21 / 34
第四章 迷宮の扉
ひと雫
しおりを挟む
門田の運転する車に飛び乗り、俺は安城誠が搬送されたという病院へと向かった。
その道すがら、俺は大野にも至急来てもらえるように連絡をした。
車が病院に着くと、俺はロビーを横切り、なかなか来ないエレベーターを諦めて、階段で安城誠が治療を受けているという病室のあるフロアへ向かう。
病室の前には、ドクターと警察官がいて何やら話していた。
「盟朋学院の佐藤と申します!安城君の容態はどうなっていますか?」
「ご苦労さまです。彼でしたらつい先ほど目を覚ましたばかりです。右手首の骨折と、転倒した時に頭を強打した時の打撲がありますが、脳震盪には至らず、それが不幸中の幸いです」
ドクターは落ち着いた口調で安城誠の現状を教えてくれた。
「その時の状況は分かっているんでしょうか?」
「彼は自宅近くの路地を歩いていた時に、後ろから来た自転車と接触したと言っていました。その時に転倒して怪我をしたようですね」
「佐藤先生!」
俺が警察官から説明を受けている時、大野と門田が連れ立って駆けつけた。
「それで、安城君の様子は!?」
「大丈夫です。右手首を骨折してますが命に別状は無いようです」
「良かった」
大野は安城誠の命に別状が無いことを知ると、その場にへたり込んだ。
俺と門田先生で大野を抱えて椅子に座らせると、警察官はまたあとで事情を聴きに来ます、と言って引き上げていった。
「私も一旦学校に戻って、校長たちに状況説明をして来ます」
門田先生は、その場に俺と大野を残して学校へ戻って行った。
俺は大野の隣に腰を下ろした。
「佐藤先生、これは事件の続きなんでしょうか?」
大野の声は怯え、小さく震えているようだった。
「まだ分かりません、安城君に聞いてみるまでは、はっきりとしたことは言えません。ただ、偶然にしてはよく出来ているとは思っています」
俺と大野の間に沈黙が訪れる。
「先生方、生徒さんとお話しできますよ」
中から看護師が出てきて、俺と大野に病室に入るように促す。
病室の中に入ると、ベッドに横たわる安城誠の姿があった。安城誠は、右手首にギプスをはめていて、顔にも若干の擦り傷を負ったのか絆創膏を貼っていた。
「安城君、大丈夫?」
大野が安城誠の姿を確認すると、緊張の糸がプツリと切れたのか、その目から涙が一粒零れ落ちた。
「大丈夫です、先生。ちょっと手首が痛むけど、他はなんてこと無いです」
「今日はこれからどうするんだ?お母さんにも連絡をしているが、少し遅くなりそうだよ」
「母には心配をかけてしまいました。もう少ししたら1人で帰りたいと思います」
安城誠は気丈に俺たちに向かって微笑んだ。
「1人じゃ心配だわ。あとで先生が送っていくわ」
「ありがとうございます。先生にはご迷惑をおかけしました」
「自転車に追い抜かれざまに接触したそうだけど、相手の自転車や乗っている男のことは見たのか?」
「いえ、あっという間のことで、気づいたらここで目が覚めました。本当に相手の男に心当たりは無いです」
安城誠は、俺や大野に心配をかけたくないのか、ずっとニコニコと微笑んでいる。
だが、俺はその笑顔に少し違和感をおぼえていた。
なぜ、安城誠は、自転車の主が男だとわかっているのだろう?
単に俺の質問に条件反射的に答えただけなのか、それとも無意識に男であることを認めてしまったのか、それとも・・・
この点について、今ここで確認しておいた方がいいのだろうか?
