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第四章 迷宮の扉
ハエ女
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俺は急いで田之上陽子の後を追って、視聴覚室の重い扉を開けて部屋の外へ出た。
視聴覚室の傍の階段を駆け上がる人影を見て、俺も階段を一段飛ばしに駆け上がる。
すると、階段を登り切ったところに目黒明日香が倒れていた。
「なんだ、また君か」
俺は上体を起こして立ちあがろうとする目黒明日香に手を差し出して、彼女が立ち上がるのを手助けした。
「まぁいい。どうせこのあと君には会いに行くつもりでいたからな。あの黒い手紙は君が出したものだろ?」
「もう、またわかっちゃったの?悔しいなぁ」
目黒明日香は、いたずらっぽく頬を膨らませて上目遣いで俺を見上げて立ち上がった。
「君が彼らを引っ掻き回すようなことをするから、正直言って調査の邪魔にしかならない」
「だって、あいつらの困ったところ見てみたいじゃない。いい気味だわ、あんな奴ら」
「そんなことより田之上君はどっちへ行った?」
俺は周囲を見回したが、もう田之上陽子の姿はどこにも見当たらない。
「そんなことより、って酷いわ。せっかく耳寄りな情報を教えてあげようと思ったのに」
「耳寄りな情報?」
俺は目黒明日香の言っていることにはさほど期待はしていなかったが、ここで邪険に扱って、また調査を乱されるようなことをされないように、さも興味を惹かれたように装うことにした。
「でも、教えてあげない。探偵さん、私のこと邪魔者扱いするから」
目黒明日香はクスクスと笑いを堪えながら言った。
いったいこの子は何を知っているのだろう?少しかまをかけてみるか。
「そんな含みを持たせても意味ない。どうせ田之上君を駅で見たとか言うつもりだろ?」
「違うわ!自転車泥棒のことよ!」
そう言うと、目黒明日香はハッとした表情をして口をつぐんでしまった。
「自転車泥棒?安城君と関係あることか?」
俺は思わず目黒明日香の両肩を掴んで詰問した。
「はい・・・私、あの日、自転車泥棒をしている人を見たんです」
「それは誰だ!?」
俺の追求する剣幕に、目黒明日香は少し気後れしたのか言葉を詰まらせながら答えた。
「佐野さん・・・です」
そうなのか!そういえば、あの日、田之上陽子は佐野杏奈と一緒に下校し、駅の近くで別れたと言っていたな。その近くには駐輪場があったはず。急いで自転車を漕げば、安城襲撃現場まではそれほど時間はかからない。
しかし、だとしたら動機は?
佐野杏奈は、安城誠が自分を危険な目に遭わせたと確信していたのか?しかし、あれは自然劣化による落下だし、そもそも安城誠には佐野杏奈を危険な目に遭わせる動機が無い。
何にしろ、これで佐野杏奈は容疑が濃くなったということだ。
しかし、そうすると佐野杏奈が駅の階段で突き落とされたのはどういうことなのだ?
「ありがとう、恩に着るよ」
俺はポカンとしている目黒明日香をその場に残して、田之上陽子の姿を探しに戻った。
田之上陽子は、例によって屋上に出るドアの前で座り込んで啜り泣いていた。
「大丈夫か?」
俺が声をかけると、田之上陽子は顔を上げた。涙と鼻水で田之上陽子の顔はグチャグチャだった。
「先生。すいません、すっかり取り乱してしまって」
俺は田之上陽子の隣に腰を下ろした。
「気にすることはない。皆んな、疑心暗鬼になっているだけだ。君があんなことをする奴じゃないことは、先生が分かっているし、必ず証明してみせる」
田之上陽子は、俺の言葉に応えて小さく首を縦に振って頷いた。
「それで、一つ確認したいのだけど、安城君が怪我をした日、君は佐野君と一緒に下校していたよね。佐野君とはどの辺りで別れたのか、もう一度聞かせてくれないか」
「駅の近くですけど」
「その近くに駐輪場は無かったか?」
「ありますけど、それがどうかしましたか?」
田之上陽子の目には、期待と不安の色が同居している。
「よく聞いてくれ。これから言うことは、まだ誰にも言ってはいけない。いいね」
俺が田之上陽子に強く言い聞かせると、彼女はゆっくりと頷いた。
「安城君に怪我をさせたのは、佐野君の可能性が高い」
俺の言葉に、田之上陽子は目を丸くして驚きを隠せずにいた。
「そんなバカな!だって佐野さんは、自分だって危ない目に遭っているのに!」
「シッ!静かに!そう、たしかにそこが問題なんだ。そこがこの事件を難しくさせているところでもあり、肝となるところなんだ。この入り組んでいる関係さえ解明できれば、事件の解決は近い」
「先生、自分にも何かできませんか?自分には、佐野さんがそんなことをしたなんて思えません。自分、佐野さんの疑いを晴らしたいんです」
「いや、君はこれ以上、事件に首を突っ込まない方がいいだろう。それより、自分自身の身の安全を最優先させるんだ。いいね?」
