20 / 50
連載
【83】
しおりを挟む
「時代の寵児……って、わたしが?」
「もちろんですね。わたくしの記憶が間違っていなければの話ですが、貴女はこの国をカロック商会の手から救い出した女神のはず」
「め、……そんな大げさすぎるわ」
招待祭でカロック商会と一戦交えたのは事実で、キルファンの言っていることは正しい。
しかし、女神と呼ばれるのはこれが初めてのことで、ナーナルは少し驚いてしまった。
「いえいえ、決して大げさではございませんね。少なくともこのわたくしにとっては、貴女は間違いなく女神です。何故なら、塞がっていたはずの道を切り開いてくださったのですからね」
「道を……?」
その言葉が何を示しているのか分からず、ナーナルは眉をひそめる。
すると、キルファンは笑みを崩さずにゆっくりと立ち上がり、ナーナルの手からかんざしを受け取った。
「実はわたくし、ここより西にある小さな島国の生まれでして、商いを営んでおります」
「あら、貴方も商人だったのね?」
「はい。この国は商人にとってオアシスにも等しい場所と聞き及んでおりましたので、わたくしもご多分に洩れず、一獲千金を夢見て海をわたった次第ですね」
大陸生まれのナーナルの目には、あまり見たことのない風貌のキルファンが珍しく映ったに違いない。
詳しく話を聞いていくと、どうやらナーナルは間接的にキルファンを助けていたらしい。
自国の船に乗り、十日ほどかけて港町レイストラに着いたまではよかったが、そこから先が苦難の連続であった。
まず、レイストラからローマリアに向けて発つことができなかった。
何もしていないにもかかわらず、カロック商会傘下の傭兵たちに拘束されてしまい、足止めを食らったのだ。
ナーナルとエレンがレイストラに着いた際、同じような目に遭うことはなかったが、それはヤレドとレイストラを繋ぐ定期船に乗っていたからだ。
いつまで経っても拘束を解かれることはなく、途方に暮れていたキルファンだったが、抜け道を見つけてからは思いのほか早くレイストラを抜け出すことができた。
それは、監視役の傭兵に袖の下を渡すだけ。たったそれだけのことで、あっさりと解放された。
招待祭は既に開催中で、出遅れた感は否めないが、商売をすることはできる。
期待に胸を躍らせ、ローマリアに着いたキルファンは、南部地区の門を叩くのだが……ここでもやはり、カロック商会に目を付けられてしまう。
この国で商売をしたければ、カロック商会の傘下に入らなければならない。
一応、条件面を聞いてはみたのだが、あまりにも馬鹿げていた。故にキルファンは断った。
結果は言わずもがな。
皇都に入ること自体は叶ったが、店を出すことを禁じられてしまった。
自国の外に出るのが初めてだったキルファンには、行商隊のまとめ役のような伝手はなく、何もできずに時が流れるのを受け入れるしかない。
つまり、海をわたって商売をしに来たにもかかわらず、今回の行商は何の成果もなく失敗に終わるということだ。
ローマリアが商人の国だと知り、いつかこの目で見てみたいと思っていた。
しかしオアシスは既に枯渇していた。
悲しいが、ここには夢も希望も残されていない。
キルファンがナーナルの姿を目撃したのは、そんなときだった。
カロック商会の副長であり、ローマリアを実質的に支配するティリスを相手に、一歩も引かずに言葉でねじ伏せた。
その対決を、キルファンは間近で見ていたのだ。
「カロック商会が潰れたことで、わたくしは何物にも縛られることなく、招待祭が終わるまで商いをすることができました。もちろん、これから先もですがね」
感謝しても、し切れない恩がある。
だからこそ、キルファンはナーナルを女神と称したのだ。
「お役に立てたのでしたら、光栄ですわ」
自分の知らないところではあるが、感謝されて悪い気はしない。
口元を緩め、ナーナルは笑い返した。
「そうそう、因みにこのかんざしについてですがね……」
思い出したかのように口を開き、キルファンはかんざしの代金を店主に支払う。
そしてそれを再びナーナルへと手渡した。
「彼の方も当然似合うことでしょうが、貴女が身に付ければもっと魅力的になるでしょう」
「え」
「それはわたくしから女神へのプレゼントですね。では、また」
それだけ言い残し、キルファンはナーナルの前から立ち去ってしまう。
声をかける間もなく、手元に残ったのは、かんざしが一つ。
「これ……どうしようかしら」
つい流れで受け取ってしまったが、もらうべきではなかったとナーナルは考える。
しかし、キルファンの好意を無下にして、捨てるわけにもいかない。
結局、ナーナルはかんざしを小鞄に仕舞い込み、エレンへのプレゼント探しを再開するのであった。
「もちろんですね。わたくしの記憶が間違っていなければの話ですが、貴女はこの国をカロック商会の手から救い出した女神のはず」
「め、……そんな大げさすぎるわ」
招待祭でカロック商会と一戦交えたのは事実で、キルファンの言っていることは正しい。
しかし、女神と呼ばれるのはこれが初めてのことで、ナーナルは少し驚いてしまった。
「いえいえ、決して大げさではございませんね。少なくともこのわたくしにとっては、貴女は間違いなく女神です。何故なら、塞がっていたはずの道を切り開いてくださったのですからね」
「道を……?」
その言葉が何を示しているのか分からず、ナーナルは眉をひそめる。
すると、キルファンは笑みを崩さずにゆっくりと立ち上がり、ナーナルの手からかんざしを受け取った。
「実はわたくし、ここより西にある小さな島国の生まれでして、商いを営んでおります」
「あら、貴方も商人だったのね?」
「はい。この国は商人にとってオアシスにも等しい場所と聞き及んでおりましたので、わたくしもご多分に洩れず、一獲千金を夢見て海をわたった次第ですね」
大陸生まれのナーナルの目には、あまり見たことのない風貌のキルファンが珍しく映ったに違いない。
詳しく話を聞いていくと、どうやらナーナルは間接的にキルファンを助けていたらしい。
自国の船に乗り、十日ほどかけて港町レイストラに着いたまではよかったが、そこから先が苦難の連続であった。
