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レイノルズ邸の悪魔
公爵令嬢、動く
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バルトが殺された、と聞いて、わたしは、立ちあがり、ルーファスのところへまわりこんだ。
「毒を?なぜ?バルトがなぜ殺されなくてはならなかったんです!」
私の声にうちひしがれたようにルーファスはさらに頭をかかえた。
「バルトに食べ物を分けていたんだ…」
貴族の家で飼われている犬が大抵そうされているように、バルトも家の主人の食事から、先に分けられたひとくちを毒見するよう躾られていた。
勿論、リディアおば様のところではリディアおば様の皿からわけていて、おじいさまがいた頃はおじいさまの、ルーファスひとりになった今はルーファスの皿から、分けていたことになる。
「料理人は…?」
ルーファスが命を狙われていることを、わたしは知っていた。だからローランドを残してもらったのだ。でもそれでも、不十分なのはわかっていた。
いずれこうなる、とわかっていたのに、何の手立ても打たなかった私のせいだ。
「死んだよ、バルトと同じ毒を飲んだそうだ」
口封じに殺されたのか、あるいは逃げられないとおもってのことなのか。とにかく、もう一刻の猶予もないということだけはたしかだった。
「ルーファス、わたし、北領に行かなければならないわ…おじいさまに会わなくては」
私がそう言うと、ルーファスは顔をあげた。
「駄目だ、危険だよ」
「どこにいたって、安全な場所なんて無いのよルーファス。彼をなんとかすべきだったの、もっと早くにね。そのせいでバルトが」
私は矢継ぎ早に言って、それからルーファスを見る。
「貴方は屋敷へ戻って。何も知らないふりをしていなくては駄目よ。もし、だれかに何か訊かれたら、私には会えなかったし、ローランドも王宮へ引き上げさせると言って」
そうして私はルーファスの腕をつかんだ。
「私が戻るまで生きていて。お願いよ」
ルーファスが、頷いた。もう行って、と私が言うと、ルーファスは立ちあがって膝を折り、深々と頭をさげた。もしかしたら、私たちのどちらかは、あるいは二人とも、明日は屍になるのかもしれない。
それでも、もうやるしかないとわかっていた。
「トリスタン、至急の用事です。クララベル子爵のところへ」
ルーファスが退出したあと、私はトリスを呼んだ。
オックスは忘れていても、私たちには共通の秘密がある。思い出してもらわなくてはならない。
「忘れてやしねえよ、お嬢ちゃん」
4日後、北領へ向かう馬車のなかで、口調だけは昔のままのオックスはため息混じりに首をふった。
重厚な濃灰の、ツイードのスーツを着て、姿かたちはまるで私の記憶にある残虐なレッド・イル・オックスのようでもある。
とはいえどこか漂う人の良さは失われていないので、悪の帝王、というよりは、なんとなく田舎の経営者という雰囲気ではあるけれど。
「三年もほったらかしにしたのはあんただろう。王宮に無事あがったから、もういいのかと思ってたよ…俺にも、仕事があるしな」
たしかにオックスの身なりは四年前までとは見違えるほどによくなっていた。
私が輸入し、北領ではじめた毛織物はかなりの収益をあげていた。オックスは最初の工場の経営者として、その全てを取り仕切り、私はその利益から土地や建物の所有者として何割かを受け取っている。
工場がうまく軌道にのったことで、王国じゅうで北領の毛織物が安くて質がよいと評判になり、商人や技術者があつまってきた。
ルーファスはそこに、レイノルズ公爵家の私財を投じてあらたな大掛かりな工業団地をつくった。
生産されるのは、勿論毛織物だ。
いまでは毛織物は北領全体の産業になりはじめている。ルーファスとオックスは、北領をおおきく様変わりさせたのだ。
「あの公爵は新しいことをやり過ぎてる。あちこちで恨まれているだろう。余程の証拠がなければ、ヤツは言い逃れできるぞ」
オックスに言われて、私は首をふった
「外でならそうでしょう。でも、ルーファスが狙われたのはレイノルズ邸内です」
私が爪を噛むと、オックスは眉根をよせた。
「あんたは何故、そんなことに首を突っ込むんだ。いつだって公爵邸のことになると、お嬢ちゃんはとんでもない真似をしてみせるが…危険すぎだ」
そういって襟元をゆるめ、なにか、意を決したように顔をあげ私を見た。
「公爵と結婚する気なのか?」
私はすこしのあいだ、何を言われたのか考えていた。思いもよらない質問に、虚をつかれただけではなくて、ルーファスと結婚する、という選択肢があることに、今のいま、はじめて気づいたからだった。
「ええ、あ、いいえ。よくわからないわ、だって、ルーファスは」
私にとってルーファスは、家令のバートに呼び出される従僕見習いで、幼い日の思い出の一部分、すれ違うひとたちのひとりにすぎなかった。
「アイリス、あんたは皇太子の婚約者だ。もし、今後もこうしてあのお若い公爵の世話をやきつづけるなら、俺だけじゃない、皆そう思うだろうよ」
そんな風に言われても、私はかぶりを振った。
「それでも!私はルーファスに死んでほしくないのです!理由なんてわかりません!でも、生きていて欲しいのです」
自分でもなぜなのか、うまく説明なんてできない。愛なのか、友情なのか、単にレイノルズ公爵家を残すための策略として必要だからか。
意味もなく涙がでて、私はそれを手近にあったクッションで隠した。
