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【3】ソロ

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 モルサル街を北に行けば王都、東の谷あいを進めばリンツ街へと行くことができる。
 一方、西と南には町がない。西は荒れ果てた大地が広がっているだけで、南には大きな山々が連なっている。

 此処を拠点に活動する冒険者たちは、主に南の裏山を狩場としていた。

 裏山に入ってから暫く、魔物の姿は見当たらない。
 だが代わりに、他の冒険者パーティーの姿を何組か見かけた。

 目が合えば、お辞儀をする。
 パーティーが違うのだから干渉はしない。もちろん、獲物の横取りはご法度だ。

 何度目かのお辞儀を済ませて更に奥へと進む途中、ひそひそ声が耳に届いてしまった。

「あの人、一人ってことはアタッカーなのかも」
「ふーん……悲惨ね、攻撃するしか能が無いって」
「生まれ変わったらアタッカー以外になれるといいわね」

 男一人に、女二人のパーティーか。
 服装から察するに、男がタンク役で、残る二人がテイマーとヒーラーだろう。今時のバランスの取れたパーティーというやつだ。

 距離を取って裏山の奥深くへと進んで行くと、遠目に二角兎を見つけた。名前の通り、角が二つ生えた兎の魔物だ。モルサル街では、新米冒険者の練習台として重宝される存在と言えるだろう。

 息を殺し、足音を消して、静かに近づいていく。
 二角兎の背後を取ると、腰に差した短剣をゆっくりと引き抜き、思い切り投げ付けた。

「――よし」

 見事命中し、二角兎を一体倒すことに成功する。
 元々は兎ということもあって、二角兎は見た目が小さいものが多い。この場で必要な素材を剥ぎ取り、魔物の体内にある魔石を回収せずとも、そのまま回収袋に放り込むことができるので有り難い。

 とは言っても、精々五体程度で一杯になる。魔道具の中には空間を圧縮した回収袋もあるが、値が張るので手が出ない。

 パーティーで行動していれば、素材を多めに持ち帰ることができるのだが、残念ながら俺は一人、つまりはソロだ。

 素材を諦め、魔石だけを回収するのも有りだが、どうせなら素材も持ち帰りたい。けれどもソロには到底不可能だ。

 故に、一人で持ち帰ることができる分だけを狩る。

 回収袋に入れる前に、角をもぎ取る。そのまま放り込んで回収袋が破れてしまっては面倒だ。二角兎は何度も倒したことがあるので、手際よく二つの角をもぎ取った。

 回収袋を肩から斜め掛けして、立ち上がる。
 次の獲物を探すことにしよう。

 そう思った矢先、遠くから幾つかの声が響いた。

「あ! ああー! 先越されてるし!」
「……残念、一歩遅かったみたいね」
「糞の跡を辿って、ようやく見つけたんだけどなあ……」

 タンク役の青年が、ため息を吐きながら呟いた。
 ヒーラーの子は詰まらなそうに俺を見ているし、テイマーの子は敵意を剥き出しにしている。

「もう! せっかく依頼受けたってのに、ソロに横取りされるとか有り得ないんだけど!」
「落ち付きなさい、フージョ。彼も二角兎の依頼を受けてるのかもしれないわ」
「はあ? だったら余計に有り得ないし! あのソロが居なかったらあたしたちが倒してたのにさ!」

 フージョと呼ばれたテイマーの子は、俺が獲物を横取りしたものとして話を進めている。しかしそれは大きな間違いだ。

 彼らが二角兎の討伐依頼を受けていることは知らないし、俺が二角兎を倒したのは今から数分前の話だ。戦闘中に割り込んだわけでもないのに、あれこれ言われる筋合いはない。
 すると、

「まあまあ、ここは僕に任せて」

 タンク役の青年が声を上げてフージョを宥めると、俺と目を合わせて笑みを浮かべる。

「おじさん、こんにちは」

 おじさん……か。
 これでもまだ二十九歳なのだが、まあ彼らから見れば十分おじさんか。

「こんにちは。何か用か」
「ええ、おじさんに一つご相談がありまして」

 そう言うと、まずは自己紹介を始めた。
 タンク役の青年がユスランで、ヒーラーがカヤッタ、そしてテイマーとして攻撃役を担うのがフージョと名乗った。幼馴染で組んだ三人パーティーとのこと。

