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 正午過ぎ、ナーナルは一人でカルロの馬車書店へと向かった。エレンは仕事だ。
 南部地区の広場に着くと、昨日と同じく人だかりができている。カロック商会の支配下であった頃、禁止物として国内への持ち込みが許可されていなかったからか、やはりレイゼンの本屋は人気のようだ。

「――あっ! ナーナルさん!」

 とここで、馬車の荷台から顔を覗かせる人物が声を上げる。それはもちろん、クリアだ。
 ナーナルの姿を見つけ、目を輝かせている。

「もしかして……もう読んでくれたんですか!?」

 まだ一日しか経っていないのに、とクリアは驚きと喜びの混じった表情を浮かべている。

「ええ、読んだわ。最初から最後までしっかりと」

 持ってきた原稿を手に、ナーナルが返事をする。

「本当に読んでくれたんだ……嬉しいです! それで、その、……感想を! き、聞かせてもらえますか?」

 来た。やはりというべきか、クリアは感想を求めてきた。

「……いいわ。でも、貴女が喜ぶようなものではないと思うから、気を悪くしたならごめんなさいね」
「構いません!」

 内容には触れず、雰囲気ではぐらかすこともできたが、それではクリアのためにはならない。だからこそ、ナーナルは正直に言うことにした。
 そしてクリアも、真っ直ぐに頷く。

 一つ一つ丁寧に、何が引っかかったのか、どこがぎこちなく感じたのか、何がダメだと思ったのか、包み隠さず口にしていく。
 やがて感想を伝えることに一段落した頃、ナーナルはクリアの顔を見る。

 すると、クリアは何度も頷き眉を潜め、しかし満足気に口元を緩めていた。それからすぐ、ナーナルに見られていることに気が付くと、慌てて姿勢を正し、手を握った。

「あっ、ありがとうございます!」

 そして、感謝の言葉を口にする。

「今までも、出版社に持ち込みしたときや、お客さんに冒頭を少しだけ読んでもらうことはあったけど、こんなに詳しくダメ出ししてくれる人は一人もいませんでした……」

 クリアの自作小説を読んだ人たちは、みんな口を揃えて「面白くない」と告げるだけだった。結果、クリアは何が悪いのか分からず、どこが強みなのかを理解することもできず、ただひたすら書き殴ることを続けてきた。

「これで、あたしの目指す方向が見つかったような気がします!」

 だが、そんな状況から一歩踏み出すことができたのだ。

「目指す方向? それってもしかして……恋愛小説?」
「はい! あっ、でもあたし、恋愛したことないんですよね……」

 どうしよう、と頭を悩ませる。

「それにしては上手く書けていると思うわ」
「そうですかね? 一応、妄想ならいくらでもできますし、し放題ですから!」
「あ、……うん、そうね」
「この小説の恋愛描写はですね、あたしの理想を形にしたものです! だから細かく書けたんじゃないかって思ってるんです」

 理想、とクリアは口にした。
 クリアはこの小説のような恋愛をしたいのだろうか。
 だが、ここで思いもよらないことを言い出す。

「あっ、ナーナルさんとエレンさんを参考に書けば良い話を作ることができそうな気が!」
「わたしとエレンを……?」

 自分が主役の小説を書くと言われて、ナーナルは実際に想像してみる。
 ……無いな、と。さすがに恥ずかしすぎて無理だと結論付けた。

「ナーナルさん! 書いても……いいですか?」
「うっ」

 しかし断りを入れる前にクリアからお願いされてしまい、ナーナルが一歩引く。
 感想で厳しいことを言い、恋愛描写はよかったと伝えた手前、嫌だとは言えない。

「……い、一案としてなら、……ね?」
「っ、はい! 許可してくださってありがとうございます!」
「許可してないのだけれど……ねえ」

 子供のようにはしゃぐクリアを前に、ナーナルは苦笑するほかになかった。
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