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終章
悪魔との決別
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主である公爵を襲った罪で、レイノルズ屋敷に巣くっていた悪魔たちはあっけないさいごをむかえた。
レンブラントにしたがった従僕たちは、犯罪を犯した平民がするように、田舎の労役へだされ、一生涯を小作農民としてくらすことになった。レンブラントに脅迫されていたことを鑑みてだが、トリスたちはちょっとどころでなく不服そうだった。
「お嬢さん、あいつらはずっとあんたを苛めて楽しんでた奴らですよ!それこそ首をはねてやればよかったんだ!」
リディアおばさまの住む南領へむかう馬車のなかで、ぶんぶんと両手を振り回して言う。
「そうねえ、でも、ルーファスとクロード様がそうなさると決めたわけだし」
わたしはトリスにわらいかけた。
「それに、レンブラントだって、生きてるじゃありませんか!」
トリスは頬をふくらませた。
そうなのだ。レンブラントとクララベル夫人は殺人と王家に対する謀叛を企てた罪を問われ、それぞれ別の外洋船に乗せられて労役を課されることになった。
「でもとても辛い仕事だときいたわよ?」
余程頑丈な男でも、3日で辞めて郷里へ帰るというほどの過酷な仕事だそうだ。
「ふん、レンブラントなんか甲板から氷の海に滑り落って、カニのエサになりゃいんだよ!」
どさっとクッションをおしりで踏み潰して、まだ納得していないトリスにため息をついた。
「まあ、蟹篭の下敷きにでもなって、なまぐさーくなってるでしょ、今頃」
そう言うと、やっと笑った。
「ほら、花嫁が悪態ばかりついてちゃダメよ?あなた、男爵夫人になるのだもの」
胸につけていたコサージュをトリスの髪にさしてあげる。
「あら、悪態なんてついておりませんよ?お嬢様を苦しめた罰にしては軽いと申し上げましたの」
コロリと態度をかえて、トリスがいたずらっぽくわらうから、私もわらってしまう。
トリスとオックスは、南領にあるクララベル男爵邸でひと月後に式をあげる。
本来なら半年は婚約期間が必要なのだけれど、レンブラントに騙され、妻に欺かれたと知った元のクララベル男爵が失意のあまり、男爵位を早く返上したいと願い出たために、クロード様が采配してくれたのだ。
領主になってから結婚するのと、領地のない貴族とでは結婚相手になる条件が違ってしまう。ならば早く、と。
「しあわせになってね、トリスタン」
私が笑いかけると、トリスは勿論ですとうなづいた。
「けど、なあんであんな簡単にレンブラントはお縄になったので?」
あの日の仕掛けはこうだ。
「皇太子殿下、お話がございます」
私たちが急ぎ発とうとした矢先、出入口までついてきたラングがクロード様を呼び止めた。
「殿下とお嬢様であれば、もしやこの家の呪いを解けるやもしれません」
そう言うと、ついてきてほしい、と扉を抜けて私たちの馬車の脇を通り抜け、奥にあった小型の馬車の前へ案内した。既に黒くて強そうな馬が繋いである。
「これは、レンブラントが用意させた馬車でございます。屋敷のメイドに私の私信をもたせて走らすための…子爵様の馬車は車軸に細工がございます。山道は危険かと…どうかこちらを」
そう言うと、ラングは膝をついて頭をさげた。
「わたくしは若いころに御大に助けられました恩もわすれ、家族の命と引き換えに自分の矜持を棄てました。お嬢様にあわす顔もない愚かものでございます…ですが、どうか、御大のお言葉を違えぬよう、ご無事でレンブラントを討伐してくださりませ」
信じられるのかどうか、とクロード様が私とオックスを見た。…正直、絶対とは言い切れないところはある。でも、この場合信じる他なかった。
「行きましょう、殿下」
とオックスは頷き、馭者台へ乗り込んだ。
「クロード様、乗ってきた馬を貸して頂けますか?」
クロードさまは馬車のタラップに足をかけていたけれど、すぐにもどってきた。
「アイリス、どうして」
