不忘探偵3 〜波紋〜

あらんすみし

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第三章 ネクストステージ

妬み嫉み僻み

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終業のチャイムが学校を包み込む。
俺には何故か、そのチャイムの音がこれから始まる事の号令のように聞こえる。
今のところ、佐野杏奈のアリバイは確かなものがある。複数人の証言もあることから、佐野杏奈が加納慎一を襲うということは不可能だ。
次に槇隆文だが、彼は加納慎一とは無二の親友だ。しかし、槇隆文は直前まで加納慎一と一緒に行動している。しかも確たるアリバイは無い。
だが、2つの出来事に関連があるとするならば、佐野杏奈の時、槇隆文には確かなアリバイがある。彼が何らかの形で関わっているということは、ちょっと考えにくい。
そうすると、あとは安城誠と中井華子と田之上陽子なのだが、3人うちで中井華子は佐野杏奈のことでアリバイがあるから、まずはまだアリバイの確認が取れていない、安城誠と田之上陽子を優先させようか。
聞けば安城誠は、いつも放課後は図書室で勉強をしているらしい。行って本人に聞いてみるか。
俺が図書室を覗いてみると、聞いたとおり安城誠は図書室の机の上に教科書やノート、本を広げて一心不乱に勉強していた。
俺は、安城誠の前の席に座ったが、勉強に集中しているのか、安城誠が俺の存在に気づくことは無かった。
「安城君」
俺は、あまり安城誠を驚かさないように、優しく声をかけた。
つもりだったが、集中していた安城誠を結局は驚かせることになってしまった。
「あぁ、佐藤先生。どうかされましたか?」
「ちょっと君に聞きたいことがあってね」
「アリバイなら無いですよ」
なんと察しが早い。それにしても、何故彼がそんなに察しがいいのか。
「クラスの皆んなが噂しているんですよ、僕たちのことを。仲のいいグループの中で、立て続けに2人が襲われて危険な目に遭うなんて、偶然にしては出来すぎでしょ」
そうか、安城誠は俺が思っている以上に鋭敏な感覚を持ち合わせているようだ。
「じゃあ、念のために確認するが、昨夜、君はどこにいて何をしていたのかな?」
「家にいて、風呂に入っていました」
「ご家族は?」
「母は仕事に行っていて、家には僕が1人でした。誰も証明できる人はいません」
そうか・・・槇隆文と同じく、安城誠にもアリバイ無しか。
「安城君は、いつも放課後はここで勉強しているそうだね。皆んなが塾とかに通っているのに珍しいね」
「僕の家は、母子家庭で塾なんかに通うお金が無いんです。母は毎日仕事を掛け持ちして働いていますが、皆んなみたいに塾に行く余裕はありません」
「それなのに学業が優秀で凄いな」
「だって、特待生で入学したのに成績が悪かったら、奨学金を返さないといけなくなるじゃないですか。だから僕は、他のクラスメイトには絶対に負けたくないんです。恵まれた環境でなくても、いい大学に進学して医者になって、母を楽にしてあげたいんです」
そう言う安城誠の目には、強い決意と一緒に世の中の不条理や、周りの恵まれている生徒達に対する苛立ちが込められているようだった。
ここまで母親想いで将来のことに必死に取り組んでいる者が、動機があったとしても、安易に誰かを傷つけて、その後の人生を棒に振るとは考えにくい。佐野杏奈が言うように、きっと安城誠は何のメリットも無いのに無駄なことをするなど無いだろう。
「安城君は、加納君を襲った人のことで、何か心当たりは無いかな?」
「さぁ、特にはいないですけど。ただ、加納君をよく思っていない人は知ってます」
「それは誰?」
「槇ですよ。彼、普段は親友として笑って接してますけど、加納に好きな女子を奪われたんですよ。加納は槇がその女子のことを好きだと知っていながら付き合ったんです。槇はあんな奴だから、表向きは祝福してましたけど、内心は穏やかではなかったかもしれませんね」
淡々と語る安城誠の表情は読めない。こういった事情も何の躊躇いもなく話せる安城誠にとって、グループ内の友情や結束などは、それほど大切なものではないということか。
「安城君自身は、加納君をどう思っている?」
「僕ですか?僕は彼らを羨ましいな、と思っています。加納に限らず、周りを全員」
「全員?」
「はい。ここに通っている生徒は、皆んな恵まれていますから。ここの学費、いくらか知ってますか?並の家庭じゃ到底払えませんよ。僕みたいな貧乏な家の子は、特待生で学費を免除してもらえないと入れません。だからいいなぁ、羨ましいなぁ、貧乏って嫌だなぁ、といつも思います。だからいい生活にするためには、どんなに辛くても頑張らないと」
そうやって語る安城誠の表情は、まるで空を飛ぶ鳥を見上げる鶏のようだった。頑張ったら、いつか自分も空を飛べるはず、と言いたげだった。いや、安城誠なら飛べるはず。それだけの努力を彼は日頃からしているのだから。
ただ、俺にはそんな安城誠の気持ちが、羨望だけではなく、嫉妬や引け目も内包した、複雑に糸が絡んだようなものに感じられた。
そうした感情が案外、意外にも憎しみにも似た感情にならなくもないことを俺は知っている。
負のエネルギーというものは、大概にしてそういうものだ。ほんの一押しで人の心を、いとも容易く悪に染めてしまう。
目の前にいる安城誠も、ともすれば悪に染まりやすい危うい年頃だ。彼に今のところ強い動機を感じられなくとも、何を抱えているかは分からない。
「そういえば、田之上さんがどこにいるか知らないかな?」
「あぁ、田之上ですか。次は彼女に話しを聞きたいんですね。彼女、最近様子がおかしいですよね。いつも落ち着かなくて何かに困っているような。すいません、ちょっとどこにいるのか分かりません」
「そうか。ごめん、勉強中に邪魔して悪かったな。それじゃ、また明日」
俺はそう安城誠に声をかけて、図書室を出た。
田之上陽子は、今日も美術室だろうか?とりあえず行ってみよう。
美術室に向かう道すがら、俺は中井華子と出会した。
ちょうどいい、彼女にも話しを聞いておこう。
「中井さん、少し話しがあるんだけど」
「すいません、私、これから部活があるので失礼します」
「そうか、大変だね。ところで体調はもう大丈夫なの?」
「あっ、はい。もう大丈夫です」
「引き留めて悪かったね。それじゃ」
中井華子は、俺に軽く会釈をして足早にその場を立ち去った。
佐野杏奈があんな目に遭った時は、自分が唯一の目撃者になったことをあんなに興奮していたのに、休み明けで登校してみたらずいぶんと意気消沈しているな。まるで別人だ。
中井華子の様子にいくらかの違和感を感じながら、俺はひとまず教室へ戻ることにした。
彼女、まだいるだろうか?




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