、大野櫻子の提案に従って部屋を出た。
「どうぞ」
大野櫻子は、缶コーヒーを俺に差し出した。
俺が礼を言うと、大野櫻子は俺の向かいに腰を下ろした。
「今日の学校はいかがでしたか?」
開口一番、大野櫻子はそう切り出した。
「黒い手紙の主はわかりました。目黒明日香です」
「やはりそうでしたか」
どうやら大野櫻子も手紙の主については察していたらしい。
「佐野杏奈は今日は欠席しました」
「いつも強気な佐野さんでも、さすがに2度も誰かに狙われたことはこたえたのでしょうね」
「それですが、最初の植木鉢の落下は、プランターの金属劣化による自然落下の可能性が高いことが、鑑定の結果わかっています」
「え!それじゃあ」
大野櫻子の表情からは、驚きと混乱の色が見える。それはそうだ。全ての始まりとなった出来事が、ただの事故だったのだから。
「あと、安城誠を自転車で轢こうとして怪我を負わせたのも、佐野杏奈でほぼ間違いないでしょう」
俺の推理に、大野櫻子は言葉を失い、ただ呆然とするしかないようだった。
「で・・・でも、佐野さんには、加納君の時にはアリバイがあったはず。それはどうやって説明されるおつもりですか?
」
「そうなんです。それがこの一連の事件の複雑で難しいところなのです。誰かが襲われると、アリバイのあるものと無い者とがいる。しかし、その次には前回アリバイの無かった者が襲われたり、アリバイがあった者が今回は無かったり。俺にも説明のつかない事が多くあります」
俺は大野櫻子から受け取った缶コーヒーを開けて、一息で飲み、喉の渇きを潤した。
この事件の始まりとなった佐野杏奈の件は、事故の可能性が高いということで解決だろう。
しかし、そのあとに続く一連の事件は、それぞれが独立した事件として考えることは難しい。
その可能性が全く無いとも言えないが、6人のグループの中で4人が危険な目に遭うということは、偶然にしては不自然すぎる。
まず、加納慎一の件について考察してみよう。
当初、佐野杏奈の件と、それに続く加納慎一の件は関連があると思われていた。
しかし、佐野杏奈が事故の可能性が高いとなった今、加納慎一を襲ったのはアリバイのある佐野杏奈以外の全員だ。
佐野杏奈は、加納慎一に対して動機がありそうだ。佐野杏奈は、自らを危険な目に遭わせたのは加納慎一だと思っているようだからな。しかし、そうなるとやはりアリバイが。
他に誰か加納慎一に対して動機のある者とすれば、槇隆文か。槇は好きな女子を巡って、表向きは何も無いように振る舞っているが、内心分からないと安城誠は証言していた。
安城や中井華子、田之上陽子には、現時点で加納慎一に危害を加える動機は見つかっていない。可能性を排除することはできないが、やはり第一容疑者は槇隆文か?
しかし、槇隆文には続く安城誠の時にはアリバイがあり、さらにその後は佐野杏奈と共に危険な目に遭っている。
そうなると、やはり一連の事件の容疑からは除外するしかないだろうか?
次に、安城誠の件についてだ。
安城誠に対しては、まだ誰かが彼に強い動機を抱いていたかというのは判明していない。
そうなると、現時点で検証できるのはアリバイのみだ。
安城誠の場合、アリバイが確認されているのは、中井華子と槇隆文だけだ。
中井華子は繁華街で俺と一緒にいたから間違い無い。
槇隆文も部活動中で、途中で抜け出して現場まで行くのはほぼ不可能だろう。
そうなると、残るは佐野杏奈、田之上陽子、加納慎一の3人だ。
怪我の程度にもよるが、自転車に乗る事ができるかどうか分からない加納慎一は一旦置いておいて、そうすると残るは佐野杏奈と田之上陽子なのだが、ここで目黒明日香の証言が出てくる。
目黒明日香は、駅前の駐輪場で佐野杏奈が自転車を盗んでいる現場を目撃している。
駐輪場から現場までは自転車なら10分もかからないだろう。
しかし、当の安城誠は、自転車に乗っていたのは男だと言っている。
本当に男なのか、佐野杏奈を庇うために嘘をついたのか、しかし、それならなぜ庇う必要があるのか?
