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外伝 男爵令嬢はやり直したくはない

悪意と困惑

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訪問を打診してから、二週間ものあいだがあった。
もう何の返答もないままになるかと諦めたころ、その報せは意外な場所から届いた。

「レミに、手紙が届いている…子爵が私に渡してきたのだが…」
と、王城から戻った義父に渡された書面の差出人は、何故か[モンテッセリ洋裁店]となっていた。

「聞いたことのない洋裁店ですわね」
母親が首を傾げた。住所をみれば王都のはずれの田園地帯にあるようだ。
「ええ、と、お友達に勧められて。小物だけでも作っておこうかと思いましたの」
そう言うと、母親は興味をなくしたようで、手にもっていた詩集をまた開いた。

「レミ、お前、南領の子爵に知り合いがいるのか」
義父は妙に固い声をだした。レミはできるだけ無邪気なふうに
「わからないわ、夜会でお会いしたかたのお友達かしら」
と、微笑んだ。義父は、そうか、と頷いたあとはなにも言わなかったが、何か言いたげにレミをじっとみていた。




翌日、手紙に書かれていた王都のはずれの洋裁店へレミは男爵邸の侍従とともにむかった。
「お嬢様、このようなさびれた村の洋裁店に、いったい何があるんです?」
侍従の男は馬車からレミを下ろすために手を貸しながら尋ねた。
「貴方は店の前を見張っていてね、私はお友達と買い物があるの」

モンテッセリ洋裁店は、思ったより小さく、とても人がすんでいるようには見えなかった。レミは靴に泥がつかぬよう小道をそろりそろりと進んでいった。

「此方へどうぞ、お嬢様がお待ちでございます」
小さな木のドアがあき、そこからあきらかに高貴な家の侍女とおぼしきお仕着せの女が顔を出した。レミは眉をよせ、その声をきこえなかったふりをする。

侍女や侍従はあまり、いい生まれではない者も多くいるから、言葉が汚かったり態度が粗暴なときもあるが、普通そういった態度を貴族に見せることは少ない。

無駄に話す必要はなく、気に入らなければクビにするか罰を与えればいいと家庭教師に教わっていた。

『今となってはそれが一般的かどうかは疑わしいけれど』

扉の中へ入ると、ふわりと甘い紅茶が薫った。
「こんな遠方へ、お呼びだてしてごめんなさいね」
やわらかな、一見やさしげな声が響き、レミは暗がりへ目をむけた。そこに座っているのは、紛れもなくあの、レイノルズの悪魔のはずだ。

「レンブラントがいない場所で、邪魔の入らない場所を他に知らなくて」
そう言って、つれている侍女が注いだ紅茶を差し出した。
「この店のご主人に無理をいって、暫く留守にしていただきましたの…どうぞ、おかけになって」

どこか緊張した面持ちのアイリスに、レミもまた警戒しながら、席についた。
「ありがとうございます、こちらこそ無理を申しあげましたこと、お詫びしますわ」
レミはなるたけいつもの無邪気な笑みを浮かべるよう気を付けながら、アイリスを観察した。

限りなく銀にちかい、白金の髪に、燃えるような赤の瞳はレミが恐れた悪魔そのものだけれど、やはり何かがちがっている。

よくみれば、青くみえるほどだった白い肌は、象牙色に日に焼けており、いつもぺたりと背に垂らしていた髪は、美しく編み込まれてふんわりとリボンや花で飾られていた。いつも着ていた喪服のような紺のシンプルなワンピース姿ではなく、髪のリボンと同じ薄藍色の手の込んだドレスを着ている。

その姿は、レミの覚えのあるアイリスとは全く違った。

「じろじろと、不躾な」
側にいた侍女に注意されて、レミは頭をさげた。
「失礼しました、あの、レイノルズ公爵令嬢様」
レミの謝罪に、いいえと首をふり、それから
「トリス、しばらく2人にしてくださらないかしら?」
と侍女を下がらせようとする。
「お嬢さん、危険ですよ。この女は」
と侍女はまだ食い下がるが、アイリスは大丈夫だから、と奥の扉を指差した。
「……何かあればすぐ呼んでくださいよ」

渋々と侍女がさがり、アイリスは困ったわねと肩を竦めた。
「大切にされていらっしゃるんですね」
レミはつい、口に出していた。そこにはどこか羨むような響きが乗り、しまったと唇をかんだ。
「貴方に、それを言われる日がくるなんて、思わなかったわ。クララベルの大天使さま」
ぎゅっと睨むようにされて、レミはうつむいた。
「いいえ、私は、いつも独りですもの」

王妃になったあの時だって、レミ本人を心から大切におもった人間など、いただろうか?
『いいえ。私自身でさえ、まるで他人事だったんだもの』
誰かが助けてくれる、誰かが決めてくれる、そんな怠惰な心が、あの災禍をおこした。
『二度は繰り返さないわ』
レミはティーセットにカップを戻し、アイリスの瞳を覗き込んだ。

「そんなことより、手紙にかいたこと、承知していただけますか?」


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