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第四章 迷宮の扉
黒い手紙
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俺と大野は、大通りに出るとタクシーを拾い、運転手に言って、大至急、佐野杏奈と槇隆文が搬送された病院へとタクシーを走らせた。
病院へ向かう車中、大野の顔は強張り、両手を組んで何かを祈っているようであった。
無理も無い。ここ数日、いろいろなことが起こりすぎた。
受け持ちの女生徒の変死から始まり、次々と自分の受け持ちをする生徒たちが襲われ、普通の精神状態ではいられなかったであろう。
早く、何としても事件を解決しなければと、俺は改めて心に誓った。
タクシーが病院の車止めに滑り込み、ドアが開くと同時に大野はタクシーから駆け降り、病院の中へと消えて行った。
俺もタクシー運転手に料金を払ってから、大野の後を追う。
「こっちです!佐藤先生!」
大野の俺を呼ぶ声が、人気のない静まり返った病院のロビーに木霊する。
俺は急いで大野と共にエレベーターに乗りこみ、2人が処置を受けているフロアへと向かった。
エレベーターが目的のフロアに到着して扉が開くやいなや、大野は一目散に唯一照明の灯っている部屋へと駆け出す。
そして、佐野杏奈と槇隆文が処置を受けていると思われる部屋に入ると、そこには顔や腕や脚などあらゆるところに擦り傷や痣を負った佐野杏奈と、頭や足首に包帯を巻いた槇隆文の姿を確認することができた。
2人の姿を見て、大野は顔をくしゃくしゃにして、その目からは涙が伝った。
「大野先生、あたしなら大した事ありません、槇君があたしを庇ってくれて大した怪我はしませんでした」
「ワイは大した事してません。結局、杏奈ちゃんが怪我をしてしまって申し訳ないです」
2人が狼狽している大野を安心させようと、気丈に振る舞っているのが俺には分かった。
気丈に振る舞ってはいても、自分達を見舞った不運に内心は穏やかでは無いだろう。
「いったい何が起きたんだ?」
俺の問いかけに佐野杏奈と槇隆文は、お互いの顔を見合わせて、槇隆文が意を決したように神妙な面持ちで口を開く。
「実は、ワイらのところに変な手紙が届いたんです」
「変な手紙?」
「これです」
そう言うと、槇隆文は一通の黒い封筒を俺に差し出した。
その封筒は、市販の白い封筒をマジックで黒く塗りつぶした、非常に稚拙な黒い封筒だった。
俺は槇隆文に了解を取って、中にあった便箋を取り出した。そこには、新聞や雑誌のものと思われる切り抜かれた活字を切り貼りした、脅迫文とおぼしき文言が書かれてあった。
『わたしはお前がやったことを全て知っている』
「これに心当たりは?」
「無いです。何のことを言いたいのか、ワイにはさっぱりです」
「あたしのところにはこの手紙が」
佐野杏奈も、自分が受け取った黒い封筒を差し出した。
『逃げられると思うな』
この一言だけでは、これにいったいどんな意味が込められているのかは汲み取れないな。
「あたし、怖い。またこんな目にあって、これからもこんな怖い目に遭わないといけないかもしれないなんて」
さっきまで気丈に振る舞っていた佐野杏奈の顔に、暗い影が射す。
「今日一緒にいたのも、この手紙が理由なのか?」
「はい、杏奈ちゃんから相談されて、ワイのところにも届いていたので、どうしようということになって、駅前のカフェで一緒にいたんです」
「2人とも、本当にこの手紙のことについて心当たりは無いんだね?」
「ありません、ワイには心当たりなんてありません」
槇隆文は天地天命に誓うかのように即答する。
「あたしも・・・特には」
佐野杏奈の反応には、どこか躊躇いのようなものが感じられた。気のせいだろうか?