田之上陽子は、俺の忠告に渋々首を縦に頷いた。これ以上の事件が起きることは許されない。
俺は改めて、事件の一刻も早い幕引きを心に誓った。
視聴覚室の傍の階段を駆け上がる人影を見て、俺も階段を一段飛ばしに駆け上がる。
すると、階段を登り切ったところに目黒明日香が倒れていた。
「なんだ、また君か」
俺は上体を起こして立ちあがろうとする目黒明日香に手を差し出して、彼女が立ち上がるのを手助けした。
「まぁいい。どうせこのあと君には会いに行くつもりでいたからな。あの黒い手紙は君が出したものだろ?」
「もう、またわかっちゃったの?悔しいなぁ」
目黒明日香は、いたずらっぽく頬を膨らませて上目遣いで俺を見上げて立ち上がった。
「君が彼らを引っ掻き回すようなことをするから、正直言って調査の邪魔にしかならない」
「だって、あいつらの困ったところ見てみたいじゃない。いい気味だわ、あんな奴ら」
「そんなことより田之上君はどっちへ行った?」
俺は周囲を見回したが、もう田之上陽子の姿はどこにも見当たらない。
「そんなことより、って酷いわ。せっかく耳寄りな情報を教えてあげようと思ったのに」
「耳寄りな情報?」
俺は目黒明日香の言っていることにはさほど期待はしていなかったが、ここで邪険に扱って、また調査を乱されるようなことをされないように、さも興味を惹かれたように装うことにした。
「でも、教えてあげない。探偵さん、私のこと邪魔者扱いするから」
目黒明日香はクスクスと笑いを堪えながら言った。
いったいこの子は何を知っているのだろう?少しかまをかけてみるか。
「そんな含みを持たせても意味ない。どうせ田之上君を駅で見たとか言うつもりだろ?」
「違うわ!自転車泥棒のことよ!」
そう言うと、目黒明日香はハッとした表情をして口をつぐんでしまった。
「自転車泥棒?安城君と関係あることか?」
俺は思わず目黒明日香の両肩を掴んで詰問した。
「はい・・・私、あの日、自転車泥棒をしている人を見たんです」
「それは誰だ!?」
俺の追求する剣幕に、目黒明日香は少し気後れしたのか言葉を詰まらせながら答えた。
「佐野さん・・・です」
そうなのか!そういえば、あの日、田之上陽子は佐野杏奈と一緒に下校し、駅の近くで別れたと言っていたな。その近くには駐輪場があったはず。急いで自転車を漕げば、安城襲撃現場まではそれほど時間はかからない。
しかし、だとしたら動機は?
佐野杏奈は、安城誠が自分を危険な目に遭わせたと確信していたのか?しかし、あれは自然劣化による落下だし、そもそも安城誠には佐野杏奈を危険な目に遭わせる動機が無い。
何にしろ、これで佐野杏奈は容疑が濃くなったということだ。
しかし、そうすると佐野杏奈が駅の階段で突き落とされたのはどういうことなのだ?
「ありがとう、恩に着るよ」
俺はポカンとしている目黒明日香をその場に残して、田之上陽子の姿を探しに戻った。
田之上陽子は、例によって屋上に出るドアの前で座り込んで啜り泣いていた。
「大丈夫か?」
俺が声をかけると、田之上陽子は顔を上げた。涙と鼻水で田之上陽子の顔はグチャグチャだった。
「先生。すいません、すっかり取り乱してしまって」
俺は田之上陽子の隣に腰を下ろした。
「気にすることはない。皆んな、疑心暗鬼になっているだけだ。君があんなことをする奴じゃないことは、先生が分かっているし、必ず証明してみせる」
田之上陽子は、俺の言葉に応えて小さく首を縦に振って頷いた。
「それで、一つ確認したいのだけど、安城君が怪我をした日、君は佐野君と一緒に下校していたよね。佐野君とはどの辺りで別れたのか、もう一度聞かせてくれないか」
「駅の近くですけど」
「その近くに駐輪場は無かったか?」
「ありますけど、それがどうかしましたか?」
田之上陽子の目には、期待と不安の色が同居している。
「よく聞いてくれ。これから言うことは、まだ誰にも言ってはいけない。いいね」
俺が田之上陽子に強く言い聞かせると、彼女はゆっくりと頷いた。
「安城君に怪我をさせたのは、佐野君の可能性が高い」
俺の言葉に、田之上陽子は目を丸くして驚きを隠せずにいた。
「そんなバカな!だって佐野さんは、自分だって危ない目に遭っているのに!」
「シッ!静かに!そう、たしかにそこが問題なんだ。そこがこの事件を難しくさせているところでもあり、肝となるところなんだ。この入り組んでいる関係さえ解明できれば、事件の解決は近い」
「先生、自分にも何かできませんか?自分には、佐野さんがそんなことをしたなんて思えません。自分、佐野さんの疑いを晴らしたいんです」
「いや、君はこれ以上、事件に首を突っ込まない方がいいだろう。それより、自分自身の身の安全を最優先させるんだ。いいね?」
田之上陽子は、俺の忠告に渋々首を縦に頷いた。これ以上の事件が起きることは許されない。
俺は改めて、事件の一刻も早い幕引きを心に誓った。
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