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 きっかけ

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「名前訊いてなかったね」

ユウヤは言った。

怜佳れいか

あたしはテーブルのうえに指で書きながら答えた。レイ、と呼ばれることも多いのだけれども、敢えて言わなかった。

「怜佳ちゃん。可愛い名前だ」

あたしは照れて、どうもと言った。

「怜佳ちゃん、食べて」

あたしは慌てて包みを解いて、ハンバーガーをかじった。

「いくつ?」

ユウヤはぽろぽろと食べ物をこぼした。

あたしは答えるのに躊躇ちゅうちょした。しかし正直に、

「十五歳になったところ」

「中学生?」

あたしはうなずいた。あたしはユウヤを真っ直ぐな男だと思っていたから、叱られるのではないかと思った。こんな時間に何をしているのか、と。しかし、ユウヤはむしろ笑顔になった。

「へえ、ちょっとびっくりした。もしかして高校生もあり得るかなと思ったけど、女子大生のように見えるよ。その美貌びぼうだったら、モテるでしょ」

あたしは「美貌」という言葉に違和感を覚えた。そういう言われかたをしたことがない。一方、ユウヤは嬉しそうだった。真面目そうな表情を作ろうとするのだけれど、笑みをこらえ切れないという調子だった。

「いえ、全然」

「またまたぁ、でも、彼氏くらいいるんでしょ」

「……どうなんだろ」

一応、彼氏と呼べる同級生がいた。しかし彼を思い浮かべたとき、少しも楽しいという気持ちがしなかった。逆に、窮屈だった。

「彼氏のこと、嫌いなの?」
 
ユウヤはあたしが悩んでいることを敏感に察知した。 
 
「ううん」
 
 あたしは首を振る
 
「束縛がきついんじゃないの?」
 
大人はやはり分かるのかと思った。しかし、そういう現実は認めたくなかった。他方、愛されていると言っても、すぐに嘘を見抜かれそうだ。あたしは何も言えなかった。

「束縛するのは駄目だな。女は守られるべき存在だ」
  
この人の彼女は大切にされているのだろう。どんな女性なのだろうか。美人で、頭がよく、献身的。恋人が成功するまで陰で支える強さを持った女性なのかなと、想像した。
 
「俺は自分の恋人を束縛したことはないな」
 
ユウヤは言った。
 
 殴ったこともない。金を借りたこともない。自由にさせる。
 
「愛するからね」
 
ユウヤは笑顔を見せた。
 
ユウヤとユウヤの恋人が輝いているように思え、あたしは自分のみじめさが強く意識された。暗い気持ちでハンバーガーを頬張ほおばった。

食べているあいだ、ユウヤはあたしのことを可愛いと言った。スカートが似合っていると褒めた。背が高くてモデルみたいだねと持ちあげた。お世辞であっても嬉しかった。

ユウヤは鼻筋が通っているし、目もはっきりしている。いわゆるイケメンなのだけれども、途轍とてつもなくぶさいくに見える瞬間があった。どうしてなのだろう。痩せていて、頬骨ほおぼねが張っているからだろうか。考えてみたけれども、分からなかった。あたしは不思議な思いをしながら、口を動かしていた。
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