婚約破棄の次は爵位剥奪ですか? 構いませんよ、金の力で取り戻しますから

ひじり

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【10】宣言

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「ふ~ん? ここがローリア家の屋敷ね~? 仮にも元貴族が住んでたところだし、もっとおっきいのを想像してたんだけどなぁ~。なんか小っちゃくて古臭いって感じ? ほら、例えると~、まるで犬小屋みたい! アハハッ!」

 見送りに来たわけではない。
 単純に、エナの惨めな姿を見たくて来ただけだ。カルデの表情を見なくとも、すぐに理解することができる。

「ねえ、リック~。あたしが住んでる伯爵邸と比べたら可哀そうだと思わない~?」
「あ、……うん、そうだね」

 リックは、歯切れの悪い返事をする。
 目線は明後日の方向にあり、エナと目を合わせないようにすることに必死のようだ。

「何か御用でも」

 無視したままやり過ごすことも考えたが、どうせ呼び止められることになる。
 だとすれば、こちらから声をかけた方が一秒でも早く終わるはずだ。

 そう考えたエナは、面倒だと言わんばかりの表情で口を開いた。

「はぁ~? 何か御用でも? いやいやいやいや、何言ってんの、おバカさん? 御用も何も、ここはあたしの荷物置き場として使うことになったから来たんですけど? ってか、あんたまだここに居たの? 早く出て行きなさいよ、邪魔だから♪」

 その台詞から察するに、ローリア家の財産はカルデの所有となったのだろう。差し出した相手は国王だったはずだが、あのあと更にひと悶着あったに違いない。

 カルデがわがままを言って強引に自分のものにした、といったところだろうか。

「それは失礼。すぐに去るから安心してちょうだい」

 あっさりと会話を終わらせる。
 カルデの相手をするのは時間の無駄だ。エナにとっては、何の得にもならない。

「あ、ちょ、ちょっと、もう終わり!?」

 だが、カルデは同意見ではないらしい。

「まだ、何か?」

 エナと顔を合わせるのは、これが最後になるのだ。言い残したことがないように、ここで思う存分スッキリするつもりでいた。

「えっと~、ほら。アレよ。悪いわね~、エナ? あんたが持ってたもの、ぜーんぶあたしがもらっちゃったじゃない? さすがのあたしも罪悪感? ってやつが芽生えちゃったりしないこともなかったりしてさ~」

 邪魔だから出て行けと言ったくせに、わざわざ呼び止めて、言いたかったのはそんなことか。
 予想通りの行動に、エナは内心深いため息を吐いた。

「あんたの婚約者に~、男爵令嬢の肩書でしょ? 住んでたお家もそうだし、あとは……あのおっさんも! 正直言ってさ~、最初はここまでするつもりはなかったのよね。でも、やっぱりあたしの中の正義が許さなかったって言うか、あんたみたいなタイプの女って、個人的にむかつくのよね~。それにさ、将来的に絶対邪魔になるって分かり切ってたし、今のうちに対処しとかないとヤバいと思ったのよね~。だからしょうがないってことで納得してもらえると、あたしも嬉しいって言うか、一件落着って感じ?」

 エナを前に、積もり積もった思いを、これでもかと吐き捨てていく。
 そのおかげで、エナは全てを悟った。

「婚約破棄の次は、爵位剥奪……それに加えて、わたしの大切なものを全部まとめて欲しがるだなんて、随分とえげつない性格をしているのね」
「は? えげつない? くふっ、バカ言ってんじゃないわよ。ってか、あんたみたいなやつと比べたら、むしろ優しすぎるっての。だってあんた、本当は一生牢屋生活するはずだったのに、国外追放で許してやったんだからさ。あのおっさんにも感謝しなさいよ~? あんたの代わりに何もかも失って牢屋にぶち込まれたんだからさ~」

 言われて、顔が浮かぶ。
 男手一つで育ててくれた父のために、今の自分にできることは何かあるだろうか。

 もちろん、ある。
 それはすぐに定まった。

「何もかも失ったわけだけど~、今どんな気持ち? ねえ、今どんな気持ち~? ああそうだ、今あたしの靴を舐めたら、ちょっとぐらい施しを与えてあげてもいいんだけどなあ~」
「構わないわ」

 その返事に、リックが驚き、カルデは嬉しそうに笑う。
 だが、それは別の意味だ。

 エナはカルデと目を合わせ、強い口調で言い放つ。

「カルデ・リスタ伯爵令嬢。貴女に奪われたもの、その全てを金の力で取り戻してみせるから」
「……? 金の力? ……は? バカ? バカなの? あんたさ、今日から一文無しなのよ? それで金の力って? ぷっ、頭おかしいんじゃないの? どうやってお金を調達するつもりよ? みすぼらしい体でも売るつもり?」
「貴女のおつむでは思いつかない方法よ」
「――ッ!! あんたあたしを侮辱して、ただで済むと思って――ひっ!?」

 怒りに身を任せたカルデが、エナの腕を強引に掴む。
 だが、その手は何故か空を掴んでおり、カルデは勢い余ってその場に転んでしまう。

「痛った……ちょ、ちょっと! あたしに何したの! 今の何なのよ!!」
「それでは御機嫌よう」

 説明する義務はない。
 カルデに一泡吹かせたエナはそれだけ言い残し、二人の間を通って屋敷の外に出る。

 手荷物は持たずに、着の身着のままで。
 エナは長年住んだローリア家に別れを告げ、歩みを進めるのだった。
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