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 武男の襲撃

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「てめえの母ちゃんがいいって言ってんじゃないか」


あたしは刹那にたじろいだ。何と言ったのか。


「嘘だ」


あたしは、はっと気付いたように否定した。


「あとで自分で確かめろ」


こう言ったきり、武男はあたしの身体に舌を這わせた。


お母さんが? まさか。けれども、無軌道な母親なので、完全には否定できない気がした。


あり得るかも――こう思うと、あたしは力が抜け、無防備になった。


しかし、しばらくして武男の手が陰部を触ろうしたときの不快感が、あたしに正気を取り戻させた。


「お母さんが決めることじゃない」


あたしは抵抗した。手で押し返そうとした。両足に力を入れて腰を浮かし、体位を入れ替えようともした。しかし、ことごとく封じられた。


もがくなか、怒りが湧いた。どいつもこいつも。こんなぐうたらな居候が。おもちゃみたいに対しやがって。何であたしばかりこんな目に。こんな思いがどっと胸に押し寄せた。


武男はあたしにキスをしようとした。あたしは怒りを込めて、目の前にある鼻に噛み付いた。嚙みちぎるくらいの勢いで。


「ぐあっ」


武男は鼻を押さえて飛びあがった。あたしは跳ね起きた。乱れた服を大雑把に整えた。


すぐに逃げようと思ったが、武男は出口の前に立っていた。あたしはその横を走り抜けようと、前進しかけた。武男は鼻を押さえながら、半歩動いてあたしを牽制けんせいした。


武男はううっと唸って、あたしを睨み付けていた。その目には、


「痛いからじっとこらえているけれど、だからといって逃がさないぞ」


こんな意思が光っていた。


武男がダメージを受けたのは見れば分かるけれども、身動きできないほどではないとも理解していた。どうすればいいのかと考えたとき、ゆきちゃんの行動を思い出した。窓を開けて叫べばいいのだ。


武男は鼻を押さえていた手を放し、自ら見た。血が付いていないか確かめたのだろう。


血は付いていない。けれども、鼻は赤く滲んでいた。


あたしは振り返って、窓を開けた。


「てめえ」


武男は飛び込んできた。あたしは反射的に両手を真っすぐに突き出した。掌底しょうていが武男に当たった。目をつむっていたので、どこに当たったのか定かではないけれど、顔のどこかに痛撃を加えることになった。武男はよろめいて、二、三歩後退した。


武男は激怒するだろう。あたしは色々な意味でめちゃくちゃにされるはずだ。窓の外に向かって叫ぶなどと悠長ゆうちょうなことを言っている場合ではない。


飛び降りるしかない、と思った。そうすると骨折するかもしれない。しかし、人目があれば誰かの助けを期待できる。


あたしは窓の外を見た。真下にハイルーフのバンがまっていた。何もないよりも遥にましだ。怖気付おじけづく前に、頭を真っ白にして、あたしは飛んだ。あたしが額縁を超えた瞬間、武男は飛びかかってきていた。


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