婚約破棄の次は爵位剥奪ですか? 構いませんよ、金の力で取り戻しますから

ひじり

文字の大きさ
上 下
16 / 22

【15】ガルモール

しおりを挟む
 森の中で盗賊と遭遇してから、丸一日が過ぎた。

 半強制的に食料を分けてもらったおかげで、エナは途中で行き倒れることなく、無事に目的地である町――ガルモールへと辿り着くことができた。

 此処ガルモールは、山岳地帯の麓に作られた大きな町だ。
 王都と比べると、さすがに見劣りするかもしれないが、それでも町の中には数え切れないほどの人たちが住み着いている。
 また、冒険者ギルドも存在し、昼夜問わず活気に満ちていた。

 多種多様なお店が軒を連ねており、ここで衣食住の全てをまかなうことができるので、多くの冒険者がガルモールを拠点に活動し、人気の高い町となっている。
 平民が普通に生活するにしても、困るようなことは滅多にないだろう。

 だが、此処は王国大陸だ。ガルモールは王国の支配下にある。
 エナはガルモールに根を張るつもりはないし、長居しようとも思っていない。国外追放処分を受けた身なのだから当然だ。

 ここから帝国大陸を目指し、人の足で行き来できる道を更に北麓へと進んで行くと、王国と帝国との国境が見えてくる。

 二国は友好的ではなく、異世界転生者を巡る駆け引きが行われるような関係だ。
 それは二国を行き来する行商隊や冒険者、旅人たちにも少なからず影響を及ぼしている。

 国境を越えるとき、それが誰であろうと例外なく、己の身分の証明が必要となる。
 隣国のスパイではないか入念に調査するのだ。

 少しでも怪しまれるようなことがあれば、拘束の対象となってしまう。
 魔物退治で生計を立てる冒険者や、行商を生業にする商人など、拘束されてしまっては生活するために必要なお金を稼ぐこともできなくなる。

 面倒ごとに巻き込まれたくなければ、国境を越えるようなことはせずに、大人しく王国大陸で過ごした方がいいだろう。

 また、これに関してはエナも人ごとではない。
 どうやって国境を越えるかを考えなければならないからだ。

 正直に、国外追放されましたと説明して、納得してもらえるとも思えない。
 爵位を剥奪されたと言っても、はいそうですかと通してもらえるはずもない。

 王国の貴族が魔力を持つことは、帝国にも知れ渡っている。
 故に、帝国側からすれば、最も警戒すべき相手と言えるだろう。

 困ったものだと頭を悩ませるが、とにかく今は疲れを取りたい。
 食料と手持ちを増やすことはできたが、人生初の野宿を体験したことで、エナの体は悲鳴を上げている。可能であるならば、フカフカのベッドで体を休めたい。

 ガルモールの町中をしばらく歩くと、安宿を見つける。幸いなことに、手持ちで一泊することができるので、今夜はそこに泊まることにした。

「はぁ、……硬い」

 部屋に入り湯浴みをして、薄くて硬いベッドに倒れ込む。掃除が行き届いていないのか、埃っぽさが気になって仕方がない。
 だが、野宿よりは断然いい。あれに比べれば、ここは天国だ。

「さあ、計画を立てないと……」

 エナにとって、怒涛の三日間だった。

 一日目にリックとの婚約を破棄し、二日目にほぼ全てを失って王都を発った。そして三日目、森の中をひたすら歩き続けてようやくガルドールに着くことができた。

 心を落ち着ける余裕など、エナは持ち合わせていない。
 決して感情を表に出さず、ただただ気丈に振る舞っていた。

 でも、もう隠す必要はない。
 エナは一人になってしまったし、この町にエナを知る者はほぼいないだろう。

 だがそれでも、エナは弱みを見せない。自分の目的を果たすために、これから何を成すべきか、考えなければならないからだ。

 父を牢獄から救い出し、奪われた財産と爵位を再び取り戻す。当然のことながら、カルデにもやり返さなくては気が済まない。
 ではそのために、エナは何をすればいいのか。

 貴族の地位は失ったが、魔法を使うことはできる。
 その力を利用して、冒険者として大成すればいい。危険は付きものだが、上手くいけば大金を稼ぐことができる。

 だが、金の力だけではどうにもならない。

 恩赦でもなければ父を救い出すことはできないし、金の力では一代限りの爵位しか持つことができない。

 では、どうする?