まず、レイストラからローマリアに向けて発つことができなかった。
何もしていないにもかかわらず、カロック商会傘下の傭兵たちに拘束されてしまい、足止めを食らったのだ。
ナーナルとエレンがレイストラに着いた際、同じような目に遭うことはなかったが、それはヤレドとレイストラを繋ぐ定期船に乗っていたからだ。
いつまで経っても拘束を解かれることはなく、途方に暮れていたキルファンだったが、抜け道を見つけてからは思いのほか早くレイストラを抜け出すことができた。
それは、監視役の傭兵に袖の下を渡すだけ。たったそれだけのことで、あっさりと解放された。
招待祭は既に開催中で、出遅れた感は否めないが、商売をすることはできる。
期待に胸を躍らせ、ローマリアに着いたキルファンは、南部地区の門を叩くのだが……ここでもやはり、カロック商会に目を付けられてしまう。
この国で商売をしたければ、カロック商会の傘下に入らなければならない。
一応、条件面を聞いてはみたのだが、あまりにも馬鹿げていた。故にキルファンは断った。
結果は言わずもがな。
皇都に入ること自体は叶ったが、店を出すことを禁じられてしまった。
自国の外に出るのが初めてだったキルファンには、行商隊のまとめ役のような伝手はなく、何もできずに時が流れるのを受け入れるしかない。
つまり、海をわたって商売をしに来たにもかかわらず、今回の行商は何の成果もなく失敗に終わるということだ。
ローマリアが商人の国だと知り、いつかこの目で見てみたいと思っていた。
しかしオアシスは既に枯渇していた。
悲しいが、ここには夢も希望も残されていない。
キルファンがナーナルの姿を目撃したのは、そんなときだった。
カロック商会の副長であり、ローマリアを実質的に支配するティリスを相手に、一歩も引かずに言葉でねじ伏せた。
その対決を、キルファンは間近で見ていたのだ。
「カロック商会が潰れたことで、わたくしは何物にも縛られることなく、招待祭が終わるまで商いをすることができました。もちろん、これから先もですがね」
感謝しても、し切れない恩がある。
だからこそ、キルファンはナーナルを女神と称したのだ。
「お役に立てたのでしたら、光栄ですわ」
自分の知らないところではあるが、感謝されて悪い気はしない。
口元を緩め、ナーナルは笑い返した。
「そうそう、因みにこのかんざしについてですがね……」
思い出したかのように口を開き、キルファンはかんざしの代金を店主に支払う。
そしてそれを再びナーナルへと手渡した。
「彼の方も当然似合うことでしょうが、貴女が身に付ければもっと魅力的になるでしょう」
「え」
「それはわたくしから女神へのプレゼントですね。では、また」
それだけ言い残し、キルファンはナーナルの前から立ち去ってしまう。
声をかける間もなく、手元に残ったのは、かんざしが一つ。
「これ……どうしようかしら」
つい流れで受け取ってしまったが、もらうべきではなかったとナーナルは考える。
しかし、キルファンの好意を無下にして、捨てるわけにもいかない。
結局、ナーナルはかんざしを小鞄に仕舞い込み、エレンへのプレゼント探しを再開するのであった。
34
お気に入りに追加
3,531
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。
亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません!
いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。
突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。
里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。
そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。
三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。
だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。
とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。
いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。
町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。
落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。
そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。
すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。
ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。
姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。
そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった……
これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。
※ざまぁまで時間かかります。
ファンタジー部門ランキング一位
HOTランキング 一位
総合ランキング一位
ありがとうございます!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m


婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。