45 / 60
終章
断罪のとき
しおりを挟む
レンブラントは哄笑していた。
こんな刻限に、こんな場所でと見咎められたとしても、こんなにも気分の良い日はありえないというふうに。ようやく彼女と娘を迎えられる。両親の無念も、晴らすことができると考えたのだろうか。
レイノルズ屋敷の尖塔の先は、夏だというのに湿り気をおびた冷たい風がふいて、レンブラントの前髪をゆらしていた。
着ていたジャケットの襟をたてて、捕らえた二人の男を、にたりとみおろした。
「レンブラント、これはいわば反逆罪だ。こんな、恐ろしい計画を…私が許しておくわけがないだろう?」
両手をしばられ、柱へ括りつけられたローランドは、血のあじのする唾を吐きすてて言った。
先ほどから彼の仮の主はぐったりとして、返事もない。彼に殴る蹴るの暴行をくわえたのは、誰あろう彼…ルーファス公爵の忠実な僕であるべき、屋敷の使用人たちだった。
「反逆者か。私の父もあらぬ罪をきせられて、そう呼ばれたが……次にそう呼ばれるのは、お前たちだ」
そういって、屋敷の森のむこうをゆびさした。
「おろかな女だ。あの老いぼれを助けるために態々南領の夜盗くずれを頼ったばかりに!」
そういうと、またひとしきりレンブラントは嗤った。
「お若い皇太子は婚約者に裏切られ、身も心もずたずたでここへつくだろう。それもこれも、お前たちの仕組んだ策略のせいでな!」
「策略などと!俺が殿下に何をするというのだ!」
ローランドが怒鳴ると
「ふふ、その薄汚い偽物公爵は、皇太子の婚約者に傍惚れしたのさ。だが、男にだらしのないあの女に弄ばれて棄てられた。だから、お前たちは皇太子を北領からこの王都へ続く山岳地で、あのカネに汚い夜盗子爵の仲間に襲わせる計画をたてた。私はその皇太子殿下をお助けするのだよ。正統な、公爵家の後継者としてね!」
がつ、と音がして、ローランドの体が地面に引き倒された。レンブラントが靴底でローランドの頭を踏みつけたのだ。
「なるほど、君の計画はよくわかった。だが、その偽物だの女だのは何処にいるのかな」
まだよ、と私は合図をしたけれど、クロード様はそれ以上見ていられなかったのか、隠れていた塔の陰からとびだしていってしまった。
「これは皇太子殿下!お早いお着きで!」
レンブラントは驚き、後ずさってローランドから足を放した。
「殿下、逃げてください」
ローランドは呻くけれど、クロード様はかまわずレンブラントのほうへあるいていく。
「いいや?遅くなったよ。なにせ出立するまえに馬車が故障してね」
クロード様はレンブラントから目を離さずに腰に下げている剣をぬいた。
「ひッ……ば、馬車?馬車でお越しになったので?」
「ああ、子爵の馬車は壊れたので、使用人が乗ってゆく予定だった小型のものに乗り換えた。ラングが用意してくれてね。お陰でこうして間に合った」
ラング、あいつ…とレンブラントが歯噛みした。
「子爵、こちらへ来て縄をといてくれないか」
こちらへクロード様が話しかける隙に、レンブラントは駆け出した。着ていたコートを投げ捨て、塔の柵を乗り越えようとする。
オックスがそれより早く駆け寄り、レンブラントの足を引摺って引きたおし、馬乗りになって拳をうち下ろした。がつ、がつ、と重い音がして、わたしは恐ろしくなり、おもわず目をおおった。
「クララベル子爵、殺すな」
クロード様の声がして音はやみ、そっと覗くとオックスをローランドが取り押さえていた。
「恨む気持ちはわかるが、今ここで殺せば男爵家の死の真相は葬られてしまう」
クロード様はルーファスの縄をはずし、ぐったりとしているレンブラントにその縄をかけはじめた。
「これで大丈夫…アイリス、おいで。公爵を介抱してくれ」
そう言われて、わたしはルーファスの側へ駆け寄った。縄目のついた腕を持って体を横たえ、ルーファス、と声をかけた。
閉じられていた瞼から、鳶色の瞳がうっすらとみえて、
「アイリス?きみ、怪我をしてるの?」
ルーファスは自分がぼろぼろになっているのにそんな風に言って、心配そうに首をかしげた。
「落馬したのよ」
わたしが言うと、