「おそらく罠はほかにもございます。クロード様の愛馬に乗り、クロード様の馬具をつけていれば、遠目にはクロード様と見間違うはず。その間に、クロード様と子爵様はレイノルズ邸へお急ぎください」
目論見はあたり、山岳地でわたしとクロード様の愛馬は、賊にかこまれた。
驚いた馬が立ち上がったために転がり落ちたところを、賊は取り囲む
「何です!私を誰と思っての所業ですか!」
ここはまだ北領…レイノルズ家の治める地域だ。
「あんたに恨みはねえがな、あんたの馬が見えたら痛めつけてやれと、ここの領主様から仰せつかってんのさ…女だなんて聞いてねえが、お陰で仕事が楽しくなった」
そういって男が私の髪をつかんだとき、小型の馬車が私たちのいる場所へちかづいてきた。話した手順どおりなら、通りすぎるはずだ。
「アイリス!」
しかし馭者台のオックスが叫び、わたしのすぐそばにいた賊へ鞭をふりおろした。
「乗りなさい!」
少し行き過ぎたところで、扉をあけてクロード様が言う。賊が怯んでいる間に、私は
馬車へ飛び乗った。幸い、賊は追って来なかったので、私たちはそのままレイノルズ邸へむかったのだ。
数時間、夜中じゅう馬車を走りに走らせたわたしたちがレイノルズ邸にちかづくと、
「尖塔に人影がみえる!」
馭者台から、オックスがさけんだ。
「オックス、このままではレンブラントに見つかって警戒されます!川べりへ馬車をつけて!」
私たちは、あの舟小屋から屋敷へ侵入し、懐かしい衣装部屋のメイドたちの手を借りて、あの場所へと急いだのだった。
「ごめんなさいね、トリス。また叱られるような危ない真似をしてしまったわ」
ひとしきり話し終えると、わたしは首を竦めた。
「結果がよかったから、まあ良しとしますが…次は私もお手伝いさせてくださいましね」
トリスがそう言ったとき、馬車はリディアおばさまの屋敷へと到着したのだった。
「いやね、レンブラントがいないのだからそうそう危ない目にばかり、遇うはずはないわよ!」
わたしが言うと、どうだか、とトリスがため息をついた。
「お嬢様のそれは、性分でございますからね」
「やり直し令嬢の備忘録」 完結
レンブラントにしたがった従僕たちは、犯罪を犯した平民がするように、田舎の労役へだされ、一生涯を小作農民としてくらすことになった。レンブラントに脅迫されていたことを鑑みてだが、トリスたちはちょっとどころでなく不服そうだった。
「お嬢さん、あいつらはずっとあんたを苛めて楽しんでた奴らですよ!それこそ首をはねてやればよかったんだ!」
リディアおばさまの住む南領へむかう馬車のなかで、ぶんぶんと両手を振り回して言う。
「そうねえ、でも、ルーファスとクロード様がそうなさると決めたわけだし」
わたしはトリスにわらいかけた。
「それに、レンブラントだって、生きてるじゃありませんか!」
トリスは頬をふくらませた。
そうなのだ。レンブラントとクララベル夫人は殺人と王家に対する謀叛を企てた罪を問われ、それぞれ別の外洋船に乗せられて労役を課されることになった。
「でもとても辛い仕事だときいたわよ?」
余程頑丈な男でも、3日で辞めて郷里へ帰るというほどの過酷な仕事だそうだ。
「ふん、レンブラントなんか甲板から氷の海に滑り落って、カニのエサになりゃいんだよ!」
どさっとクッションをおしりで踏み潰して、まだ納得していないトリスにため息をついた。
「まあ、蟹篭の下敷きにでもなって、なまぐさーくなってるでしょ、今頃」
そう言うと、やっと笑った。
「ほら、花嫁が悪態ばかりついてちゃダメよ?あなた、男爵夫人になるのだもの」
胸につけていたコサージュをトリスの髪にさしてあげる。
「あら、悪態なんてついておりませんよ?お嬢様を苦しめた罰にしては軽いと申し上げましたの」
コロリと態度をかえて、トリスがいたずらっぽくわらうから、私もわらってしまう。
トリスとオックスは、南領にあるクララベル男爵邸でひと月後に式をあげる。
