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公爵令嬢はそれを見過ごさない
すべてはお針子から
しおりを挟む「どういう意味だ、それではまるで私が」
アンダーソンはこちらへ歩きかかるが、マクシミリアンがその腕を掴んだ。
「アンダーソン子爵…貴方は自分こそが、このリリープレイズの相続人だと知っていたのに、アリス夫人を騙した。そして、アリス夫人が、いずれは領地と称号を返納するつもりだということも、聞いていましたね?」
マクシミリアンの腕から逃れようと、アンダーソンは激しく抵抗した。
「何を根拠にそんな出鱈目を」
「銀の灰皿の、黄変よ」
なに、とアンダーソンの唇が動く前に、私はさらに話しをつづけた。
「ええ、あれはたしかに毒薬なんかではなく、紙の焼け焦げよ。それは間違いないと警護官が確認してるわ」
ジークフリードはアンダーソンに警戒をむけながら、わたしのそばに寄り添うように座った。
「では、黄変がどうして手掛りだというんだい?」
「それは、あれが手紙を燃した跡だからです……お針子マリアンナのね」
ジークフリード達は口々にその名を口にした。どうやら思い出せないようだ
「下町でわたくしがアリーナとはぐれたとき、皆さんは何故わたくしがマクシミリアンと駆け落ちしたと勘違いしたのでしたか?」
ぎょっとしたようにジークフリードはマクシミリアンを見た。マクシミリアンと私には、何もないのに。
「たしかに、お針子マリアンナとビスタ男爵の令息の話を聞いていたからつい、わたくし達はお二人も駆け落ちするのでは、とおもったのよね」
アリーナがうなづいた。
そう、私たちがここへついてから5日目のあの嵐の晩、アリス夫人がなくなったのと時を同じくして、マリアンナはビスタ男爵令息とともに姿を消した。
「それがどう関係するというのかね、私はあの夜、ローベルサンド駅に居たのだよ。それは駅員も確認している」
アンダーソンは荒い息を吐き出して、マクシミリアンのうでから逃れようとまた身動ぎした。
「アンダーソン子爵、街に行った日に持っていらした、金の懐中時計を今もお持ちですか?」
白金に金の象嵌の意匠を凝らしてある名入りの懐中時計で、王様から賜ったと自慢気だったあれだ。
忘れたとはいわせない、と睨むとアンダーソンは服のあちこちをさぐり、目を見開いた。
「あの日、ローベルサンドの質店にあなたの名入りの懐中時計が持ち込まれました」
私がローベルサンドの質店から持ちかえってきた小箱をもちあげると、ジークフリードはそれ、と口をひらいた。
「申し訳ありませんジークフリードさま、わたくし嘘を申し上げました。これは誰かの贈り物ではありません、ただの箱でございます…大切な証拠を保管するための」
小箱にはいっていたのは、懐中時計と小さな紙。
「質入れした男の名は、ウィリアム・S・ビスタ」
「もうひとりのウィリアムか」
ぼそりとウィリアムが呟いた。酒場に出向いたさきで、喧嘩になった理由がたしかウィリアムと言う名の貴族に、バーテンダーの恋人が拐かされたとかだったはずだ。
「あの夜、ローベルサンドの駅にいたのは、あなたではなくマリアンナと落ち合うはずだったビスタ男爵子息ですわ。
マリアンナが周りに話していた、自分たちの後援者とはアンダーソン子爵、あなたですね」
アンダーソン子爵はビスタ青年に取り入り、自分の着ていた服を着せて、ローベルサンド発のアンダーソン名義で買った汽車のチケットを持たせたのだ。
「ローベルサンドの駅員は、朝あの真っ黒のレインコート姿の貴方が一等の王都行きの切符を買うところを見ていたからこそ、そのあとやって来たビスタさまをアンダーソン子爵と勘違いした…恐ろしいほど綿密な計画ですわ」
ローベルサンドからこのリリープレイズまでの間は、汽車が走っているが勿論馬でも、1時間ほどで移動できる。
朝、ローベルサンドでチケットを買ってビスタ青年に会い、服を入れ替えて、ビスタ青年が乗ってきた馬でリリープレイズに戻り、アリス夫人を殺害、ふたたび馬でローベルサンドへ戻り、嵐のために予定を変更したふうを装って宿屋に泊まり、翌日汽車でリリープレイズへ戻る。
「貴方ははじめから、王都行きには乗っていなかったのですわ」
「繋がりましたわね」
