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【35】闇夜の攻防戦

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 少し遠回りをしつつも、谷あいを下って討伐軍の傍まで辿り着く。
 しかし、僅かに遅かった。

「――ッ、始まったか!」

 山賊の一味が、山の中から一斉に矢を放つ。
 馬車の外には十名以上の冒険者が出ていたが、そのほとんどが不意を突かれて手負いになってしまった。

 だが、これで終わりではない。
 攻撃の手は留まるところを知らない。

「て、敵襲! 敵襲だー!」

 山賊による攻撃を免れた一人が声を荒げるが、どこから攻撃されたのかも理解していない。
 それもそのはず、太陽が沈んだのは数時間も前の話で、辺りは暗闇が支配している。

 そして何より、矢の放ち方が巧みだった。

 山賊たちは、標的である討伐隊に目掛けて真っ直ぐに矢を放つのではなく、闇夜に向けて放ったのだ。それは重力によって地面へと向きを変え、大量の矢の雨として討伐軍の頭上へと降り注いだ。

「慌てるな! 敵の思う壺だぞ!」

 馬車から一人、冒険者が姿を現す。
 突然の敵襲に怯むことなく、闇夜を見渡す。けれども敵の姿がどこにあるのか分からない。

「陣形を組め!」

 声を張り上げ、指示を出す。
 遠目にも理解できる。恐らくは、彼がノア・ロークなのだろう。

 しかしながら、思うようにはいかない。

「敵はどこだ!? こんなんじゃ戦えねえよ!」
「逃げろ! 一先ず馬車の中に隠れるんだ!」

 誰も彼もが言うことを利かない。
 それもそのはず、彼らは寄せ集めの討伐隊なのだから当然だ。

 階級は高いかもしれないが、同じパーティーの仲間ではない。
 連携が取れるはずもなく、かといって総指揮を執るノアの指示にただ黙って従うほどプライドは低くない。

 ノアはアタッカーだ。
 アタッカー不要論が渦巻くこのご時世に、アタッカーの指示を受けるつもりはない。
 討伐隊の中には、そんな奴らが多いのだろう。

 だが、モタモタしていると手遅れになる。

 一度、二度、三度と、矢の向きでは判断が付かない戦法を用いることで、山賊たちは討伐隊を混乱させる。

 と同時に、今度はあらかじめ用意しておいた人の頭程度の大きさの岩々を、一斉に谷あいへと転がし落としていく。
 これは、ユスランたちが乗る交易馬車が襲われたときと同じ手口だ。

 当然、停めていた馬車は避けることができずに直撃を受ける。
 横転し、中に隠れていた冒険者たちは大慌てだ。

「外に出ろ! その方が安全だ! そして言われた手筈通りに陣形を組むんだ!」

 必死に、ノアが声をかける。
 ようやくノアの指示に従う気になったのか、他の冒険者たちがノアを先頭に陣形を整え始めた。岩石が転がってきた方角へと注意を向け、武器を手に身構えた。


 だが、ノア率いる討伐隊がどのように動こうと、それは意味を成さない。
 山賊の一味の奇襲は、第一陣が闇夜から矢の雨を降らせること。第二陣は岩々を谷あいへと転がすこと。そして第三陣が、これだ。

「こ、これは……!?」

 瞬間、闇夜が晴れ渡る。
 ノアを含め、ここに居る冒険者たちは文字通り天を仰いで表情を絶望へと変える。


 闇夜が晴れ渡ったのは、一瞬で太陽が昇ったわけではない。
 直前まで闇夜に隠しておいた広範囲攻撃魔法が姿を現したのが原因だ。

 誰一人気付くことができなかったのは、更に一つ、闇属性の隠蔽魔法を間に挟んでいたからだ。誰もが油断する時間帯に、四方を警戒することはあっても、頭上を守る者は少ない。

 それも第一陣で頭上を狙った攻撃は終えている。
 続く第二陣の攻撃を受けたことで、討伐隊の面々は、そう思い込まされていた。

 防御魔法を発動したとしても、この大きさの攻撃魔法に耐え得るものか否か。
 時間を掛ければ可能かもしれないが、彼らにはその猶予すら与えられていない。

「死ね」

 どこかで、声が聞こえたような気がした。
 それは幻聴か、はたまた山賊の声か、しかし声の主が誰であろうと探す暇はない。

 討伐隊の面々は絶望するしか道は残されていないのだから。

 闇夜を照らす攻撃魔法が谷あいに向けて放たれる。
 この一撃によって、討伐隊は壊滅状態に陥るだろう。そしてあとは残党狩りだ。

 きっと、山賊たちはそう思っていたに違いない。

「――【ハイドロ・プレス】」

 また、声が聞こえた。
 しかしその声は、先ほどとは異なる人物の声だ。

 刹那、山中から巨大な水の塊が飛び出し、谷あいへと落ちゆく攻撃魔法の横っ腹に直撃する。その反動で狙いが逸れると、攻撃魔法は北側の山肌へとぶつかる。

「ロザリー!」

 間違いない。ロザリーだ。
 今、手を出せば確実に標的となる。

 無茶をするなと言ったにもかかわらず、現状を自分で判断し、ロザリーは行動を起こした。

「……ったく」

 つい、口の端が上がってしまう。
 それでこそブレイブ・リンツのメンバーだ。

 山賊たちは、不意を突かれて驚いていることだろう。
 だが、油断もしていない。

 谷あいを駆け下り、山賊たちが姿を現す。その数は三十名ほどだろうか。
 つまり、残りは山の中に潜むロザリーとレイを仕留める組ということだろう。

「立て! そして再び陣形を組み直せ!」

 広範囲攻撃魔法の直撃を避けることができたとはいえ、その衝撃は凄まじいものだ。
 山肌が抉れて第二陣の攻撃と同等の岩々が転がり落ちる羽目になっていた。

 そんな中、ノアは立ち竦むことなく、剣を抜いて構える。
 山賊たちが次々と谷あいに降り立ち、討伐隊との距離を詰めていく。

「殺せ! 奴がリーダーだ!」

 その声を合図に、まずは十名ほどが前に出る。
 更に十名、もう十名と、三つの組に分かれて行動を起こすつもりのようだ。

「山賊共め、かかってこい!」

 多勢に無勢だが、ノアは後ろでアタフタしている討伐隊の面々を置いて逃げるつもりはないらしい。
 銀級三つ星の冒険者にしては甘い。戦場では、その優しさが命取りになる。

 一対十、山賊たちが各々の得物を手に握り、ノア目掛けて襲い掛かる。
 その横を狙って、俺は投擲用の小型ナイフを勢いよく振り投げた。

「――ガッ!?」

 喉元に突き刺さる。まずは一人、息の根を止めた。
 しかし腕を止めることはない。

 山賊の動きを目で追いかけ、目的地点への到達時間を予測し、再び投擲する。
 更に一人、仕留めることに成功した。

「止まれ! 何か居るぞ!!」

 山賊たちの足が止まった。反撃を受けた方角、つまりは俺がいた場所へと目を向けるが、既に移動済みだ。足の速さが唯一の取り柄だからな。

 周囲を警戒してくれたおかげで、無事にノアと合流することができた。

「あれはきみの仕業か?」
「ああ、横槍を入れて済まない」
「構うな、おかげで助かった」

 息を整え、ノアは前方の敵へと視線を戻すと、顔を見ずに問いかけてきた。

「きみの名を聞かせてくれ」
「リジン・ジョレイド。リンツ街を拠点に活動している。勝手で悪いが、助太刀させてもらうぞ」
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