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【108】

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 ナーナルとエレンが皇城の一室でデイルに近況報告のようなものをしている最中、気付いた。先ほどからデイルの視線がチラチラとテーブル上に向けられることに。

「あ、そういえば……こちらの豆菓子、とても甘くて美味しかったです」
「お? うぬ、うむうむ、そう言ってもらえると思っておったぞ」

 ナーナルが豆菓子を褒める。すると気を良くしたデイルが笑みを浮かべた。
 しかしすぐに畏まり、蓄えた髭を指で触りながらも口を開く。

「……ちと、食べる手を止めて、ついてきてもらえるかの」

 デイルが席を立つ。それにつられてナーナルも立ち上がり、エレンを見る。
 お茶を飲み終えたエレンは、口元と指先を拭くと、同じくソファから腰を上げた。

「? あの、どちらへ行かれるのですか?」
「畑じゃ」
「は……はたけ?」

 一瞬耳を疑ったが、聞き返してもデイルは頷くだけだ。エレンも眉を潜めている。

「まああれじゃ、百聞は一見に如かずというじゃろう」

 予想通りの反応だったに違いない。
 くつくつと笑いながらも、デイルは二人を手招きする。それを拒否する選択肢はないので、ナーナルとエレンは大人しくデイルの背をついていくことにした。

 城の内部を案内されてしばらく、日の光が差し込む場所に辿り着く。そこには文字通りの大きな畑が広がっていた。

「本当に……皇城に畑があるのですね」

 あまりにも似付かわしくないので、ナーナルは目を丸くしていた。
 だが、すぐに考えを改める。

 ここはローマリア、商人が集う国だ。現皇帝のデイルも、元は一介の商人であった。
 ということはつまり……、

「趣味でな、色々作っておるが……これが上手くいってのう」

 この畑では豆を栽培していた。それはデイルが独自に行ったものであり、ここ以外には存在しない品種となる。つまり、皇都産の豆だ。

「では、あの豆菓子が……」
「そういうことじゃ。美味かったじゃろう」

 デイルがニヤリと笑う。
 気付かぬうちに、二人はこの畑で獲れた豆を食していたらしい。

「で、実はぬしらに相談があってのう」
「相談……ですか?」
「ナーナルよ、ぬしは近々店を開く予定じゃな?」
「は、はい。貸本喫茶を……」
「そう、それじゃ! その貸本喫茶のメニューの一つに、ぬしらが食べた豆菓子を加えてほしくてな」
「あの豆菓子を……でしょうか?」

 確かに、あれはお茶請けとしても合っている。見た目はともかく、味や触感には好印象を持っていた。貸本喫茶のメニューに載せたとしても違和感ないだろう。だが、

「却下だ」

 ナーナルが返事をする前に、エレンがばっさりと告げる。

「ふむ……何故じゃ」
「デイル、お前はナーナルの店を利用して宣伝する腹積もりだろ。はいそうですかと、国の広告塔になるつもりはない」
「えっ、そうなの!?」

 エレンの指摘に、ナーナルが驚いた。
 しかし言われてみれば確かに、と思考を巡らせる。

「理解しておるなら話は早い。よいか? これは皇帝としてではなく、一商人として、ぬしらに話を持ちかけておる」

 一商人として、とデイルが言う。

「皇帝になってから、商売からは手を引いた……だがのう、招待祭以降、血が騒ぐんじゃ。暇を飽かすだけのつもりじゃった畑が上手くいったことで、これを商売に活かす手はなかろうかと……」

 現皇帝デイル・タスピール直々の豆菓子。
 皇都産のそれは、まだほんの数名しか食べたことがない。
 どこに行けば手に入れることができるのか、どのお店に行けば食べることができるのか。
 それはきっと、話題に上るだろう。国中に噂が広がるだろう。
 ナーナルの貸本喫茶に行けば、味わうことができる、と。

「故にどうじゃろう? 対等な立場から正式に依頼したい。この畑の豆を……豆菓子を、ぬしの店のメニューに加えてほしい」

 己が栽培した豆に自信があるからこそ、二人を皇城に招き、商談を持ちかけたのだろう。

「言いたいことは分かった。だが……だからといって、一国の皇とズブズブの関係になるのは店的にも避けたいところだ」

 変な噂が広まらないとも限らない。エレンの言うことももっともである。しかし、

「待って、わたしに考えがある」

 断るにはまだ早いと、ナーナルが間に入った。

「皇帝陛下、あの豆菓子はとても素晴らしいものですし、メニューに載せることができれば、きっと評判を呼ぶと思います」
「おぉ、そう思うか、そうじゃろう?」
「はい。ですので、こちらから条件を付けたいと思っております」

 ナーナルが告げる。条件があります、と。

「ふむ、条件か……まあ、これは商売じゃからな、もちろんこちらの言い分だけを通すつもりはない。聞かせてもらえるか」
「はい、では……」

 一息ついたあと、ナーナルは柔らかな笑みを携えたまま、デイルへ求める条件を口にする。

 一つ目を聞くとき、表情はまだ明るかった。だが二つ目、三つ目と増えていくにつれて、デイルのそれは徐々に曇り始める。

「待て、まだあるのか? これではちと、数が多すぎて……ナーナルよ、幾らなんでも厳しすぎるじゃろう?」
「でしたら、このお話は無しということでよろしいでしょうか」
「うぐっ」

 皇都は長年、ティリス率いるカロック商会の支配下にあった。
 デイルが今、言葉を交わしているのは、この国を救った英雄だ。そんな二人のお店に豆菓子を提供することができるのであれば、宣伝効果は計り知れないものとなるはずだ。

「……ちと、待て」

 思考を巡らせる。
 いつの間にか、デイルは一国の皇から一商人へと顔を変えていた。

「卸価格がこれで、初回複数年での契約……これが痛い。痛すぎる。更新後に緩くはなるが、随分と足元を見られておるのう」
「皇帝陛下。わたしどもとしましては、非常に良心的な条件を揃えたと思っております」

 優しく微笑み、返事をするのはナーナルだ。
 どの口が言っているのかと声を上げたくなるが、デイルは黙って思考を巡らせる。

「まあ、そうじゃの……辛いことは確かじゃが、費用対効果を考えれば……」

 元々、二人に商談を持ちかけた時点で、ある程度の妥協はするつもりであった。それはもちろん、デイルが条件を提示し、少しずつ譲歩していく形を理想としていたわけだが、ナーナルに先を越されてしまっただけで、結果としては同じことだ。
 その条件が厳しすぎるのが予想外ではあったが、納得するほかに道はない。

「……よかろう、ぬしの条件通りでよい」
「感謝いたします、皇帝陛下」

 デイルが渋々条件を呑む。
 その言葉を受けたナーナルは、ニヤリとほくそ笑む。

 そしてそんな二人のやり取りを傍観していたエレンは、多少の驚きと共に、肩を竦めてみせるのであった。
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