本来なら半年は婚約期間が必要なのだけれど、レンブラントに騙され、妻に欺かれたと知った元のクララベル男爵が失意のあまり、男爵位を早く返上したいと願い出たために、クロード様が采配してくれたのだ。
領主になってから結婚するのと、領地のない貴族とでは結婚相手になる条件が違ってしまう。ならば早く、と。
「しあわせになってね、トリスタン」
私が笑いかけると、トリスは勿論ですとうなづいた。
「けど、なあんであんな簡単にレンブラントはお縄になったので?」
あの日の仕掛けはこうだ。
「皇太子殿下、お話がございます」
私たちが急ぎ発とうとした矢先、出入口までついてきたラングがクロード様を呼び止めた。
「殿下とお嬢様であれば、もしやこの家の呪いを解けるやもしれません」
そう言うと、ついてきてほしい、と扉を抜けて私たちの馬車の脇を通り抜け、奥にあった小型の馬車の前へ案内した。既に黒くて強そうな馬が繋いである。
「これは、レンブラントが用意させた馬車でございます。屋敷のメイドに私の私信をもたせて走らすための…子爵様の馬車は車軸に細工がございます。山道は危険かと…どうかこちらを」
そう言うと、ラングは膝をついて頭をさげた。
「わたくしは若いころに御大に助けられました恩もわすれ、家族の命と引き換えに自分の矜持を棄てました。お嬢様にあわす顔もない愚かものでございます…ですが、どうか、御大のお言葉を違えぬよう、ご無事でレンブラントを討伐してくださりませ」
信じられるのかどうか、とクロード様が私とオックスを見た。…正直、絶対とは言い切れないところはある。でも、この場合信じる他なかった。
「行きましょう、殿下」
とオックスは頷き、馭者台へ乗り込んだ。
「クロード様、乗ってきた馬を貸して頂けますか?」
クロードさまは馬車のタラップに足をかけていたけれど、すぐにもどってきた。
「アイリス、どうして」
「おそらく罠はほかにもございます。クロード様の愛馬に乗り、クロード様の馬具をつけていれば、遠目にはクロード様と見間違うはず。その間に、クロード様と子爵様はレイノルズ邸へお急ぎください」
目論見はあたり、山岳地でわたしとクロード様の愛馬は、賊にかこまれた。
驚いた馬が立ち上がったために転がり落ちたところを、賊は取り囲む
「何です!私を誰と思っての所業ですか!」
ここはまだ北領…レイノルズ家の治める地域だ。
「あんたに恨みはねえがな、あんたの馬が見えたら痛めつけてやれと、ここの領主様から仰せつかってんのさ…女だなんて聞いてねえが、お陰で仕事が楽しくなった」
そういって男が私の髪をつかんだとき、小型の馬車が私たちのいる場所へちかづいてきた。話した手順どおりなら、通りすぎるはずだ。
「アイリス!」
しかし馭者台のオックスが叫び、わたしのすぐそばにいた賊へ鞭をふりおろした。
「乗りなさい!」
少し行き過ぎたところで、扉をあけてクロード様が言う。賊が怯んでいる間に、私は
馬車へ飛び乗った。幸い、賊は追って来なかったので、私たちはそのままレイノルズ邸へむかったのだ。
数時間、夜中じゅう馬車を走りに走らせたわたしたちがレイノルズ邸にちかづくと、
「尖塔に人影がみえる!」
馭者台から、オックスがさけんだ。
「オックス、このままではレンブラントに見つかって警戒されます!川べりへ馬車をつけて!」
私たちは、あの舟小屋から屋敷へ侵入し、懐かしい衣装部屋のメイドたちの手を借りて、あの場所へと急いだのだった。
「ごめんなさいね、トリス。また叱られるような危ない真似をしてしまったわ」
ひとしきり話し終えると、わたしは首を竦めた。
「結果がよかったから、まあ良しとしますが…次は私もお手伝いさせてくださいましね」
トリスがそう言ったとき、馬車はリディアおばさまの屋敷へと到着したのだった。
「いやね、レンブラントがいないのだからそうそう危ない目にばかり、遇うはずはないわよ!」
わたしが言うと、どうだか、とトリスがため息をついた。
「お嬢様のそれは、性分でございますからね」
「やり直し令嬢の備忘録」 完結
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