孤児の俺と魔術学院生活~人生逆転計画~

神堂皐月

文字の大きさ
上 下
36 / 44
新人戦編 ―後編―

第35話 お疲れさま

しおりを挟む
 アルヴィスはエリザベスの喉元、風穴の空いた辺りに手を翳す。



 精神を落ち着けるために短く深呼吸をするが、その手は軽く震えていた。



 自分の魔法師としての力量で彼女の生死がかかっているのだ、緊張するなと言う方が無理な話だ。



 横たわるエリザベスの全身に魔力をゆっくりと放出する。



 青白い魔力に包まれた彼女の身体は、まるで自らが光源として発光しているようにも見えるがそうではない。ただ単純に魔力に照らされているだけだ。



 魔力を単純に流し込むだけでは、なにも回復していく気配が無かった。



 アルヴィスは軽く落ち込むが、こんなことで諦めるわけにはいかない。頭を振り、気を取り直し魔力を流し続ける。



 そして、どうやって自分の怪我が治っていたのかを考えた。



(俺の怪我は、腹にも脚にも傷痕が一切なく治っていた。シスターの治癒魔法とは治り方がちょっとちげェ。あの魔法は治っても痕が残ったしな。ってことは俺は治癒したわけじゃないのか……? そもそも俺は回復系の魔法なんて使えないしな。俺が出来ることと言えば、速度を上げることくらいだ――)



 孤児院で世話をしてくれていたシスターの得意とする回復魔法を思い出すが、これといって参考になるような方法は思い付かなかった。



 アルヴィスは自分の回復が治癒ではないと推測すると、今度は自身の魔法について考え直し、ある可能性を思い付く。



(俺の〈時の迷宮〉は触れた物を寿命まで加速させ、死に至らしめる魔法だ。――ちょっと待て、俺はずっと身体加速系統魔法だと思ってたが、もしかして違うんじゃないのか? なんで俺以外の速度も上げられる時点で気づかなかったんだ……。俺の魔法は、もしかして……)



「――時間、そのものなんじゃないのか?」



(もし、時間を操っていたのなら辻褄が合う。俺という存在そのものの時間を速め、周りと違う時の中で動けるなら、それが結果的に速く動けているのもわかる。他人には俺が速く動いている様にしか見えないしな、加速魔法と間違ってもおかしくねェ。……ちょっと待て!)



「それって、寿命を削ってないか!? いや、寿命は変わらないのか。俺が寿命に向かってすげェ速さで近づいていってる感じか。こえーな。つまりあれか? 25重魔法なら、25倍の速さで年取ってるってことだろ?」



 アルヴィスは自分の魔法の正体に気付き、苦笑いしていた。



 だがアルヴィスの真の魔法は時間魔法ではない。それに気付くには今の情報量だけでは不十分だ。それでもエリザベスを助けるのには、これで十分だった。



 アルヴィスは流している魔力の質を変えるため、時間という概念のイメージを色濃く、より鮮明に、そして単純に考えてみた。



 難しく考えすぎるよりも、今は単純で分かりやすいほうがいい。



 息を吐き出しながら集中力を高め、少しのミスも許されない繊細な作業の様に、徐々にその質を変えていく。



「戻れ……戻るんだ……エリザが無事だった時まで……時よ、巻き戻れェええぇぇっ!」



 アルヴィスがより一層多くの魔力を放ちイメージを込めると、エリザベスを包み込む色が変わる。青白い色から青味が消えていき、白色となると光の強さが高まった。



 刹那――エリザベスの風穴となっている喉の内部の肉が、血管が、食道が、あらゆる人体を形成するために必要なものが穴を塞いでいく。



 それは本当に、治療というものとはまったく違った。



 流れ失ったはずの血液すら、アルヴィスの魔法はもとに戻す。



 数瞬で喉の穴が塞がると、吹き返したエリザベスの息遣いが微かに聞こえる。



「――エリザッ。よかった、息をしてる……。あとは目を覚ませば……。エリザ、エリザッ! 頼むっ、目を開けてくれ……!」



 喉が治った今もまだ、眠るように目を開けないエリザベスを彼は優しく揺さぶり名前を呼ぶ。



 何度か名前を呼んでいると、その長いまつげがふるふると震え、ゆっくりと開かれていく。



「……んぅ……んーっ……。――……あれっ……そんな顔してどうしたの、アルくん……?」



 エリザベスが目を開くと、自分の顔の近くに今にも泣き出しそうなくしゃくしゃな顔をしたアルヴィスの顔があった。



 寝起きのように思考がうまく働かないのか、そのこと自体にはあまり驚いてはいないようだ。



「――エリザッ!!」



「キャっ!? ――ど、どうしたの? さっきから君、ずっと泣きそうな顔してる」



 目を覚まし、自分の名を呼ぶ彼女の声を聞いたアルヴィスは堪らなくなり彼女に抱き付いてしまう。



 エリザベスは驚き声を上げるが、それも一瞬で、自分の顔のすぐ横にある彼の頭に手を触れる。



「え、エリザッ、覚えてないのか!?」



「なにを?」



「フレデリックの部下に、エリザは、その……首を……」



「……うん、ごめんね? 君が来てあの人たちと戦ってたところまでは覚えているんだけど、そのあとは記憶が曖昧なの。思い出そうとしても、まだぼぉーとしてて。……でも、きっと私、何かあったんだよね……? 君がそんな顔してるの、初めてみたもの」



「……うん」



「でも、もう大丈夫なんだよね」



「……うん」



「いっぱい、がんばったんだよね」



「……うん」



「私を、助けてくれたんだよね」



「……うん」



「ありがとう――お疲れさま、アルくん」



「……うん……うんっ……」



 エリザベスの腕の中で鼻水を啜りながら泣くアルヴィスを、彼女は優しく頭を撫でていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~

カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。 気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。 だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう―― ――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

チートを極めた空間魔術師 ~空間魔法でチートライフ~

てばくん
ファンタジー
ひょんなことから神様の部屋へと呼び出された新海 勇人(しんかい はやと)。 そこで空間魔法のロマンに惹かれて雑魚職の空間魔術師となる。 転生間際に盗んだ神の本と、神からの経験値チートで魔力オバケになる。 そんな冴えない主人公のお話。 -お気に入り登録、感想お願いします!!全てモチベーションになります-

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった

凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】  竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。  竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。  だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。 ──ある日、スオウに番が現れるまでは。 全8話。 ※他サイトで同時公開しています。 ※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...