「2人が怪我をした時の詳しい状況を聞かせてもらってもいいかな?」
「ワイらは確か、10時近くまでカフェで話し込んでました。時間も時間なんで、明日皆んなにも聞いてみよう、ということになって、そろそろ帰ろうということになりました。ワイら、帰る方向は途中まで同じなんで、電車に乗ろうと階段を降りていた時でした。ワイの後ろにいた杏奈ちゃんが転んだのは。咄嗟に庇ったんですけど、結果、女の子の顔に傷をつけることになってしまって、本当に申し訳ないです」
槇隆文の顔には、これまでのお調子者である彼からは窺い知ることの出来なかった、憤怒の色が湧き上がって隠せずにいた。
「そんな事ないわ、槇君が庇ってくれなかったら、あたしはもっと大変な怪我をしていたかもしれないわ」
「君が転んだのは、単なる事故なのか?それとも」
俺が佐野杏奈に問いかけると、佐野杏奈は気色ばんで俺の言葉を遮るように訴えた。
「事故じゃありません!あたし、確かに誰かに後ろから押されたんです!」
やはり悪い予感が当たってしまったか。
「その事なんですけど、ワイ、見たんですけど」
「何を見たんだ?」
「華ちゃんです。チラッとだけど、あれは確かに華ちゃんでした」
中井華子か。槇隆文の見たのが本当に中井華子ならば、そんな遅い時間に彼女はどうして駅にいたのだろうか?
「まさか!中井さんがこんなことできるわけないわ。あの子にこんなことする度胸なんてあるわけないし」
佐野杏奈は、槇隆文の発言を鼻で笑ってあしらった。佐野杏奈の中井華子評を窺い知ることができる。
「槇君の見たのが中井さんというなら、ちゃんと顔は見たのか?」
「チラッとだから絶対とまでは言えないけど、うちの制服着てたし、背格好がまさしく華ちゃんだったんです」
槇隆文の証言は、いくぶんトーンダウンしたものの、それでも中井華子を見たと言うことは譲らなかった。
しかし、そんな時間にわざわざわかりやすく制服を着て、顔を隠すでも無く現場に現れて2人を襲うだろうか?そんなリスクを冒すほど中井華子が大胆なことをするとは思えないのだが。
いずれにしろ、中井華子にはアリバイを確認せずにはいられない。そして、他にも残りの3人についてもアリバイと黒い手紙のことを聞かなければならない。
病院へ向かう車中、大野の顔は強張り、両手を組んで何かを祈っているようであった。
無理も無い。ここ数日、いろいろなことが起こりすぎた。
受け持ちの女生徒の変死から始まり、次々と自分の受け持ちをする生徒たちが襲われ、普通の精神状態ではいられなかったであろう。
早く、何としても事件を解決しなければと、俺は改めて心に誓った。
タクシーが病院の車止めに滑り込み、ドアが開くと同時に大野はタクシーから駆け降り、病院の中へと消えて行った。
俺もタクシー運転手に料金を払ってから、大野の後を追う。
「こっちです!佐藤先生!」
大野の俺を呼ぶ声が、人気のない静まり返った病院のロビーに木霊する。
俺は急いで大野と共にエレベーターに乗りこみ、2人が処置を受けているフロアへと向かった。
エレベーターが目的のフロアに到着して扉が開くやいなや、大野は一目散に唯一照明の灯っている部屋へと駆け出す。
そして、佐野杏奈と槇隆文が処置を受けていると思われる部屋に入ると、そこには顔や腕や脚などあらゆるところに擦り傷や痣を負った佐野杏奈と、頭や足首に包帯を巻いた槇隆文の姿を確認することができた。
2人の姿を見て、大野は顔をくしゃくしゃにして、その目からは涙が伝った。
「大野先生、あたしなら大した事ありません、槇君があたしを庇ってくれて大した怪我はしませんでした」
「ワイは大した事してません。結局、杏奈ちゃんが怪我をしてしまって申し訳ないです」
2人が狼狽している大野を安心させようと、気丈に振る舞っているのが俺には分かった。
気丈に振る舞ってはいても、自分達を見舞った不運に内心は穏やかでは無いだろう。
「いったい何が起きたんだ?」
俺の問いかけに佐野杏奈と槇隆文は、お互いの顔を見合わせて、槇隆文が意を決したように神妙な面持ちで口を開く。
