不忘探偵3 〜波紋〜

あらんすみし

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第三章 ネクストステージ

ミッドナイトコール

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それにしても慌ただしい一日だった。
佐野杏奈の件は勿論のことだが、それに加えて慣れない教員業務もこなさなければならないのだから。
早くこの件が事故なのか事件なのかを解決して、これまでのような平穏な日々に戻りたい。
さて、とりあえずあと1時間くらいで今日も終わるわけだし、タバコでも吸いながら今日あったことを整理してみようか。
俺はテーブルの上にある灰皿を手元に引き寄せ、それからおもむろにタバコに火を点けた。
タバコの香りで脳が満たされる。学校では禁煙でタバコが吸えないからな。俺にとっては修行のようなものだ。
佐野杏奈の件では、事件性を疑わせるのはただ一つ、中井華子の怪しい人影を見たという証言によるところがポイントだ。
あと、佐野杏奈の性格によるところも大きそうだ。
あの勝気な性格は、確かに彼女のことを嫌いな人間が多くても不思議では無いだろう。
実際、加納慎一や安城誠は佐野杏奈には好意的では無い。しかも2人のアリバイは辻褄が合わない。どちらかが嘘をついていることになる。果たして、どちらが嘘をついているのだろう?
だが、2人が佐野杏奈を殺害したいと思うほど、彼女を恨んでいた節は無い。
それに引き換え、槇隆文は数少ない佐野杏奈の良き理解者であるようだ。
だが、本当にそうなのだろうか?加納慎一が上辺だけ仲良くしているように、槇隆文も自らが疑われないために、好意的であるように振る舞っているだけかもしれない。
中井華子はどうなのだろう?彼女は佐野杏奈の腰巾着だと思うが、それが好意なのか、裏の顔を持っているのかは判然としない。
そういえば、田之上陽子は美術室で何をしていたのだろう?
最初に美術室へ向かった時も、近くで彼女を見かけたし、何かを探しているように見えた。
そして、田之上陽子のアリバイも非常に曖昧だ。
できれば小川が持ち帰ったあの腐食した棚を、鑑識で鑑定してくれればいいのだが、事件性を確かなものにしない限り鑑識にまわすのは難しいようだ。
明日、改めて小川に確認してみよう。
せっかく白鳥萌の案件が解決して、元の生活に戻れると思ったのに、とんだゴタゴタに巻き込まれてしまった。
その時、事務所の電話がけたたましく鳴った。
こんな時間に事務所の電話が鳴るなんて、何か良くない電話の予感がする。
「はい、もしもし」
俺が受話器を取り上げ、電話の向こうに言うと、直後に間髪入れずに怒鳴り声が聞こえてきた。
「何やってるんだ!電話がつながらないぞ!」
小川の怒鳴り声で鼓膜がジンジンと震える想いだった。
手元のスマホを見ると、電池が切れていた。最近、電池の消費が早い。そろそろ機種変の時期なのだろうか。
「すまない、スマホの電源が切れていた。それでどうした?こんな時間に」
「おいおい、しっかりしてくれよ。それはそうと、さっき通報があったんだ。加納慎一が襲われた」
「何だって!?それは本当か?」
俺は持っていた吸いかけのタバコを、急いで灰皿で揉み消した。
「あぁ、30分ほど前に通報があって、俺も今、現場に向かっている」
予感は悪い方に当たってしまったようだ。
「それで、現場はどこだ?」
「山之手神社の正門の階段だ。幸いにして加納慎一の命に別条は無いが、怪我をして搬送されている」
「俺も今から向かう」
「いや、現場は混乱しているし関係者以外入れない。加納慎一が搬送された病院に行ってくれ、そこの方が関係者が少なくて目につかない」
「わかった、加納慎一の搬送された病院を教えてくれ」
俺は小川に教えてもらった病院に向かうことにし、表通りへ出てタクシーを拾った。
命に別条は無いとのことだが、怪我の程度が気になる。大事に至らなければいいのだが。
タクシーが病院に着くと、俺は急いで病院に駆け込み、小川との待ち合わせ場所へ向かった。
「おう、早かったな」
小川が俺の姿を見つけて軽く手を上げた。
「どうだ、加納の容態は?」
「あぁ、軽い打撲で済んだよ。本人は至って元気で、今は事情聴取を受けているよ」
「良かった、大したことなくて」
俺は大きく安堵のため息をついた。
「なんだ?もうすっかり生徒想いの教師になったみたいだな」
小川が俺に向かってニヤニヤしながらからかってくる。
「そんなことより、今わかっていることを教えてくれ」
「わかったわかった、今から教えるからそう急かすな」
小川はスーツの胸ポケットから手帳を取り出して、栞の挟まれたページを開いた。

加納慎一が襲われたのは、10時半頃だった。
加納慎一は、いつものように塾の帰り道に、神社の境内を通り抜けて帰宅の途中だったという。
そして、自宅までもう数分というところで、神社の階段に差し掛かった時に、背後から近づいてきた何者かに突き落とされた、ということだった。
階段から突き落とされたあと、物音を聞いて駆けつけた通行人に救助され、病院へと搬送された。
加納慎一の証言では、自分を突き落とした人物については何もわからず、それが男なのか女なのかもわからない、とのことだった。
幸いにして怪我は、体の数箇所を強く打った打撲程度で済んだ。
本人は至って元気で、事情聴取にも積極的に応じているという。

「なぁ、これって佐野杏奈の件と関連あるってことかな?」
小川が周囲を窺いながら囁いてきた。
「その可能性はあるかもしれないな。だが、俺は襲われるとしたら、再び佐野杏奈が狙われると思っていたのだが」
「それはどうしてだ?」
「仮に、本当に佐野杏奈が誰かに恨まれて襲われたとしたら、その人物は佐野杏奈に対する執念で動いているわけだから、標的が変わるとは思わないんだ。だから、今回、加納慎一が襲われたのは意外だった」
「犯人が標的を変えたのは何故なのだろう?」
「犯人の狙いが佐野杏奈だけでなく、加納慎一もそうだったということか、それとも佐野杏奈のとは違う別の事件なのか。しかし、後者の可能性は低いだろう。たまたま佐野、加納と立て続けに襲われるなんてことは、偶然にしては出来すぎている」
「今の時点では情報不足だな」
「そういえば、あの棚はどうなった?鑑識にまわせたのか?」
「いや、上にかけあってはみたんだが、案の定、事件性が無いということで認められなかった。頼みの馬宮も自宅療養中でいないし、今回の事件が佐野杏奈の件と関連があると分かれば動いてくれるとは思うのだが」
「そうか・・・」
やはり2つの件が関連しているとならなければダメか。
この案件、これで終わるとは思えない。
俺の感じた悪い予感は、ますます膨らんでいくのであった。


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