やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや

文字の大きさ
上 下
45 / 60
終章

断罪のとき

しおりを挟む
レンブラントは哄笑していた。
こんな刻限に、こんな場所でと見咎められたとしても、こんなにも気分の良い日はありえないというふうに。ようやく彼女と娘を迎えられる。両親の無念も、晴らすことができると考えたのだろうか。

レイノルズ屋敷の尖塔の先は、夏だというのに湿り気をおびた冷たい風がふいて、レンブラントの前髪をゆらしていた。
着ていたジャケットの襟をたてて、捕らえた二人の男を、にたりとみおろした。



「レンブラント、これはいわば反逆罪だ。こんな、恐ろしい計画を…私が許しておくわけがないだろう?」
両手をしばられ、柱へ括りつけられたローランドは、血のあじのする唾を吐きすてて言った。
先ほどから彼の仮の主はぐったりとして、返事もない。彼に殴る蹴るの暴行をくわえたのは、誰あろう彼…ルーファス公爵の忠実な僕であるべき、屋敷の使用人たちだった。

「反逆者か。私の父もあらぬ罪をきせられて、そう呼ばれたが……次にそう呼ばれるのは、お前たちだ」
そういって、屋敷の森のむこうをゆびさした。
「おろかな女だ。あの老いぼれを助けるために態々南領の夜盗くずれを頼ったばかりに!」

そういうと、またひとしきりレンブラントは嗤った。
「お若い皇太子は婚約者に裏切られ、身も心もずたずたでここへつくだろう。それもこれも、お前たちの仕組んだ策略のせいでな!」

「策略などと!俺が殿下に何をするというのだ!」
ローランドが怒鳴ると
「ふふ、その薄汚い偽物公爵は、皇太子の婚約者に傍惚れしたのさ。だが、男にだらしのないあの女に弄ばれて棄てられた。だから、お前たちは皇太子を北領からこの王都へ続く山岳地で、あのカネに汚い夜盗子爵の仲間に襲わせる計画をたてた。私はその皇太子殿下をお助けするのだよ。正統な、公爵家の後継者としてね!」

がつ、と音がして、ローランドの体が地面に引き倒された。レンブラントが靴底でローランドの頭を踏みつけたのだ。


「なるほど、君の計画はよくわかった。だが、その偽物だの女だのは何処にいるのかな」
まだよ、と私は合図をしたけれど、クロード様はそれ以上見ていられなかったのか、隠れていた塔の陰からとびだしていってしまった。
「これは皇太子殿下!お早いお着きで!」
レンブラントは驚き、後ずさってローランドから足を放した。


「殿下、逃げてください」
ローランドは呻くけれど、クロード様はかまわずレンブラントのほうへあるいていく。
「いいや?遅くなったよ。なにせ出立するまえに馬車が故障してね」
クロード様はレンブラントから目を離さずに腰に下げている剣をぬいた。
「ひッ……ば、馬車?馬車でお越しになったので?」
「ああ、子爵の馬車は壊れたので、使用人が乗ってゆく予定だった小型のものに乗り換えた。ラングが用意してくれてね。お陰でこうして間に合った」
ラング、あいつ…とレンブラントが歯噛みした。

「子爵、こちらへ来て縄をといてくれないか」
こちらへクロード様が話しかける隙に、レンブラントは駆け出した。着ていたコートを投げ捨て、塔の柵を乗り越えようとする。

オックスがそれより早く駆け寄り、レンブラントの足を引摺って引きたおし、馬乗りになって拳をうち下ろした。がつ、がつ、と重い音がして、わたしは恐ろしくなり、おもわず目をおおった。
「クララベル子爵、殺すな」
クロード様の声がして音はやみ、そっと覗くとオックスをローランドが取り押さえていた。

「恨む気持ちはわかるが、今ここで殺せば男爵家の死の真相は葬られてしまう」
クロード様はルーファスの縄をはずし、ぐったりとしているレンブラントにその縄をかけはじめた。
「これで大丈夫…アイリス、おいで。公爵を介抱してくれ」


そう言われて、わたしはルーファスの側へ駆け寄った。縄目のついた腕を持って体を横たえ、ルーファス、と声をかけた。
閉じられていた瞼から、鳶色の瞳がうっすらとみえて、
「アイリス?きみ、怪我をしてるの?」
ルーファスは自分がぼろぼろになっているのにそんな風に言って、心配そうに首をかしげた。

「落馬したのよ」
わたしが言うと、
「他所の馬は流星ほどおとなしくはないのだから、気をつけないと…」
と言って苦笑いした。その声は意外なほどしっかりしていて、ええ、ええそうね、とわたしは頷く。自然と涙がこぼれた。

「公爵、立てるか?」
話をきいていたクロード様がルーファスにちかづいてきて手をさしだした。
「悪いが、この家にすむ悪魔を残らず叩き出したい…国を滅ぼす悪魔をね。手伝ってくれたら感謝するよ」
「身に余る光栄です」
ルーファスが片ヒザをたてておきあがり、クロード様に笑いかけた。

「アイリスも行こう、レイノルズ邸の悪魔を倒す」
私は黙ってうなづいた。

夜明けにちかづき、尖塔から見える朝日がすべてを燃やしつくそうとするように、あかあかと輝いていた。












しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります

毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。 侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。 家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。 友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。 「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」 挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。 ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。 「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」 兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。 ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。 王都で聖女が起こした騒動も知らずに……

処理中です...