「他所の馬は流星ほどおとなしくはないのだから、気をつけないと…」
と言って苦笑いした。その声は意外なほどしっかりしていて、ええ、ええそうね、とわたしは頷く。自然と涙がこぼれた。
「公爵、立てるか?」
話をきいていたクロード様がルーファスにちかづいてきて手をさしだした。
「悪いが、この家にすむ悪魔を残らず叩き出したい…国を滅ぼす悪魔をね。手伝ってくれたら感謝するよ」
「身に余る光栄です」
ルーファスが片ヒザをたてておきあがり、クロード様に笑いかけた。
「アイリスも行こう、レイノルズ邸の悪魔を倒す」
私は黙ってうなづいた。
夜明けにちかづき、尖塔から見える朝日がすべてを燃やしつくそうとするように、あかあかと輝いていた。
こんな刻限に、こんな場所でと見咎められたとしても、こんなにも気分の良い日はありえないというふうに。ようやく彼女と娘を迎えられる。両親の無念も、晴らすことができると考えたのだろうか。
レイノルズ屋敷の尖塔の先は、夏だというのに湿り気をおびた冷たい風がふいて、レンブラントの前髪をゆらしていた。
着ていたジャケットの襟をたてて、捕らえた二人の男を、にたりとみおろした。
「レンブラント、これはいわば反逆罪だ。こんな、恐ろしい計画を…私が許しておくわけがないだろう?」
両手をしばられ、柱へ括りつけられたローランドは、血のあじのする唾を吐きすてて言った。
先ほどから彼の仮の主はぐったりとして、返事もない。彼に殴る蹴るの暴行をくわえたのは、誰あろう彼…ルーファス公爵の忠実な僕であるべき、屋敷の使用人たちだった。
「反逆者か。私の父もあらぬ罪をきせられて、そう呼ばれたが……次にそう呼ばれるのは、お前たちだ」
そういって、屋敷の森のむこうをゆびさした。
「おろかな女だ。あの老いぼれを助けるために態々南領の夜盗くずれを頼ったばかりに!」
そういうと、またひとしきりレンブラントは嗤った。
「お若い皇太子は婚約者に裏切られ、身も心もずたずたでここへつくだろう。それもこれも、お前たちの仕組んだ策略のせいでな!」
「策略などと!俺が殿下に何をするというのだ!」
ローランドが怒鳴ると
「ふふ、その薄汚い偽物公爵は、皇太子の婚約者に傍惚れしたのさ。だが、男にだらしのないあの女に弄ばれて棄てられた。だから、お前たちは皇太子を北領からこの王都へ続く山岳地で、あのカネに汚い夜盗子爵の仲間に襲わせる計画をたてた。私はその皇太子殿下をお助けするのだよ。正統な、公爵家の後継者としてね!」
がつ、と音がして、ローランドの体が地面に引き倒された。レンブラントが靴底でローランドの頭を踏みつけたのだ。
「なるほど、君の計画はよくわかった。だが、その偽物だの女だのは何処にいるのかな」
まだよ、と私は合図をしたけれど、クロード様はそれ以上見ていられなかったのか、隠れていた塔の陰からとびだしていってしまった。
「これは皇太子殿下!お早いお着きで!」
レンブラントは驚き、後ずさってローランドから足を放した。
「殿下、逃げてください」
ローランドは呻くけれど、クロード様はかまわずレンブラントのほうへあるいていく。
「いいや?遅くなったよ。なにせ出立するまえに馬車が故障してね」
クロード様はレンブラントから目を離さずに腰に下げている剣をぬいた。
「ひッ……ば、馬車?馬車でお越しになったので?」
「ああ、子爵の馬車は壊れたので、使用人が乗ってゆく予定だった小型のものに乗り換えた。ラングが用意してくれてね。お陰でこうして間に合った」
ラング、あいつ…とレンブラントが歯噛みした。
「子爵、こちらへ来て縄をといてくれないか」
こちらへクロード様が話しかける隙に、レンブラントは駆け出した。着ていたコートを投げ捨て、塔の柵を乗り越えようとする。
オックスがそれより早く駆け寄り、レンブラントの足を引摺って引きたおし、馬乗りになって拳をうち下ろした。がつ、がつ、と重い音がして、わたしは恐ろしくなり、おもわず目をおおった。
「クララベル子爵、殺すな」
クロード様の声がして音はやみ、そっと覗くとオックスをローランドが取り押さえていた。
「恨む気持ちはわかるが、今ここで殺せば男爵家の死の真相は葬られてしまう」