「実は、ワイらのところに変な手紙が届いたんです」
「変な手紙?」
「これです」
そう言うと、槇隆文は一通の黒い封筒を俺に差し出した。
その封筒は、市販の白い封筒をマジックで黒く塗りつぶした、非常に稚拙な黒い封筒だった。
俺は槇隆文に了解を取って、中にあった便箋を取り出した。そこには、新聞や雑誌のものと思われる切り抜かれた活字を切り貼りした、脅迫文とおぼしき文言が書かれてあった。
『わたしはお前がやったことを全て知っている』
「これに心当たりは?」
「無いです。何のことを言いたいのか、ワイにはさっぱりです」
「あたしのところにはこの手紙が」
佐野杏奈も、自分が受け取った黒い封筒を差し出した。
『逃げられると思うな』
この一言だけでは、これにいったいどんな意味が込められているのかは汲み取れないな。
「あたし、怖い。またこんな目にあって、これからもこんな怖い目に遭わないといけないかもしれないなんて」
さっきまで気丈に振る舞っていた佐野杏奈の顔に、暗い影が射す。
「今日一緒にいたのも、この手紙が理由なのか?」
「はい、杏奈ちゃんから相談されて、ワイのところにも届いていたので、どうしようということになって、駅前のカフェで一緒にいたんです」
「2人とも、本当にこの手紙のことについて心当たりは無いんだね?」
「ありません、ワイには心当たりなんてありません」
槇隆文は天地天命に誓うかのように即答する。
「あたしも・・・特には」
佐野杏奈の反応には、どこか躊躇いのようなものが感じられた。気のせいだろうか?
「2人が怪我をした時の詳しい状況を聞かせてもらってもいいかな?」
「ワイらは確か、10時近くまでカフェで話し込んでました。時間も時間なんで、明日皆んなにも聞いてみよう、ということになって、そろそろ帰ろうということになりました。ワイら、帰る方向は途中まで同じなんで、電車に乗ろうと階段を降りていた時でした。ワイの後ろにいた杏奈ちゃんが転んだのは。咄嗟に庇ったんですけど、結果、女の子の顔に傷をつけることになってしまって、本当に申し訳ないです」
槇隆文の顔には、これまでのお調子者である彼からは窺い知ることの出来なかった、憤怒の色が湧き上がって隠せずにいた。
「そんな事ないわ、槇君が庇ってくれなかったら、あたしはもっと大変な怪我をしていたかもしれないわ」
「君が転んだのは、単なる事故なのか?それとも」
俺が佐野杏奈に問いかけると、佐野杏奈は気色ばんで俺の言葉を遮るように訴えた。
「事故じゃありません!あたし、確かに誰かに後ろから押されたんです!」
やはり悪い予感が当たってしまったか。
「その事なんですけど、ワイ、見たんですけど」
「何を見たんだ?」
「華ちゃんです。チラッとだけど、あれは確かに華ちゃんでした」
中井華子か。槇隆文の見たのが本当に中井華子ならば、そんな遅い時間に彼女はどうして駅にいたのだろうか?
「まさか!中井さんがこんなことできるわけないわ。あの子にこんなことする度胸なんてあるわけないし」
佐野杏奈は、槇隆文の発言を鼻で笑ってあしらった。佐野杏奈の中井華子評を窺い知ることができる。
「槇君の見たのが中井さんというなら、ちゃんと顔は見たのか?」
「チラッとだから絶対とまでは言えないけど、うちの制服着てたし、背格好がまさしく華ちゃんだったんです」
槇隆文の証言は、いくぶんトーンダウンしたものの、それでも中井華子を見たと言うことは譲らなかった。
しかし、そんな時間にわざわざわかりやすく制服を着て、顔を隠すでも無く現場に現れて2人を襲うだろうか?そんなリスクを冒すほど中井華子が大胆なことをするとは思えないのだが。
いずれにしろ、中井華子にはアリバイを確認せずにはいられない。そして、他にも残りの3人についてもアリバイと黒い手紙のことを聞かなければならない。
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