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【11】呪い

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 エナがローリア家に別れを告げてから、既に三日。
 その日も同様に、太陽が沈んだあと、カルデは声を漏らしていた。

「い、……痛い」

 血が出るほどに、下唇を噛み締める。
 我慢することができない。

「なによこれ……なんでこんなに痛いのよ……っ」

 苦悶の表情を浮かべているのは、カルデだ。
 右の手のひらに目を落とし、脂汗を搔いている。

「だ、誰か説明しなさいよ……どーしてあたしの手が! こっ、こんなに……真っ黒くなってんのよ!」

 リスタ伯爵邸の一室に、カルデの叫びが木霊する。
 彼女の右の手のひらは、あの日から黒に染まっていた。

 神官や僧侶を屋敷に呼び出し、症状を診てもらったが、残念ながら治すことはできないと首を横に振られた。
 それもそのはず、これはただの怪我ではないからだ。

「くっ、くうぅ……! 何が“呪い”よ……! あのアバズレが……このあたしに呪いをかけたですって……ッ!?」

 あのとき、カルデは確かにエナの腕を掴んでいた。その感触も間違いなくあった。
 でも、掴んだはずの手は空を切り、勢い余ってその場に倒れ込んでしまった。

 何が起きたのか、カルデには理解することができなかった。
 あの場に居合わせたリックや親衛隊の面々も、誰一人気付いていなかった。

 全てを把握していたのは、ただ一人。
 エナ・ローリアだけだ。

「か、カルデ……大丈夫かい」
「は……はぁ? バカじゃないのっ!? こんな目に遭ってんのに、大丈夫なわけないでしょ! あんたの目は節穴かっ!!」

 同席していたリックが心配そうに声をかけるが、カルデは罵声で返す。
 痛みに苦しむ姿が見えないのか、と怒りを露わにする。

 診断の結果、これは呪いの一種だと言われた。

 王立図書館の禁書棚を片っ端から調べてみれば、或いはその全容を把握することも可能かもしれない。
 だが、だからと言って治せるとは限らない。それが呪いの恐ろしいところだ。

「そ、そもそも……どうやってっ、あたしに呪いをかけたって言うのよ……!」

 呪文を唱える素振りは見せなかった。
 魔道具も持ち合わせていなかったはずだ。

 では何故、カルデは呪いをかけられてしまったのか。

 これがもし、本当に呪いだと言うのならば、一刻も早く解呪すべきだろう。
 現に今、手のひらの黒い部分は昨日よりも大きさを増している。ゆっくりとではあるが、確実にカルデの体に侵食し、蝕んでいるのだ。

「あたしをコケにしただけじゃなくて、こんな目に遭わせるだなんて……絶対に許さないんだから……!」

 この国から追い出した相手の顔を思い浮かべながら、カルデは息巻く。
 しかしながら、追いかけるよりもまずは呪いの解呪方法を見つけることが先決だ。

「はぁ……はあっ、リック……ッ、今すぐ王立図書館に行くから……親衛隊も、城の兵士たちも全員呼びなさい……っ、そして呪いの解き方を見つけ出すのよ……!」
「えっ? だけどもう閉まって……」
「口答えするなっ! あたしが行くって言ったら行くのよ!! この国ではあたしが一番偉いんだからっ、誰も逆らうなっ!!」

 有無を言わさぬ口調で言い捨て、席を立つ。

「あたしは転生者よ……! せっかく手に入れた第二の人生なんだから……こんなクソみたいな呪いでやられてたまるもんか……ッ」

 太陽は沈んだばかりで、しばらく昇ることはない。
 その間、カルデは苦しみ続けることになるだろう。そしてまた、明日の夜も同じように……。
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