「わかったよ、あんたがそこまで言うんなら、俺も手伝う…そのかわり、なにがあっても後悔するなよ」
大丈夫、と私はかすれた声で、でもしっかりと返事をした。
「毒を?なぜ?バルトがなぜ殺されなくてはならなかったんです!」
私の声にうちひしがれたようにルーファスはさらに頭をかかえた。
「バルトに食べ物を分けていたんだ…」
貴族の家で飼われている犬が大抵そうされているように、バルトも家の主人の食事から、先に分けられたひとくちを毒見するよう躾られていた。
勿論、リディアおば様のところではリディアおば様の皿からわけていて、おじいさまがいた頃はおじいさまの、ルーファスひとりになった今はルーファスの皿から、分けていたことになる。
「料理人は…?」
ルーファスが命を狙われていることを、わたしは知っていた。だからローランドを残してもらったのだ。でもそれでも、不十分なのはわかっていた。
いずれこうなる、とわかっていたのに、何の手立ても打たなかった私のせいだ。
「死んだよ、バルトと同じ毒を飲んだそうだ」
口封じに殺されたのか、あるいは逃げられないとおもってのことなのか。とにかく、もう一刻の猶予もないということだけはたしかだった。
「ルーファス、わたし、北領に行かなければならないわ…おじいさまに会わなくては」
私がそう言うと、ルーファスは顔をあげた。
「駄目だ、危険だよ」
「どこにいたって、安全な場所なんて無いのよルーファス。彼をなんとかすべきだったの、もっと早くにね。そのせいでバルトが」
私は矢継ぎ早に言って、それからルーファスを見る。
「貴方は屋敷へ戻って。何も知らないふりをしていなくては駄目よ。もし、だれかに何か訊かれたら、私には会えなかったし、ローランドも王宮へ引き上げさせると言って」
そうして私はルーファスの腕をつかんだ。
「私が戻るまで生きていて。お願いよ」
ルーファスが、頷いた。もう行って、と私が言うと、ルーファスは立ちあがって膝を折り、深々と頭をさげた。もしかしたら、私たちのどちらかは、あるいは二人とも、明日は屍になるのかもしれない。
それでも、もうやるしかないとわかっていた。
「トリスタン、至急の用事です。クララベル子爵のところへ」
ルーファスが退出したあと、私はトリスを呼んだ。
オックスは忘れていても、私たちには共通の秘密がある。思い出してもらわなくてはならない。
「忘れてやしねえよ、お嬢ちゃん」
4日後、北領へ向かう馬車のなかで、口調だけは昔のままのオックスはため息混じりに首をふった。
重厚な濃灰の、ツイードのスーツを着て、姿かたちはまるで私の記憶にある残虐なレッド・イル・オックスのようでもある。
とはいえどこか漂う人の良さは失われていないので、悪の帝王、というよりは、なんとなく田舎の経営者という雰囲気ではあるけれど。
「三年もほったらかしにしたのはあんただろう。王宮に無事あがったから、もういいのかと思ってたよ…俺にも、仕事があるしな」
たしかにオックスの身なりは四年前までとは見違えるほどによくなっていた。
私が輸入し、北領ではじめた毛織物はかなりの収益をあげていた。オックスは最初の工場の経営者として、その全てを取り仕切り、私はその利益から土地や建物の所有者として何割かを受け取っている。
工場がうまく軌道にのったことで、王国じゅうで北領の毛織物が安くて質がよいと評判になり、商人や技術者があつまってきた。
ルーファスはそこに、レイノルズ公爵家の私財を投じてあらたな大掛かりな工業団地をつくった。
生産されるのは、勿論毛織物だ。
いまでは毛織物は北領全体の産業になりはじめている。ルーファスとオックスは、北領をおおきく様変わりさせたのだ。
「あの公爵は新しいことをやり過ぎてる。あちこちで恨まれているだろう。余程の証拠がなければ、ヤツは言い逃れできるぞ」
オックスに言われて、私は首をふった
「外でならそうでしょう。でも、ルーファスが狙われたのはレイノルズ邸内です」
私が爪を噛むと、オックスは眉根をよせた。
「あんたは何故、そんなことに首を突っ込むんだ。いつだって公爵邸のことになると、お嬢ちゃんはとんでもない真似をしてみせるが…危険すぎだ」
そういって襟元をゆるめ、なにか、意を決したように顔をあげ私を見た。
「公爵と結婚する気なのか?」
私はすこしのあいだ、何を言われたのか考えていた。思いもよらない質問に、虚をつかれただけではなくて、ルーファスと結婚する、という選択肢があることに、今のいま、はじめて気づいたからだった。
「ええ、あ、いいえ。よくわからないわ、だって、ルーファスは」
私にとってルーファスは、家令のバートに呼び出される従僕見習いで、幼い日の思い出の一部分、すれ違うひとたちのひとりにすぎなかった。
「アイリス、あんたは皇太子の婚約者だ。もし、今後もこうしてあのお若い公爵の世話をやきつづけるなら、俺だけじゃない、皆そう思うだろうよ」
そんな風に言われても、私はかぶりを振った。
「それでも!私はルーファスに死んでほしくないのです!理由なんてわかりません!でも、生きていて欲しいのです」
自分でもなぜなのか、うまく説明なんてできない。愛なのか、友情なのか、単にレイノルズ公爵家を残すための策略として必要だからか。
意味もなく涙がでて、私はそれを手近にあったクッションで隠した。
「わかったよ、あんたがそこまで言うんなら、俺も手伝う…そのかわり、なにがあっても後悔するなよ」
大丈夫、と私はかすれた声で、でもしっかりと返事をした。
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