上 下
2 / 22

【2】厄日続き

しおりを挟む
「というわけで、リックとは婚約破棄したから。こんな日に、わたしの独断で決めちゃってごめんなさい」
「あの野郎ッ、今すぐぶっ殺してやる!!」

 翌朝、結婚式当日に食卓を囲みつつ、エナは事の顛末を全て話した。
 と同時に、エナの父――ロド・ローリアが席を立ち上がり、物騒な台詞を口にする。

「お父様、落ち着いてちょうだい」
「無理だ! ワシの可愛い娘に恥を掻かせたんだぞ!? これが落ち着いてなどいられるか!!」

 部屋を出て行こうとするロドの腕を掴み、エナが続ける。

「安心して、わたしは別に恥を掻いたとか全く思っていないから。むしろ、リックのことを可哀そうって思ってしまったのよね」
「は? 可哀そう? あのクズが? いったいどこが可哀そうだと言うんだ!?」

 憤怒の形相で問い質すロドと目を合わせると、エナは大真面目な表情で告げる。

「だって、このわたしと別れることになったのよ? 可哀そうにもほどがあるでしょう?」
「っ」

 言われて、ロドは眉を潜める。
 冗談や負け惜しみで言っているわけではない。エナは自分が思ったことを口にしただけだ。その言葉には全く揺らぎが見当たらない。

「……ん、まあ……そう、そうだな。確かにエナの言う通りだ」

 怒りの矛先を収めたくはないが、エナがそう言うのであれば仕方あるまい。
 ロドは深いため息を吐いたあと、席に着き直した。

「しかし、あのゴミクズ一家め……爵位が一つ上がったからといって、何かと鼻につくようにはなっていたが……クソッ、貴族としての振る舞いを一から仕込んでやりたいものだ」

 鼻息荒く言い捨てるロド自身、物騒な発言をしているが、エナは指摘せずに朝食を口にする。そして内心うんざりしていた。

 今日は忙しくなる。
 招待客や関係者各位に対し、リックとは破談になったことを伝えなければならない。
 一人一人に説明し、謝罪することになるだろう。
 それがどれほど面倒なことかと、エナは嘆いているのだ。

 ただ、それを回避するために、あの場でリックにすがるような人間ではない。
 エナには男爵令嬢としてのプライドがあり、見っともない姿を晒すつもりは毛頭なかった。

 結果として、よからぬ噂が立ち、ロドの心労が重なるであろうことは申し訳なく思うが、この件に関しては絶対に譲ることはできなかった。

 ぐるぐると思考を巡らせながらも口を動かし、食事を済ませたエナは、席を立つ。
 と、そんなときだった。

 ――ドンドンッ!

 屋敷の扉を叩く音が聞こえる。
 そして声が響いた。

「ロド・ローリア男爵! 並びにエナ・ローリア男爵令嬢! 以下二名、カルデ・リスタ伯爵令嬢に対する背信行為により、捕縛命令が出ている!」

 ――カルデ・リスタ伯爵令嬢。
 王国民の中で、その名を知らない者はいない。

「我々、カルデ・リスタ伯爵令嬢親衛隊は、武力行使を許可されている! 故に、素直に従わない場合は――……」
「ふふ、昨日に続いて今日も厄日ね」

 耳に響く雑音を無視し、再び席に着く。
 目を丸くするロドを見ながら、エナは肩を竦めて苦笑するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

学院内でいきなり婚約破棄されました

マルローネ
恋愛
王立貴族学院に通っていた伯爵令嬢のメアリは婚約者であり侯爵令息、さらに生徒会長のオルスタに婚約破棄を言い渡されてしまう。しかも学院内のクラスの中で……。 慰謝料も支払わず、さらに共同で事業を行っていたのだがその利益も不当に奪われる結果に。 メアリは婚約破棄はともかく、それ以外のことには納得行かず幼馴染の伯爵令息レヴィンと共に反論することに。 急速に二人の仲も進展していくが……?

私が王女だと婚約者は知らない ~平民の子供だと勘違いして妹を選んでももう遅い。私は公爵様に溺愛されます~

上下左右
恋愛
 クレアの婚約者であるルインは、彼女の妹と不自然なほどに仲が良かった。  疑いを持ったクレアが彼の部屋を訪れると、二人の逢瀬の現場を目撃する。だが彼は「平民の血を引く貴様のことが嫌いだった!」と居直った上に、婚約の破棄を宣言する。  絶望するクレアに、救いの手を差し伸べたのは、ギルフォード公爵だった。彼はクレアを溺愛しており、不義理を働いたルインを許せないと報復を誓う。  一方のルインは、後に彼女が王族だと知る。妹を捨ててでも、なんとか復縁しようと縋るが、後悔してももう遅い。クレアはその要求を冷たく跳ねのけるのだった。  本物語は平民の子だと誤解されて婚約破棄された令嬢が、公爵に溺愛され、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である

爵位が剥奪されたので、婚約破棄を受け入れます

広畝 K
恋愛
貴族の条件。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

処理中です...