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外伝 男爵令嬢はやり直したくはない

王妃レミの最期

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レイノルズの悪魔さえ、彼女さえ去れば、何もかも上手く行くのだと、誰もが思っていた。


燃え盛る王宮の炎に、レミは訳もわからず辺りを見回した。美しかった王都の姿は今は欠片もみえない。
「おとうさま!陛下!」
よろけるようにして、侍女の止めるのも振り切り、レミは王宮へ叫んだ。勿論、応えるものはいない。

ただ、流れる川の向こう側に、炎に焼かれた王宮の白い城壁が、ゆっくりと崩れ落ちるのが見えただけだ。

「どうしてこんな、こんなことに?」
何もかも上手く行っていると、皆言ったではないか。自分の実の父が男爵ではなく、本当は真の公爵であるレンブラント・レイノルズだと証し、そして、あの屋敷に巣くっていたレイノルズ翁と悪魔アイリスを処刑し、クロードと結ばれた。これで皆幸せになれる、そう思ったのに。

『君さえ幸せなら、それがこの国の全ての国民の幸せだ』
とクロードは言った。
『おまえこそ本当に王妃に相応しい』
と、父もいつも言ってくれた。幼いころから乳母や、沢山の侍女たちにレミこそ、この国の天使だと誉めそやされて育った。周りの友人たちも、王太子時代のクロードも、皆レミの境遇に同情して、助けてくれた。

「何が間違っていたの?」

必死に守ってきた王冠を見つめていると、おずおずとひとりの侍女が進み出てきた。
「王妃さま、申し訳ありませんが、我々は家族のもとへ帰らねばなりません」
レミはぎょっとした。こんな瓦礫の山に、ひとり取り残されてどうするというのか?

「我々には、地方に置いてきた夫や子供がおりますゆえ。残念ではございますが」
慇懃ではあるが、それはレミにこれ以上仕える気がない、という意思表示だった。

王宮はますます燃えあがり、レミは瓦礫の上にひとりしゃがみこんだ。もはや、彼女を守る者など誰も居なかったのだ。






ことの興りは、一部の南領に住み、王都に邸宅を持たない領主たちの蜂起だった。貧しい小さな土地しか持たない彼らは、貴族としての課税が重く、王都のはなやかな貴族や王族に不満があったのだ。

はじめは馬を飼い、田畑を耕す田舎貴族たちと王都の貴族は鼻で嗤って馬鹿にしていた。いかに弾薬を蓄えて居ようとも、組織として訓練された騎士たちから成る王立軍に到底敵うはずがないと。

しかし、二人の男の登場で戦況は一変した。

一人はレッド・オックスを名乗る犯罪者の男。彼らは農民や一部の貧困層をまとめて、貴族の屋敷や豪商の倉庫を襲撃し、やがて『解放戦線』を標榜して王室を倒すクーデターをはじめた。ゲリラ戦や夜襲が多く、南領に領地を持つ貴族や大商人たちは名前を聞くだけで震え上がった。

もう一人は、南領出身の騎士の末裔、ルーファス・オリバーだ。彼は烏合の衆であった南領の貴族達をまとめ『解放戦線』に抵抗する一方、レイノルズ公爵の北領を占拠した。

広大であり工業地帯や文教地区を持つ北領だが、レイノルズ翁が亡くなったあと、宰相となったレンブラント・レイノルズ公爵の高い税や、あまりにも厳しい徴兵制度に、耐えきれなくなったところに、ルーファスは救いの手を差しのべ、彼らは王立軍にも『解放戦線』にも従わぬと宣言し、北領を新たな首都とした議会制度をもつ民主国家を立国すると宣言した。


領地のほとんどを失い、食料や薬の調達さえままならなくなったころ、前国王が崩御した。

クロード王太子が国王となったものの、王立軍は敗走を繰り返し、もはや王室の未来もこれまでとわかったとき、
「レミ、おまえのせいだ」
レンブラント・レイノルズ宰相はレミを責めた。

「もっと国民に愛される王妃でなければ、ならなかったんだ!所詮、卑しい低級貴族の出身のおまえにできると思った私が間違っていた!」

レミはそんな父の姿を、初めて見た。憎しみに歪んだその顔に、レミは震え上がった。

高貴な身分でありながら、義父のもとで男爵令嬢として育たなければならなかった娘を、父は頻繁に気にかけてくれていた。

母はいつも、
「おとうさまは必ず悪魔を倒して、おまえを王妃にしてくださいますからね」
と、レミに言い聞かせた。実際、はじめて会ったにも関わらずクロードはレミにとても優しくしてくれたし、友人たちも大勢いた。レミの青春時代は、男爵令嬢の身分ではあったものの、光り輝いていた。


それがどうして、こんなことに。

レミは王冠をにぎりしめた。これはきっと、あのレイノルズの悪魔がこの国にかけた呪いに違いない。

やがて『解放戦線』か、北領軍がやってきて、レミはつかまり、父やクロードと同じように処刑されるのだろう。

レミは涙を流し、王冠をにぎしりめて祈った。


どうかこの国を導いてください。

この王冠にかけてこの国をお救いください。

本当に正しいものが、救われるように。


…………そこで、レミの意識は途切れた。



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