本当に男であるのなら、加納慎一も候補としてやはり外せないことになる。
安城誠の件については、3人の動機を確認しなければならないだろう。
次に佐野杏奈と槇隆文の2人の時の場合だ。
2人が襲われた時のアリバイは、全員が無い。
ただ、その中で中井華子だけは槇隆文に目撃されていて、本人もその時に駅にいたことを認めている。現時点では、中井華子の容疑が一番濃厚と思われる。
加納慎一、安城誠、田之上陽子はどうだろう?
3人とも当時のアリバイは無いらしい。
そうなると、動機から考察するべきだろうか?
加納慎一はどうだろう?
佐野杏奈と槇隆文は、加納慎一に対して動機と思われるものがあるが、加納慎一が2人に対して恨みを抱くような事があるだろうか?
逆恨みとか、自分を襲ったのが2人のうちのどちらかだと睨んでやったのか?
安城誠はどうだ?安城誠のグループ内の立ち位置は、あくまでも中立路線だ。必要以上に干渉することもしない。
田之上陽子はどうだろう?
彼女には、日頃からこき使われていることに対する鬱憤は溜まっていただろうが、それが2人を襲うまでになるだろうか?それに、彼女に佐野杏奈を襲うことなど無いような気もするが。
単純にアリバイの有無だけでは語れなさそうだ。
その日の診療時間もとっくに終了しているせいで、ロビーには暇を持て余しているお年寄りの患者や、俺と同じく入院している者を見舞う人達が数組いるくらいだった。
俺が大野櫻子の入院している部屋に入ると、ベッドに横になって点滴をしている大野櫻子は、ぼんやりと外の風景を眺めていた。
「大野先生」
俺はなるべく大野櫻子を驚かさないように、そっと囁くように呼びかけた。
「あっ、佐藤先生。お疲れ様です」
そっと声をかけてはみたが、それでもやはり大野櫻子を多少なりとも驚かせてしまったようで、彼女は目を丸くしていた。
「すいません、驚かせるつもりはなかったんですけど」
「いえ、少し考え事をしていたものですから、すいません」
そう言って大野櫻子は立ちあがろうとする。
「あっ、無理しないで下さい」
俺は立ちあがろうとする大野櫻子に声をかけたが、彼女は小さく首を横に振った。
「ここでは他の方達にご迷惑をかけてしまいます。奥にお茶を飲める所があるので、そこでお話しをしませんか」
たしかに、他の入院患者のいる室内で、学校で起きていることを話すことは、秘密裏にしなければいけない情報が漏れることにもなりかねない。
そう考えた俺は、大野櫻子の提案に従って部屋を出た。
「どうぞ」
大野櫻子は、缶コーヒーを俺に差し出した。
俺が礼を言うと、大野櫻子は俺の向かいに腰を下ろした。
「今日の学校はいかがでしたか?」
開口一番、大野櫻子はそう切り出した。
「黒い手紙の主はわかりました。目黒明日香です」
「やはりそうでしたか」
どうやら大野櫻子も手紙の主については察していたらしい。
「佐野杏奈は今日は欠席しました」
「いつも強気な佐野さんでも、さすがに2度も誰かに狙われたことはこたえたのでしょうね」
「それですが、最初の植木鉢の落下は、プランターの金属劣化による自然落下の可能性が高いことが、鑑定の結果わかっています」
「え!それじゃあ」
大野櫻子の表情からは、驚きと混乱の色が見える。それはそうだ。全ての始まりとなった出来事が、ただの事故だったのだから。
「あと、安城誠を自転車で轢こうとして怪我を負わせたのも、佐野杏奈でほぼ間違いないでしょう」
俺の推理に、大野櫻子は言葉を失い、ただ呆然とするしかないようだった。
「で・・・でも、佐野さんには、加納君の時にはアリバイがあったはず。それはどうやって説明されるおつもりですか?