ローズがつぶやいた。そもそもローズの兄が社交界でビスタ青年の叶わぬ恋の話をきいたところから、この事件はもうはじまっていたのだ。
「でも、どうしてわたくしとローズだったのかしら」
キャリーは首をかしげた。キャリーとローズは貴族の令嬢だが、決まった婚約者もいてあまり目立った存在でもない。ただ、ことプロップテニスではちょっと有名だけれど。
「ええ。本当に呼びたかったのはハリエット、でしょう?」
アンダーソンはもはや獣のような顔で、こちらをみていた。マクシミリアンが少しでも力を弛めれば、とびかかってきそうだ。
「わざわざお針子とビスタ男爵の子息の話を、ローズのお兄様に話したのには理由があると私は考えましたの」
それで、と私はキャリーをみた。
「それで、取り急ぎ速達を出してクラレンス男爵子息に連絡をとりましたの」
キャリーは送られてきた婚約者からの書面を、私の座るベッドへ広げた。
「クラレンス男爵子息…キャリーの婚約者であるラウド様のお仕事をウィリアム殿下は何とおっしゃいましたかしら」
「……役人だろう」
実際には『他人の生き死にを日がな1日穴ぐらで書き付けるだけの、小役人』と前置きされていたので、アリーナに氷水をぶっかけられたのだけれど、流石にあの騒動をもう一度繰り返す気は無いらしい。
「ええ、そうですわ。正しくは王都の王候貴族の系譜を記録する録府の執務官ですわね?」
ウィリアムは鷹揚にうなづき、足を組み換えた。
「つまりキャリーとあの小役人…失礼、ラウド・クラレンスの恋文とは、クロンダイク伯爵家の系譜だったのか。そしてどこかにハリエットの名前があったわけだな」
「ご明察ですわ殿下。ハリエットはアリス夫人の亡夫、クロンダイク伯爵の3人いた叔母のうち、商家に嫁いだかたの孫娘でした」
ハリエット自身はあまり自分の話はしない。けどローズの家族が身元のはっきりしないものを乳母につけるはずもないのだから、単純にローズの叔母上かハリエット本人に聞く手段もあった。だけれど…
「そんな話はきいたことがございませんわ。私の父は平凡な商い人で、祖父母もそうだと…」
ハリエットは困ったようにこちらをみた。
「何かしらの理由で、貴族の繋累と知られたくなかったのでしょう…例えば、領地の相続を巡って命を狙われることがあったり、ね?」
アンダーソンはまるで魂を私に吸いとられるとでも言うような顔で、此方をみていた。
「あなたは万一アリス夫人がハリエットに財産の処分を託すと遺言をしていた場合に備えて、ハリエットをここへ呼び寄せた…リードを使って濡れ衣を着せ、犯人に仕立てるために」
ハリエットは何て恐ろしい、とふるえあがった。悪意にさらされていながら、今日まできづかなかったことは、ことさら恐怖をかきたてたのだろう。
アンダーソンが噛みつかんばかりに私を睨み、取り押さえられたままの腕で十字をきった。
「悪魔に魂をうったバケモノが!どこからみていた、何故知っている!」
「犯罪者とは常になにかしらの痕跡をのこすものなのですわ。わたくしはそれを辿ったに過ぎません」
きっぱりと言い切ると、アンダーソンだけでなく周りからおぉー、ともうわー、とも言えない声が漏れた。
「あなたとリードの犯した罪は、王都の裁判所が裁くでしょう。あなたがたには黙秘権…は、ないのよね、この国には。とにかく、真実をかたり、罪を償いなさい」
アリス夫人のようなか弱い女性を狙い、財産はおろか命まで奪った恐ろしい獣。
卑劣な輩を、わたしはけして許さないと、にらみつけた。
「この国の皇太子として命ずる。アンダーソンとリードを拘束し、王都の警護府へ引き渡すように」
ウィリアムがマクシミリアンに命令を下した。なるほど、やっぱりこの国では王族が逮捕権をもってるのね…
知ってはいたけど、それを見たのは前世の話。いまのわたしにはやはりショックだった。
「御意に従い、貴様を拘束する!」
マクシミリアンは素早くアンダーソンを曳きたおし、縄をかけた。
「何と言う恐ろしい女だ!他人の考えが読めるなどと!魔女め、燃え尽きろ!」
わたしが青くなって震えたのを、アンダーソンが唱えた呪詛のせいと思ったのかジークフリードがマクシミリアンを急かして部屋から犯人二人を出した。
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