クロード様はルーファスの縄をはずし、ぐったりとしているレンブラントにその縄をかけはじめた。
「これで大丈夫…アイリス、おいで。公爵を介抱してくれ」
そう言われて、わたしはルーファスの側へ駆け寄った。縄目のついた腕を持って体を横たえ、ルーファス、と声をかけた。
閉じられていた瞼から、鳶色の瞳がうっすらとみえて、
「アイリス?きみ、怪我をしてるの?」
ルーファスは自分がぼろぼろになっているのにそんな風に言って、心配そうに首をかしげた。
「落馬したのよ」
わたしが言うと、
「他所の馬は流星ほどおとなしくはないのだから、気をつけないと…」
と言って苦笑いした。その声は意外なほどしっかりしていて、ええ、ええそうね、とわたしは頷く。自然と涙がこぼれた。
「公爵、立てるか?」
話をきいていたクロード様がルーファスにちかづいてきて手をさしだした。
「悪いが、この家にすむ悪魔を残らず叩き出したい…国を滅ぼす悪魔をね。手伝ってくれたら感謝するよ」
「身に余る光栄です」
ルーファスが片ヒザをたてておきあがり、クロード様に笑いかけた。
「アイリスも行こう、レイノルズ邸の悪魔を倒す」
私は黙ってうなづいた。
夜明けにちかづき、尖塔から見える朝日がすべてを燃やしつくそうとするように、あかあかと輝いていた。
2
お気に入りに追加
335
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は所詮悪役令嬢
白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」
魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。
リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。
愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。
悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
悪役令嬢の幸せは新月の晩に
シアノ
恋愛
前世に育児放棄の虐待を受けていた記憶を持つ公爵令嬢エレノア。
その名前も世界も、前世に読んだ古い少女漫画と酷似しており、エレノアの立ち位置はヒロインを虐める悪役令嬢のはずであった。
しかし実際には、今世でも彼女はいてもいなくても変わらない、と家族から空気のような扱いを受けている。
幸せを知らないから不幸であるとも気が付かないエレノアは、かつて助けた吸血鬼の少年ルカーシュと新月の晩に言葉を交わすことだけが彼女の生き甲斐であった。
しかしそんな穏やかな日々も長く続くはずもなく……。
吸血鬼×ドアマット系ヒロインの話です。
最後にはハッピーエンドの予定ですが、ヒロインが辛い描写が多いかと思われます。
ルカーシュは子供なのは最初だけですぐに成長します。
【完結】転生したら脳筋一家の令嬢でしたが、インテリ公爵令息と結ばれたので万事OKです。
櫻野くるみ
恋愛
ある日前世の記憶が戻ったら、この世界が乙女ゲームの舞台だと思い至った侯爵令嬢のルイーザ。
兄のテオドールが攻略対象になっていたことを思い出すと共に、大変なことに気付いてしまった。
ゲーム内でテオドールは「脳筋枠」キャラであり、家族もまとめて「脳筋一家」だったのである。
私も脳筋ってこと!?
それはイヤ!!
前世でリケジョだったルイーザが、脳筋令嬢からの脱却を目指し奮闘したら、推しの攻略対象のインテリ公爵令息と恋に落ちたお話です。
ゆるく軽いラブコメ目指しています。
最終話が長くなってしまいましたが、完結しました。
小説家になろう様でも投稿を始めました。少し修正したところがあります。
悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。
【完結】悪役令嬢の反撃の日々
アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる