38 / 50
連載
【100】
しおりを挟む
正午過ぎ、ナーナルは一人でカルロの馬車書店へと向かった。エレンは仕事だ。
南部地区の広場に着くと、昨日と同じく人だかりができている。カロック商会の支配下であった頃、禁止物として国内への持ち込みが許可されていなかったからか、やはりレイゼンの本屋は人気のようだ。
「――あっ! ナーナルさん!」
とここで、馬車の荷台から顔を覗かせる人物が声を上げる。それはもちろん、クリアだ。
ナーナルの姿を見つけ、目を輝かせている。
「もしかして……もう読んでくれたんですか!?」
まだ一日しか経っていないのに、とクリアは驚きと喜びの混じった表情を浮かべている。
「ええ、読んだわ。最初から最後までしっかりと」
持ってきた原稿を手に、ナーナルが返事をする。
「本当に読んでくれたんだ……嬉しいです! それで、その、……感想を! き、聞かせてもらえますか?」
来た。やはりというべきか、クリアは感想を求めてきた。
「……いいわ。でも、貴女が喜ぶようなものではないと思うから、気を悪くしたならごめんなさいね」
「構いません!」
内容には触れず、雰囲気ではぐらかすこともできたが、それではクリアのためにはならない。だからこそ、ナーナルは正直に言うことにした。
そしてクリアも、真っ直ぐに頷く。
一つ一つ丁寧に、何が引っかかったのか、どこがぎこちなく感じたのか、何がダメだと思ったのか、包み隠さず口にしていく。
やがて感想を伝えることに一段落した頃、ナーナルはクリアの顔を見る。
すると、クリアは何度も頷き眉を潜め、しかし満足気に口元を緩めていた。それからすぐ、ナーナルに見られていることに気が付くと、慌てて姿勢を正し、手を握った。
「あっ、ありがとうございます!」
そして、感謝の言葉を口にする。
「今までも、出版社に持ち込みしたときや、お客さんに冒頭を少しだけ読んでもらうことはあったけど、こんなに詳しくダメ出ししてくれる人は一人もいませんでした……」
クリアの自作小説を読んだ人たちは、みんな口を揃えて「面白くない」と告げるだけだった。結果、クリアは何が悪いのか分からず、どこが強みなのかを理解することもできず、ただひたすら書き殴ることを続けてきた。
「これで、あたしの目指す方向が見つかったような気がします!」
だが、そんな状況から一歩踏み出すことができたのだ。
「目指す方向? それってもしかして……恋愛小説?」
「はい! あっ、でもあたし、恋愛したことないんですよね……」
どうしよう、と頭を悩ませる。
「それにしては上手く書けていると思うわ」
「そうですかね? 一応、妄想ならいくらでもできますし、し放題ですから!」
「あ、……うん、そうね」
「この小説の恋愛描写はですね、あたしの理想を形にしたものです! だから細かく書けたんじゃないかって思ってるんです」
理想、とクリアは口にした。
クリアはこの小説のような恋愛をしたいのだろうか。
だが、ここで思いもよらないことを言い出す。
「あっ、ナーナルさんとエレンさんを参考に書けば良い話を作ることができそうな気が!」
「わたしとエレンを……?」
自分が主役の小説を書くと言われて、ナーナルは実際に想像してみる。
……無いな、と。さすがに恥ずかしすぎて無理だと結論付けた。
「ナーナルさん! 書いても……いいですか?」
「うっ」
しかし断りを入れる前にクリアからお願いされてしまい、ナーナルが一歩引く。
感想で厳しいことを言い、恋愛描写はよかったと伝えた手前、嫌だとは言えない。
「……い、一案としてなら、……ね?」
「っ、はい! 許可してくださってありがとうございます!」
「許可してないのだけれど……ねえ」
子供のようにはしゃぐクリアを前に、ナーナルは苦笑するほかになかった。
南部地区の広場に着くと、昨日と同じく人だかりができている。カロック商会の支配下であった頃、禁止物として国内への持ち込みが許可されていなかったからか、やはりレイゼンの本屋は人気のようだ。
「――あっ! ナーナルさん!」
とここで、馬車の荷台から顔を覗かせる人物が声を上げる。それはもちろん、クリアだ。
ナーナルの姿を見つけ、目を輝かせている。
「もしかして……もう読んでくれたんですか!?」
まだ一日しか経っていないのに、とクリアは驚きと喜びの混じった表情を浮かべている。
「ええ、読んだわ。最初から最後までしっかりと」
持ってきた原稿を手に、ナーナルが返事をする。
「本当に読んでくれたんだ……嬉しいです! それで、その、……感想を! き、聞かせてもらえますか?」
来た。やはりというべきか、クリアは感想を求めてきた。
「……いいわ。でも、貴女が喜ぶようなものではないと思うから、気を悪くしたならごめんなさいね」
「構いません!」
内容には触れず、雰囲気ではぐらかすこともできたが、それではクリアのためにはならない。だからこそ、ナーナルは正直に言うことにした。
そしてクリアも、真っ直ぐに頷く。
一つ一つ丁寧に、何が引っかかったのか、どこがぎこちなく感じたのか、何がダメだと思ったのか、包み隠さず口にしていく。
