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【29】ただのグーパン

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 翌朝、ロザリーと俺は部屋を出てロビーに向かうと、受付前でレイと合流する。
 待ちくたびれたような表情をしているが、レイはどれだけ早く起きてここに来たのだろうか。

「早速行くね? 山賊退治!」

 早く出掛けたくて仕方がないと言った様子だが、山賊討伐はまだだ。

「いや、今日は互いの腕を確認し合うに留めておこう。本格的に動くのは明日以降だ」
「腕試し? なるほど、一理あるね!」

 腕を片方ずつぐるぐると回し、レイが準備運動を始める。
 文句を言わず納得してくれたので、何よりだ。

 イルリの説明によると、ノア・ローク率いる山賊討伐隊の専用馬車は、既にモルサル街を発っているらしい。
 馬車移動ではあるが、山賊や住処を探しながらになるので、徒歩移動と速度は変わらないはずだ。故に、二日から三日ほどかけて、谷あいを探索することになるだろう。

 一方で、ブレイブ・リンツは仲間同士の実力を確認し合うことにした。その方が連携を取り易くなる。

 とはいえ、アタッカー三人編成の特殊パーティーに、連携という文字が果たしてあるのか否か甚だ疑問しかないが……。

 三人揃ってギルドを出ると、リンツ街の北側から山中に足を踏み入れた。

「……いたぞ」

 奥へ奥へと暫く進むと、魔物の気配を感じ取る。
 身を潜め、遠くを指さす。その先に見えるのは魔猪だ。

 魔猪は突進攻撃を得意とする。直撃すれば一溜りもないだろう。すると、

「あたしに任せるね」

 小声でレイが立候補する。

「一人で大丈夫か?」
「あたしを誰だと思ってるね? グラップラーレイね」

 同じく小声だが、ドヤ顔をしてみせるレイは、見た目は頼もしく思える。
 実力を確かめるにはいいかもしれない。もちろん、すぐに手を貸せる場所で待機するつもりだ。

「よし、頼んだ」
「あいあいさ」

 レイに任せることにすると、途端に勢いよく立ち上がる。
 そして真横に動いて俺たちと距離を取り、思い切り手を叩いてみせた。

「こっちこっち! 鬼さんこちらね!」

 当然、魔猪はこちらに気付く。
 後ろ足を蹴り、勢い任せに突進してきた。

「レイ!」

 名を呼ぶ。けれどもレイは一歩も動かない。
 あろうことか拳を握り締め、魔猪を真正面から迎え撃つつもりだ。

「くっ!」

 助けに入った方がいい。もしものことがあるかもしれない。そう思った。
 だが、ロザリーが俺の肩に手を置いて止める。

「――彼女、グラップラーなのよね?」
「ロザリー?」
「それならきっと大丈夫。彼女を信じなさい」
「……っ」

 言われた通りに動かず、レイと魔猪の行方を見守る。

「信じてくれるって、最高の気分ね!」

 レイは、魔猪の突進が直撃する寸でのところで右の拳を全力で前へと突き出す。
 それは魔猪の鼻っ柱をしっかりと捉えた。拳一つの力技で、魔猪の突進攻撃を強制的に終わらせる。

 反撃を受けた魔猪は倒れると、ぴくぴくと痙攣を続け、やがて動かなくなった。

「……す、凄いな」

 これがグラップラーレイの腕前か。文句の付けようがないな。

「レイ、今のは何かのスキルか?」
「はて、スキル?」
「魔猪を拳だけで倒しただろ? 何か身体強化のスキルを使ったのかと思ってな」
「あー、全然違うね! アレ、ただのパンチよ」

 ただのパンチ、とレイは言った。
 スキルも何も使用せず、ただのグーパンで魔猪を退けたというのか。

「どうだったね? これがあたしの戦法だけど、満足したね?」

 訊ね、同時にレイはニッコリと満面の笑みを浮かべるのだった。
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