」
「そうなんです。それがこの一連の事件の複雑で難しいところなのです。誰かが襲われると、アリバイのあるものと無い者とがいる。しかし、その次には前回アリバイの無かった者が襲われたり、アリバイがあった者が今回は無かったり。俺にも説明のつかない事が多くあります」
俺は大野櫻子から受け取った缶コーヒーを開けて、一息で飲み、喉の渇きを潤した。
この事件の始まりとなった佐野杏奈の件は、事故の可能性が高いということで解決だろう。
しかし、そのあとに続く一連の事件は、それぞれが独立した事件として考えることは難しい。
その可能性が全く無いとも言えないが、6人のグループの中で4人が危険な目に遭うということは、偶然にしては不自然すぎる。
まず、加納慎一の件について考察してみよう。
当初、佐野杏奈の件と、それに続く加納慎一の件は関連があると思われていた。
しかし、佐野杏奈が事故の可能性が高いとなった今、加納慎一を襲ったのはアリバイのある佐野杏奈以外の全員だ。
佐野杏奈は、加納慎一に対して動機がありそうだ。佐野杏奈は、自らを危険な目に遭わせたのは加納慎一だと思っているようだからな。しかし、そうなるとやはりアリバイが。
他に誰か加納慎一に対して動機のある者とすれば、槇隆文か。槇は好きな女子を巡って、表向きは何も無いように振る舞っているが、内心分からないと安城誠は証言していた。
安城や中井華子、田之上陽子には、現時点で加納慎一に危害を加える動機は見つかっていない。可能性を排除することはできないが、やはり第一容疑者は槇隆文か?
しかし、槇隆文には続く安城誠の時にはアリバイがあり、さらにその後は佐野杏奈と共に危険な目に遭っている。
そうなると、やはり一連の事件の容疑からは除外するしかないだろうか?
次に、安城誠の件についてだ。
安城誠に対しては、まだ誰かが彼に強い動機を抱いていたかというのは判明していない。
そうなると、現時点で検証できるのはアリバイのみだ。
安城誠の場合、アリバイが確認されているのは、中井華子と槇隆文だけだ。
中井華子は繁華街で俺と一緒にいたから間違い無い。
槇隆文も部活動中で、途中で抜け出して現場まで行くのはほぼ不可能だろう。
そうなると、残るは佐野杏奈、田之上陽子、加納慎一の3人だ。
怪我の程度にもよるが、自転車に乗る事ができるかどうか分からない加納慎一は一旦置いておいて、そうすると残るは佐野杏奈と田之上陽子なのだが、ここで目黒明日香の証言が出てくる。
目黒明日香は、駅前の駐輪場で佐野杏奈が自転車を盗んでいる現場を目撃している。
駐輪場から現場までは自転車なら10分もかからないだろう。
しかし、当の安城誠は、自転車に乗っていたのは男だと言っている。
本当に男なのか、佐野杏奈を庇うために嘘をついたのか、しかし、それならなぜ庇う必要があるのか?
本当に男であるのなら、加納慎一も候補としてやはり外せないことになる。
安城誠の件については、3人の動機を確認しなければならないだろう。
次に佐野杏奈と槇隆文の2人の時の場合だ。
2人が襲われた時のアリバイは、全員が無い。
ただ、その中で中井華子だけは槇隆文に目撃されていて、本人もその時に駅にいたことを認めている。現時点では、中井華子の容疑が一番濃厚と思われる。
加納慎一、安城誠、田之上陽子はどうだろう?
3人とも当時のアリバイは無いらしい。
そうなると、動機から考察するべきだろうか?
加納慎一はどうだろう?
佐野杏奈と槇隆文は、加納慎一に対して動機と思われるものがあるが、加納慎一が2人に対して恨みを抱くような事があるだろうか?
逆恨みとか、自分を襲ったのが2人のうちのどちらかだと睨んでやったのか?
安城誠はどうだ?安城誠のグループ内の立ち位置は、あくまでも中立路線だ。必要以上に干渉することもしない。
田之上陽子はどうだろう?
彼女には、日頃からこき使われていることに対する鬱憤は溜まっていただろうが、それが2人を襲うまでになるだろうか?それに、彼女に佐野杏奈を襲うことなど無いような気もするが。
単純にアリバイの有無だけでは語れなさそうだ。
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