やがて感想を伝えることに一段落した頃、ナーナルはクリアの顔を見る。
すると、クリアは何度も頷き眉を潜め、しかし満足気に口元を緩めていた。それからすぐ、ナーナルに見られていることに気が付くと、慌てて姿勢を正し、手を握った。
「あっ、ありがとうございます!」
そして、感謝の言葉を口にする。
「今までも、出版社に持ち込みしたときや、お客さんに冒頭を少しだけ読んでもらうことはあったけど、こんなに詳しくダメ出ししてくれる人は一人もいませんでした……」
クリアの自作小説を読んだ人たちは、みんな口を揃えて「面白くない」と告げるだけだった。結果、クリアは何が悪いのか分からず、どこが強みなのかを理解することもできず、ただひたすら書き殴ることを続けてきた。
「これで、あたしの目指す方向が見つかったような気がします!」
だが、そんな状況から一歩踏み出すことができたのだ。
「目指す方向? それってもしかして……恋愛小説?」
「はい! あっ、でもあたし、恋愛したことないんですよね……」
どうしよう、と頭を悩ませる。
「それにしては上手く書けていると思うわ」
「そうですかね? 一応、妄想ならいくらでもできますし、し放題ですから!」
「あ、……うん、そうね」
「この小説の恋愛描写はですね、あたしの理想を形にしたものです! だから細かく書けたんじゃないかって思ってるんです」
理想、とクリアは口にした。
クリアはこの小説のような恋愛をしたいのだろうか。
だが、ここで思いもよらないことを言い出す。
「あっ、ナーナルさんとエレンさんを参考に書けば良い話を作ることができそうな気が!」
「わたしとエレンを……?」
自分が主役の小説を書くと言われて、ナーナルは実際に想像してみる。
……無いな、と。さすがに恥ずかしすぎて無理だと結論付けた。
「ナーナルさん! 書いても……いいですか?」
「うっ」
しかし断りを入れる前にクリアからお願いされてしまい、ナーナルが一歩引く。
感想で厳しいことを言い、恋愛描写はよかったと伝えた手前、嫌だとは言えない。
「……い、一案としてなら、……ね?」
「っ、はい! 許可してくださってありがとうございます!」
「許可してないのだけれど……ねえ」
子供のようにはしゃぐクリアを前に、ナーナルは苦笑するほかになかった。
13
お気に入りに追加
3,531
あなたにおすすめの小説
「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。
亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません!
いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。
突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。
里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。
そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。
三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。
だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。
とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。
いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。
町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。
落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。
そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。
すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。
ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。
姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。
そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった……
これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。
※ざまぁまで時間かかります。
ファンタジー部門ランキング一位
HOTランキング 一位
総合ランキング一位
ありがとうございます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。