23 / 50
連載
【86】
しおりを挟む
あれから場所を屋台に移して暫く談笑したあと、ナーナルはロニカと別れて家に戻った。
玄関の鍵が開いている。エレンが先に帰宅していた。
「ただいま。もう帰っていたのね、エレン」
夕食の準備をしていたのだろう。
台所に立つエレンの背に声をかける。
「ああ、おかえりナーナル。買い物に行っていたのか?」
「ええ、気分転換にいいかもと思って」
今日は一日充実していた。
朝はエレンが作った料理を味わい、プレゼントを探しに露店巡りをした。
午後はルベニカ商会に顔を出してゼントに捕まり、ロニカに連れられて土地を見てきた。そのあとは世間話をしながら時間が過ぎていき、あっという間に夕方だ。
ここに来てからというもの、楽しいことが多く、明日は何があるのだろうかとワクワクする毎日だった。
「お目当てのものは見つかったか」
「うーん、それがあまりピンとくるものがなかったのよね」
色んな露店を見て回ったが、結局手ぶらのナーナルは、残念そうにため息を吐く。
しかしすぐに表情を変え、エレンの傍に寄った。
「でも、エレンの顔を見たら元気になったみたい。だからまた今度探してみるわ」
エレンの顔を見るためにルベニカ商会に行き、それが空振りに終わったときはがっかりしたが、その気持ちも一瞬で晴れになる。
「いっぱい歩いてお話したから、お腹空いちゃった」
「もうできてる。すぐご飯にしよう」
「ええ、着替えてくるから少し待ってて」
一旦、ナーナルは自分の部屋に入る。
小鞄を机の上に置いて、そこでキルファンからもらったかんざしの存在を思い出す。
身に着けるつもりはなく、だからといって大事にしまっておくのも勿体ないと思う。
「……やっぱり、返した方がいいわね」
プレゼントしてもらったことは嬉しいが、やはりこれは勘違いの素だ。キルファンには申し訳ないが、次に街で再会したときに返してしまおう。
そう考え、ナーナルはかんざしを小鞄に入れておくにした。
着替えて居間に戻ってみると、夕食の支度は既に終わっていた。
「食べるか」
「うん」
二人揃ってご飯を食べ始める。
この至って普通の日常が、ナーナルは幸せでたまらない。
「そうそう、さっきお話したって言ったでしょう? 実はゼントさんの悩み……相談? を聞いていたのだけれど、途中でロニカが部屋に入ってきて、一緒に街を歩くことになったの」
「ロニカと……? いや、ゼントさんと会って……ってことは、商会に来たのか?」
「あっ」
指摘され、しまった……とナーナルは固まる。
今日は一日ゆっくりしてほしいと言われていたのに、内緒で商会に顔を出したのがバレてしまい、ナーナルはそっと視線を逸らす。
「ナーナル」
「うっ、……だ、だって、エレンに会いたかったから……」
言い訳を口にして、視線を戻してみる。
気のせいだろうか、エレンは笑うのを我慢しているように見える。
「せっかく会いに来たのに、外出中でいなかったってわけか」
「そ、そうなの! だからわたし、すぐに帰ろうとしたのよ? でもゼントさんに捕まってしまって……エレン?」
「く、くく……」
喉を鳴らし、エレンが笑いを堪える。
やはり我慢していたらしい。
「どうして笑うのよ」
「いや、毎日こうして顔を合わせてご飯を食べているのに、そんなに俺に会いたかったのかと思ってな」
「――ッ」
自分が言ったことだが、エレンの口から聞くと途端に恥ずかしくなってくる。
ナーナルは顔が真っ赤になるのを感じた。
「べ……別にいいでしょう? 一人でいるよりもエレンと一緒の方がいいもの」
「同感だ。俺もナーナルと一緒にいたい」
「っ、……そういうところが、ズルいのよね……」
エレン自身もナーナルと同じことを考えている。
その気持ちがあっさりと分かってしまい、ナーナルは嬉しくなると同時に、先に言わせることのできない自分が情けなくなってしまう。
だが、構うことはない。
幸せならそれでいい。
「相変わらず、エレンって意地悪よね」
「ナーナル限定だけどな」
「……うん」
そう言って、ナーナルは諦めたように頬を緩めてみせるのだった。
玄関の鍵が開いている。エレンが先に帰宅していた。
「ただいま。もう帰っていたのね、エレン」
夕食の準備をしていたのだろう。
台所に立つエレンの背に声をかける。
「ああ、おかえりナーナル。買い物に行っていたのか?」
「ええ、気分転換にいいかもと思って」
今日は一日充実していた。
朝はエレンが作った料理を味わい、プレゼントを探しに露店巡りをした。
午後はルベニカ商会に顔を出してゼントに捕まり、ロニカに連れられて土地を見てきた。そのあとは世間話をしながら時間が過ぎていき、あっという間に夕方だ。
ここに来てからというもの、楽しいことが多く、明日は何があるのだろうかとワクワクする毎日だった。
「お目当てのものは見つかったか」
「うーん、それがあまりピンとくるものがなかったのよね」
色んな露店を見て回ったが、結局手ぶらのナーナルは、残念そうにため息を吐く。
しかしすぐに表情を変え、エレンの傍に寄った。
「でも、エレンの顔を見たら元気になったみたい。だからまた今度探してみるわ」
エレンの顔を見るためにルベニカ商会に行き、それが空振りに終わったときはがっかりしたが、その気持ちも一瞬で晴れになる。
「いっぱい歩いてお話したから、お腹空いちゃった」
「もうできてる。すぐご飯にしよう」
