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【幕間】

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「……まっず」

 ローマリア城の地下に作られた牢獄に声が響く。
 それは、半月前まで皇都を支配していた女性の声だ。

「ちょっとあんた! これクソ不味いから、代わりのお茶をもってきなさいよ!」
「はぁ……私語は慎め。お前は罪人だぞ? 飲み物をもらえるだけでもありがたいと思え」
「うるさいわね……! あたしのおかげでこの国は今まで生き延びることができたのよ? それをこんな……汚い場所に閉じ込めて……いいからさっさと持ってこい!」
「全く、いちいち注文の多いやつだな」

 その人物――ティリス・カロックは、壁に寄りかかりながら看守に文句を言う。嫌な顔をされるが、お構いなしだ。牢獄の中で畏まる必要などない。

 そして毎日のように考える。何がダメだったのだろうかと。

 計画は完璧だった。本来であれば、今頃この国の新しい皇帝となっていた。一商人の娘から成り上がるはずだった。

 だが、失敗した。
 完璧だと思われていた、十年かけた皇都乗っ取り計画が潰えた原因は何なのか。

 そんなこと、誰に言われずとも理解している。
 あの二人……ナーナルとエレンが全ての元凶だ。

「死んでたまるか……絶対に抜け出してやるわ」

 ここに来た当初は頭に血が上っていたこともあって、冷静に考えることができなかった。
 だが今は違う。今の自分は客観的に分析することができる。
 絶望的な状況下に置かれていることは分かっているが、それでも脱出不可能なわけではない。袖の下を渡せばいつだって外に出ることができる。
 問題は、その資金をどうやって調達するのかだが……。

「おい、面会人だ」
「……は? 誰よ?」

 思考を遮り、看守が声をぶつける。
 ここに来てからというもの、ティリスは誰とも会っていない。否、会わせてもらえなかった。ティリスを利用しようと考える、良からぬことを企む輩がいるかもしれないからだ。

 だから、ティリスは不審に思った。どうして面会の許可が下りたのだろうかと。

「……あ? 面会人って、あんた?」

 塀越しに、面会を希望した人物が姿を現す。
 同時に、ティリスは眉間にしわを寄せた。

「お久し振りね、麗しき商人よ」

 ティリスの面会人――それは西の国の商人、キルファンだった。
 目を合わせると、キルファンは恭しくお辞儀をしてみせる。

「ここは随分と汚らしいところだね」
「牢の中なんだから当たり前でしょ」
「おお、そうだったそうだった。ここは牢屋だったよ。貴女のようなクズを閉じ込めるに相応しい場所ね」

 自然な流れで、さらっと告げる。
 ティリスは壁から背を離し、キルファンを睨み付けた。

「……あんたさ、何しに来たわけ?」
「失敬失敬、ちょっと地が出てしまったかな」

 からからと嗤いながら、キルファンは両手を挙げる。
 けれども口は止まらない。

「ティリス嬢、きみのやり方は実に狡猾で完璧だったよ。この私が何の疑いもなく契約を交わしてしまったのだからね……でも、それももう終わりね」

 言葉を区切り、目を細める。
 塀の中のティリスを見下ろす表情は冷たい。

「きみが社会的に死んでからすぐ、皇帝との話し合いの場を設けた。そして我がオー商会とカロック商会との間で交わした契約を破棄することが正式に決まった」
「は? ちょっと待ちなさいよ……何勝手に決めてんのよ? あたしが許可すると思ってんの?」
「くっく……ティリス嬢、きみの許可は必要ないね」

 ここで再び、キルファンが嗤う。
 ティリスの反論に堪え切れなくなったのだろう。

「カロック商会は取り潰しになった。そしてきみは塀の中だ。今までは自由に振る舞うことができていたかもしれないが、もはや何もできやしないね」

 そう言って、キルファンは袖に手を入れて茶葉の入った袋を取り出す。
 それを見たティリスは、前のめりになって近づいた。

「おい! それはあたしが手に入れた茶葉だ! 勝手に持ち出してんじゃねえ!」
「違うね。これは我がオー商会の商品ね」

 くつくつと喉を鳴らし、キルファンは手を振る。
 これ以上ここにいる意味も価値もない。だから背を向けた。

「これでさよならね、強欲で滑稽な商人さん」
「ふっ、ふざけんな! 戻ってこい! あたしにそんな態度取ってこの国で生きていけると思ってんのかっ!!」

 ティリスが怒声を上げる。
 しかし、キルファンが振り返ることはなかった。
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