妹に婚約者を寝取られましたが、未練とか全くないので出奔します

ひじり

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「美味いぞ?」
「……嘘は吐かない方が身のためよ」
「随分と興味深い台詞だが、おあいにく様。本心だ」

 エレンの優しさが身に染みる。
 実際に、メインのお肉は焦げてしまったが、味付け自体は悪くなく、スープやサラダに関しては上手にできたと思っている。
 結局、全部残さず食べた二人は、仲良く食器を洗って片付けを終えた。

「この世界にはいろんな国や文化があるのね」

 食後の休憩にと、ナーナルは露店商にもらった本の頁を捲る。
 本を見て、改めて知ることができる。自分がいる場所だけが全てではないことを。
 生まれ育ったのはアルドア国だが、今は隣国ローマリアで暮らしている。そして海をわたった先にも、別の国がある。
 この世の中、ナーナルの知らないことだらけだ。

「……ふうん、西の国ではこういうことをするのね」

 本を読み進めていくと、ナーナルはあることに気付いた。
 それは、かんざしについてだ。

 好意を持った相手に対し、かんざしを送る。
 西の国には、そういった文化があると書かれてあった。

「ということは……ううん、まさかね」

 キルファンは、ナーナルに気が合ってかんざしを送ったのだろうか。
 そう思ったが、そもそもあの場で出会ったのは偶然だ。挨拶代わりのようなものだろう、とナーナルは考える。

「面白いことでも書いてあったか」
「え? ああ、えっと……」

 隣に座るエレンに訊ねられ、どうしたものかと眉を潜める。だが、隠し事は無しだ。
 エレンのことを大切に思っているからこそ、正直に話しておくべきだろう。

「実は今日ね、西の国出身だという方から、かんざしをプレゼントされたの。それでここに書いてあることを見て少し驚いただけよ」
「西の国の……?」
「ええ、待ってて。……ほら、これよ」

 一旦席を立ち、小鞄を持ってくる。
 その中からかんざしを取り出し、エレンに見せた。

「初めて会う人だったし、たまたまお店に売っていた物だから、他意はないわ」

 かんざしについて書かれた頁も見せつつ、ナーナルが言葉を続ける。
 すると、エレンは何事かを思案し始めた。

「……エレン? もしかして、嫉妬した?」

 あのエレンが嫉妬する姿など、見たことがない。申し訳ない気持ちもあるが、これはある意味貴重だ。
 嬉しくなったナーナルは、口角が上がる。

「安心しなさい。わたしはエレン以外に興味なんてないから」
「……ん? いや、その点は全く心配してない」
「え?」
「俺が気になったのは、西の国出身という人物のことだ。名前は分かるか?」
「なによ、嫉妬してくれたと思ったのに……」

 あっさりと否定されて残念がるナーナルだが、それは同時に互いを信じ合っているからこそ生まれたものだ。
 だからナーナルはため息を吐きつつも、エレンの疑問に答える。

「キルファンって名乗っていたわ」
「……なるほど」

 聞き覚えがあるのだろう。エレンは興味深そうに頷いた。

「知り合いなの?」
「いや、名前を知っているだけで直接会ったことはない」

 本を閉じ、エレンは席を立つ。
 食後の紅茶を淹れるつもりなのか、ティーカップを用意する。
 同時にエレンは、茶葉の入った袋を手に取ると、それをナーナルに見せながら告げた。

「西の国のキルファンと言えば、茶葉専門の商人として有名だ」
「ふうん、茶葉専門の……ということは、これから西の国のお茶を楽しむ機会が増えるかもしれないということね」

 商人だとは聞いていたが、何を扱っているのかについては知らなかった。
 西の国のお茶は、まだ飲んだことがない。ナーナルは俄然興味が湧いてきた。

「ああ。そしてキルファンの取引相手は、ナーナルもよく知っている人物なんだが……」
「あら、そうだったの? いったい誰かしら……」

 誰だろう、と知り合いの顔を思い浮かべてみるが、すぐには答えが出てこない。
 そんなナーナルに助け舟を出す形で、エレンは紅茶を淹れながらも、その人物の名を口にする。

「カロック商会の副商長、ティリス・カロック。あいつがキルファンの取引相手だ」
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