「ええ、着替えてくるから少し待ってて」
一旦、ナーナルは自分の部屋に入る。
小鞄を机の上に置いて、そこでキルファンからもらったかんざしの存在を思い出す。
身に着けるつもりはなく、だからといって大事にしまっておくのも勿体ないと思う。
「……やっぱり、返した方がいいわね」
プレゼントしてもらったことは嬉しいが、やはりこれは勘違いの素だ。キルファンには申し訳ないが、次に街で再会したときに返してしまおう。
そう考え、ナーナルはかんざしを小鞄に入れておくにした。
着替えて居間に戻ってみると、夕食の支度は既に終わっていた。
「食べるか」
「うん」
二人揃ってご飯を食べ始める。
この至って普通の日常が、ナーナルは幸せでたまらない。
「そうそう、さっきお話したって言ったでしょう? 実はゼントさんの悩み……相談? を聞いていたのだけれど、途中でロニカが部屋に入ってきて、一緒に街を歩くことになったの」
「ロニカと……? いや、ゼントさんと会って……ってことは、商会に来たのか?」
「あっ」
指摘され、しまった……とナーナルは固まる。
今日は一日ゆっくりしてほしいと言われていたのに、内緒で商会に顔を出したのがバレてしまい、ナーナルはそっと視線を逸らす。
「ナーナル」
「うっ、……だ、だって、エレンに会いたかったから……」
言い訳を口にして、視線を戻してみる。
気のせいだろうか、エレンは笑うのを我慢しているように見える。
「せっかく会いに来たのに、外出中でいなかったってわけか」
「そ、そうなの! だからわたし、すぐに帰ろうとしたのよ? でもゼントさんに捕まってしまって……エレン?」
「く、くく……」
喉を鳴らし、エレンが笑いを堪える。
やはり我慢していたらしい。
「どうして笑うのよ」
「いや、毎日こうして顔を合わせてご飯を食べているのに、そんなに俺に会いたかったのかと思ってな」
「――ッ」
自分が言ったことだが、エレンの口から聞くと途端に恥ずかしくなってくる。
ナーナルは顔が真っ赤になるのを感じた。
「べ……別にいいでしょう? 一人でいるよりもエレンと一緒の方がいいもの」
「同感だ。俺もナーナルと一緒にいたい」
「っ、……そういうところが、ズルいのよね……」
エレン自身もナーナルと同じことを考えている。
その気持ちがあっさりと分かってしまい、ナーナルは嬉しくなると同時に、先に言わせることのできない自分が情けなくなってしまう。
だが、構うことはない。
幸せならそれでいい。
「相変わらず、エレンって意地悪よね」
「ナーナル限定だけどな」
「……うん」
そう言って、ナーナルは諦めたように頬を緩めてみせるのだった。
42
お気に入りに追加
3,531
あなたにおすすめの小説
「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。
亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません!
いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。
突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。
里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。
そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。
三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。
だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。
とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。
いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。
町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。
落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。
そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。
すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。
ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。
姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。
そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった……
これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。
※ざまぁまで時間かかります。
ファンタジー部門ランキング一位
HOTランキング 一位
総合ランキング一位
ありがとうございます!
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。