「安城君、今・・・」
「安城君、歩ける?さあ、行きましょう」
大野が俺の言葉を遮るようにして安城誠に声をかけて、安城誠もそれに応えるように、自らの体を大野に預けた。
安城誠はベッドから立ち上がると、俺をその場に残して、大野と一緒に病室を出ていった。
今日のところは肝心のことを聞くことは出来なかったが、仕方ない、明日改めて聞くことにしよう。
すると、病室にさっき対応してくれた警察官が入ってきた。
「あっ、まだいらっしゃいましたか、探偵さん」
「え!俺のことを知ってるのか!?」
「以前、別の現場でお見かけしました。佐藤と名乗っていたので、咄嗟に知らないふりをしました」
そう言って警察官は少年のような、まだあどけなさの残る笑顔で笑ってみせた。
「そうか、それは悪かった」
「仕方ないですよ、また何かの調査に巻き込まれているのですよね。ご苦労さまです」
「それで、今回の事故のことで聞きたいことがあるのだが」
「そうおっしゃると思って、署に連絡してから戻ってきました。何でも聞いてください」
警察官は、俺がクビを突っ込んでいる事件に関われたのがよっぽど嬉しいのか、笑顔を輝かせている。
「それじゃあ、事故が起きたのは何時なのか教えてもらえないか?」
「事故は、18時30分頃に発生しました。目撃者はいないのですが、大きな物音を聞いた住人が外に出てみると、安城君が倒れていたそうです」
18時30分頃か。俺が繁華街で中井華子と一緒にいた時間だな。
「そうか。目撃者はいないか」
「あっ、でもまだ自分はその通報者の話しか聞いていないので、他に目撃者がいないとも限りません。今、別の者が近所の聞き込みをしてます」
「そうか、それなら明日までには、もしかしたら何か情報が入るかもしれないな」
「そうしたら何か分かりましたら連絡しましょうか?」
この警察官の申し出は嬉しいが、この前途有望な警察官を巻き込むのはよくない気がする。いちおう、小川に聞いておいてもらおうか。
「いや、いちおう俺はいち民間人だ。そんな男に直接捜査情報を流すのは良くないだろう。小川から連絡させるようにしてくれないか」
「うーん、まぁ、それもそうかもしれないですね。わかりました、お伝えしておきます」
若い警察官は、少し残念そうな表情を浮かべていた。なんだか物足りなさそうだ。
「ところで、現場となった場所はどこなんだ?」
「盟朋町2丁目の図書館の近くです。住宅地ですけど、人通りは少ない場所ですね」
『二丁目か。学校からは自転車で10分程度だな。繁華街とは駅を挟んで逆方向か。と、なると中井華子はアリバイが成立か。俺はてっきり・・・仕方がない、また明日、いちから立て直すか』
その道すがら、俺は大野にも至急来てもらえるように連絡をした。
車が病院に着くと、俺はロビーを横切り、なかなか来ないエレベーターを諦めて、階段で安城誠が治療を受けているという病室のあるフロアへ向かう。
病室の前には、ドクターと警察官がいて何やら話していた。
「盟朋学院の佐藤と申します!安城君の容態はどうなっていますか?」
「ご苦労さまです。彼でしたらつい先ほど目を覚ましたばかりです。右手首の骨折と、転倒した時に頭を強打した時の打撲がありますが、脳震盪には至らず、それが不幸中の幸いです」
ドクターは落ち着いた口調で安城誠の現状を教えてくれた。
「その時の状況は分かっているんでしょうか?」
「彼は自宅近くの路地を歩いていた時に、後ろから来た自転車と接触したと言っていました。その時に転倒して怪我をしたようですね」
「佐藤先生!」
俺が警察官から説明を受けている時、大野と門田が連れ立って駆けつけた。
「それで、安城君の様子は!?」
「大丈夫です。右手首を骨折してますが命に別状は無いようです」
「良かった」
大野は安城誠の命に別状が無いことを知ると、その場にへたり込んだ。
俺と門田先生で大野を抱えて椅子に座らせると、警察官はまたあとで事情を聴きに来ます、と言って引き上げていった。
「私も一旦学校に戻って、校長たちに状況説明をして来ます」
門田先生は、その場に俺と大野を残して学校へ戻って行った。
俺は大野の隣に腰を下ろした。
「佐藤先生、これは事件の続きなんでしょうか?」
大野の声は怯え、小さく震えているようだった。
「まだ分かりません、安城君に聞いてみるまでは、はっきりとしたことは言えません。ただ、偶然にしてはよく出来ているとは思っています」
俺と大野の間に沈黙が訪れる。
「先生方、生徒さんとお話しできますよ」
中から看護師が出てきて、俺と大野に病室に入るように促す。
病室の中に入ると、ベッドに横たわる安城誠の姿があった。安城誠は、右手首にギプスをはめていて、顔にも若干の擦り傷を負ったのか絆創膏を貼っていた。
「安城君、大丈夫?」
大野が安城誠の姿を確認すると、緊張の糸がプツリと切れたのか、その目から涙が一粒零れ落ちた。
「大丈夫です、先生。ちょっと手首が痛むけど、他はなんてこと無いです」
「今日はこれからどうするんだ?お母さんにも連絡をしているが、少し遅くなりそうだよ」
「母には心配をかけてしまいました。もう少ししたら1人で帰りたいと思います」
安城誠は気丈に俺たちに向かって微笑んだ。
「1人じゃ心配だわ。あとで先生が送っていくわ」
「ありがとうございます。先生にはご迷惑をおかけしました」
「自転車に追い抜かれざまに接触したそうだけど、相手の自転車や乗っている男のことは見たのか?」
「いえ、あっという間のことで、気づいたらここで目が覚めました。本当に相手の男に心当たりは無いです」
安城誠は、俺や大野に心配をかけたくないのか、ずっとニコニコと微笑んでいる。
だが、俺はその笑顔に少し違和感をおぼえていた。
なぜ、安城誠は、自転車の主が男だとわかっているのだろう?
単に俺の質問に条件反射的に答えただけなのか、それとも無意識に男であることを認めてしまったのか、それとも・・・
この点について、今ここで確認しておいた方がいいのだろうか?