「……結局、選択肢は一つしかないのよね」

 その答えは、既に出ている。
 それは途方もないことだ。他の誰が聞いても鼻で笑うだろう。

 だが、それを成し遂げなければならない。
 そしてエナは、それを現実のものとするつもりだ。

 薄暗い部屋の天井を見ながら、エナは改めて決意する。
 それからしばらくして、心が休まったのだろう。エナは泥のように深い眠りにつくのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

歪んだ恋にさようなら

木蓮
恋愛
双子の姉妹のアリアとセレンと婚約者たちは仲の良い友人だった。しかし自分が信じる”恋人への愛”を叶えるために好き勝手に振るまうセレンにアリアは心がすり減っていく。そして、セレンがアリアの大切な物を奪っていった時、アリアはセレンが信じる愛を奪うことにした。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結保証】「不貞を黙認せよ」ですって? いいえ、それなら婚約を破棄させていただきますわ

ネコ
恋愛
バニラ王国の侯爵令嬢アロマは、政略結婚で王弟殿下・マルスロッドと婚約した。 だが、マルスロッドには、アロマの親友・ナンシーと不貞行為をしているとの噂がたびたび……。 そのことをアロマが尋ねると、マルスロッドは逆上して「黙っていろ」と圧力をかける。 表面上は夫婦円満を装うものの、内心では深く傷つくアロマ。 そんな折、アロマはナンシーから「彼は本気で私を愛している」と告げられる。 ついに堪忍袋の緒が切れたアロマは、マルスロッドに婚約破棄を申し出る。 するとマルスロッドは「お前が不貞行為をしたことにするならいい」と言う。 アロマは不名誉な思いをしてでも、今の環境よりはマシと思ってそれを承諾する。 こうして、表向きにはアロマが悪いという形で婚約破棄が成立。 しかし、アロマは王弟相手に不貞行為をしたということで、侯爵家にいられなくなる。 仕方なくアロマが向かった先は、バニラ王国の宗主国たるエスターローゼン帝国。 侯爵令嬢という地位ですらなくなったアロマは一般人として帝国で暮らすことになる。 ……はずだったのだが、帝国へ向かう途中に皇太子のライトと出会ったことで状況は一変してしまう。 これは、アロマが隣国で報われ、マルスロッドとナンシーが破滅する物語。

【完結保証】嘘で繋がった婚約なら、今すぐ解消いたしましょう

ネコ
恋愛
小侯爵家の娘リュディアーヌは、昔から体が弱い。しかし婚約者の侯爵テオドールは「君を守る」と誓ってくれた……と信じていた。ところが、実際は健康体の女性との縁談が来るまでの“仮婚約”だったと知り、リュディアーヌは意を決して自ら婚約破棄を申し出る。その後、リュディアーヌの病弱は実は特異な魔力によるものと判明。身体を克服する術を見つけ、自由に動けるようになると、彼女の周りには真の味方が増えていく。偽りの縁に縛られる理由など、もうどこにもない。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

【本編完結】婚約破棄されて嫁いだ先の旦那様は、結婚翌日に私が妻だと気づいたようです

八重
恋愛
社交界で『稀代の歌姫』の名で知られ、王太子の婚約者でもあったエリーヌ・ブランシェ。 皆の憧れの的だった彼女はある夜会の日、親友で同じ歌手だったロラに嫉妬され、彼女の陰謀で歌声を失った── ロラに婚約者も奪われ、歌声も失い、さらに冤罪をかけられて牢屋に入れられる。 そして王太子の命によりエリーヌは、『毒公爵』と悪名高いアンリ・エマニュエル公爵のもとへと嫁ぐことになる。 仕事を理由に初日の挨拶もすっぽかされるエリーヌ。 婚約者を失ったばかりだったため、そっと夫を支えていけばいい、愛されなくてもそれで構わない。 エリーヌはそう思っていたのに……。 翌日廊下で会った後にアンリの態度が急変!! 「この娘は誰だ?」 「アンリ様の奥様、エリーヌ様でございます」 「僕は、結婚したのか?」 側近の言葉も仕事に夢中で聞き流してしまっていたアンリは、自分が結婚したことに気づいていなかった。 自分にこんなにも魅力的で可愛い奥さんが出来たことを知り、アンリの溺愛と好き好き攻撃が止まらなくなり──?! ■恋愛に初々しい夫婦の溺愛甘々シンデレラストーリー。 親友に騙されて恋人を奪われたエリーヌが、政略結婚をきっかけにベタ甘に溺愛されて幸せになるお話。 ※他サイトでも投稿中で、『小説家になろう』先行公開です

婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~

ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。 そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。 自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。 マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――   ※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。    ※第二章まで完結してます。現在、最終章について考え中です(第二章が考えていた話から離れてしまいました(^_^;))  書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m    ※小説家になろう様にも投稿しています。

領地運営は私抜きでどうぞ~もう勝手におやりください~

ネコ
恋愛
伯爵領を切り盛りするロザリンは、優秀すぎるがゆえに夫から嫉妬され、冷たい仕打ちばかり受けていた。ついに“才能は認めるが愛してはいない”と告げられ離縁を迫られたロザリンは、意外なほどあっさり了承する。すべての管理記録と書類は完璧に自分の下へ置いたまま。この領地を回していたのは誰か、あなたたちが思い知る時が来るでしょう。

処理中です...