 つい先日、三人揃って鉄級一つ星に上がったばかりの新米冒険者だ。

「おじさんが倒した、それについてなんですけど」

 ユスランの視線が回収袋へと向けられる。
 やはりと言うべきか、お目当ては二角兎のようだ。

「これがどうかしたのか」
「実は僕たち、二角兎の討伐依頼を受注していましてね、ご覧の通り裏山を探索している最中なんです」

 ニコニコと笑いながら話しかけてくる。
 フージョはともかく、自分は敵意を持っていませんよ、と示しているに違いない。

「おじさんは……それ、常設依頼に回すんじゃないですか?」
「どうしてそう思う」
「今朝見た掲示板には、二角兎の討伐依頼書は一枚しかありませんでしたからね」

 よく見ている。依頼書を吟味した証だ。
 ユスランの質問に対し、俺は確かに頷いた。

「でしたら、僕たちに譲ってもらえませんか?」
「譲る……? 二角兎の死体を?」
「はい。えっと……これでいかがでしょうか」

 常設依頼では、二角兎の討伐証明となる魔石一つに付き、銀貨二枚を報酬として受け取ることができる。

 しかし、ユスランは腰に下げた小さな袋の中から大銀貨を一枚取り出すと、それを親指と人差し指で挟んで見せた。
 大銀貨は銀貨十枚分なので、冒険者ギルドが定める相場の五倍だ。

「断る」
「……え?」

 だが、俺は断った。

「そういうのは、ためにならない」
「ために?」

 どうやら理解ができていないらしい。
 新米冒険者にはよくあることだ。

「二角兎なら、此処にはたくさんいる。だからわざわざ俺が狩ったものを選ぶ必要もあるまい」
「いや、たくさんと言われても……朝からずっと探してるんですけど、全く見つからないんですよね」
「だとすれば、冒険者業なんて辞めることだな」
「はあ? 何ですって? ソロのおっさんが舐めた口利いてんじゃないよ!」

 口を挟まずにいたフージョが、怒りの感情をぶちまけてきた。

「俺なら、日が落ちるまでにあと十体は倒すことができるが……お前たちはどうなんだ?」
「十体も……」

 二角兎の討伐だけに集中すればの話だが、その点は説明しなくとも良いだろう。
 すると、ユスランは少しイラついたような表情を浮かべ、俺を見る。

「おじさん。仮に二角兎を十体倒したところで、その報酬は大銀貨一枚ですよ。つまり、僕たちの案に乗った方が身のためです」
「そうですよ、おじさま。見たところ……アタッカーですよね? それもソロの……つまり、おじさま一人だと、依頼もろくに受けられないのでは?」

 ヒーラーのカヤッタが援護してくる。痛いところを突いてくるじゃないか。

「そーいうことだからさ! ごちゃごちゃ言ってないで、あたしらの施しを受ければいいのよ!」
「僕たちは面倒ごとが一つ減って嬉しいですし、おじさんは大銀貨を手に入れることができる。お互いに良い関係だと思いますけどね」

 新米冒険者がこの態度では、先が思いやられる。
 力を付けることも叶わず、モルサル街から拠点を移すこともできないかもしれない。

「ああもちろん、二角兎ぐらい余裕で倒せますよ? ただ、見つからないってだけですからね? その上で、おじさんに提案しているんです。……で、いかがですか?」

 確かに、倒すことはできるかもしれない。
 だが実際に、その姿を発見することができなければ、彼らは一生そのままだ。

「だったら、俺の相手などしていないで、自分たちで勝手に探せ」
「……ちっ」

 舌打ちが聞こえる。したのはユスランだ。
 自分の案が通らないと分かり、露骨に態度を変えてきた。

「おじさんに言われなくても、そうしますよ」
「ふんっ、おっさんの分際で……!」
「まあ、いいじゃないですか。おじさまも、精々ソロで頑張ってくださいね」

 思い思いに言い残すと、ユスランたちは山の奥へと消えて行った。
 その後ろ姿を暫く眺めつつ、俺は再びため息を吐く。

 魔物と戦闘するよりも疲れた。
 このまま町へと引き揚げてしまおうか。

「……いや、ダメだな」

 まだ、裏山に入ったばかりだ。
 倒した魔物も二角兎が一体だけなので、素材を回収してもらったとしても、食事代と宿泊代で足が出る。

 仕方がないので、気を取り直す。
 そしてまた、裏山の探索を静かな足取りで再開することにした。
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