「安城君、今・・・」
「安城君、歩ける?さあ、行きましょう」
大野が俺の言葉を遮るようにして安城誠に声をかけて、安城誠もそれに応えるように、自らの体を大野に預けた。
安城誠はベッドから立ち上がると、俺をその場に残して、大野と一緒に病室を出ていった。
今日のところは肝心のことを聞くことは出来なかったが、仕方ない、明日改めて聞くことにしよう。
すると、病室にさっき対応してくれた警察官が入ってきた。
「あっ、まだいらっしゃいましたか、探偵さん」
「え!俺のことを知ってるのか!?」
「以前、別の現場でお見かけしました。佐藤と名乗っていたので、咄嗟に知らないふりをしました」
そう言って警察官は少年のような、まだあどけなさの残る笑顔で笑ってみせた。
「そうか、それは悪かった」
「仕方ないですよ、また何かの調査に巻き込まれているのですよね。ご苦労さまです」
「それで、今回の事故のことで聞きたいことがあるのだが」
「そうおっしゃると思って、署に連絡してから戻ってきました。何でも聞いてください」
警察官は、俺がクビを突っ込んでいる事件に関われたのがよっぽど嬉しいのか、笑顔を輝かせている。
「それじゃあ、事故が起きたのは何時なのか教えてもらえないか?」
「事故は、18時30分頃に発生しました。目撃者はいないのですが、大きな物音を聞いた住人が外に出てみると、安城君が倒れていたそうです」
18時30分頃か。俺が繁華街で中井華子と一緒にいた時間だな。
「そうか。目撃者はいないか」
「あっ、でもまだ自分はその通報者の話しか聞いていないので、他に目撃者がいないとも限りません。今、別の者が近所の聞き込みをしてます」
「そうか、それなら明日までには、もしかしたら何か情報が入るかもしれないな」
「そうしたら何か分かりましたら連絡しましょうか?」
この警察官の申し出は嬉しいが、この前途有望な警察官を巻き込むのはよくない気がする。いちおう、小川に聞いておいてもらおうか。
「いや、いちおう俺はいち民間人だ。そんな男に直接捜査情報を流すのは良くないだろう。小川から連絡させるようにしてくれないか」
「うーん、まぁ、それもそうかもしれないですね。わかりました、お伝えしておきます」
若い警察官は、少し残念そうな表情を浮かべていた。なんだか物足りなさそうだ。
「ところで、現場となった場所はどこなんだ?」
「盟朋町2丁目の図書館の近くです。住宅地ですけど、人通りは少ない場所ですね」
『二丁目か。学校からは自転車で10分程度だな。繁華街とは駅を挟んで逆方向か。と、なると中井華子はアリバイが成立か。俺はてっきり・・・仕方がない、また明日、いちから立て直すか』
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
天井裏の囁き姫
葉羽
ミステリー
東京の名門私立高校「帝都学園」で、天井裏の囁き姫という都市伝説が囁かれていた。ある放課後、幼なじみの望月彩由美が音楽室で不気味な声を聞き、神藤葉羽に相談する。その直後、音楽教師・五十嵐咲子が天井裏で死亡。警察は事故死と判断するが、葉羽は違和感を覚える。
推理の果てに咲く恋
葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽が、日々の退屈な学校生活の中で唯一の楽しみである推理小説に没頭する様子を描く。ある日、彼の鋭い観察眼が、学校内で起こった些細な出来事に異変を感じ取る。
母からの電話
naomikoryo
ミステリー
東京の静かな夜、30歳の男性ヒロシは、突然亡き母からの電話を受け取る。
母は数年前に他界したはずなのに、その声ははっきりとスマートフォンから聞こえてきた。
最初は信じられないヒロシだが、母の声が語る言葉には深い意味があり、彼は次第にその真実に引き寄せられていく。
母が命を懸けて守ろうとしていた秘密、そしてヒロシが知らなかった母の仕事。
それを追い求める中で、彼は恐ろしい陰謀と向き合わなければならない。
彼の未来を決定づける「最後の電話」に込められた母の思いとは一体何なのか?
真実と向き合うため、ヒロシはどんな犠牲を払う覚悟を決めるのか。
最後の母の電話と、選択の連続が織り成すサスペンスフルな物語。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
探偵注文所
八雲 銀次郎
ミステリー
ここは、都内某所にある、ビルの地下二階。
この階に来るには、エレベーターでは来ることはできず、階段で降りる他ない。
ほとんどのスペースはシャッターが閉まり、テナント募集の紙が貼られていた。
しかし、その一角にまだ日の高いうちから、煌々とネオンの看板が光っている場所が存在する。
『ホームズ』看板にはそう書かれていた。
これだけだと、バーなのかスナックなのか、はたまた喫茶店なのかわからない。
もしかしたら、探偵事務所かも…
扉を開けるそのときまで、真実は閉ざされ続ける。
次話公開時間:毎週水・金曜日朝9:00
本職都合のため、急遽予定が変更されたり、休載する場合もあります。
同時期連載中の『レトロな事件簿』と世界観を共有しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる