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レイノルズの悪魔、真相を究明する
夕日の大広間
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ルーファスとローランドがレイノルズ邸に来てから、うちは随分と様子が変わった。
「アイリス、準備で困っていることはない?」
ルーファスがレモン水を私のグラスへつぎながら言った。
「いいえ?大丈夫よ」
私はその水をひとくち飲んでから、皿に盛られたサンドイッチを見る。美しく盛られているだけではなく、あきらかにルーファスたちのものと内容がちがう。
「これ、トマト?」
「嫌いだった?僕のはマトンのハムだけど、君は羊を食べないから」
やはり私のために作られたものなのね。
今までおじいさまと使用人にしか料理を出してなかった料理番は、仕事が倍増してイライラしてないだろうか。
ともかく、私の食事は格段に改善されたし、邸内もキレイになっていった。
「凄いわルーファス、何をしたの?」
「僕は何も特別なことはしていないよ」
ルーファスは首をかしげていた。
「それは、邸内をあのかたがうろうろ、うろうろしては、メイドでも侍女でも料理番でも声をかけて歩くからですよ」
トリスは冷ややかに言って、私の髪をすく手をとめて、ちらりと鏡ごしにトリスは私と目をあわせた。
「そんな、軟派な方なの?」
他の侍女たちに尋ねてみると、皆両手を振って否定した。
「仕事ぶりを誉めてくださるだけです、レンブラントさんがいらしたときは部屋に引きこもっていたメイドや従僕たちにも、仕事を割り振って下さいますし、従僕見習いの子達にも字や行儀をきちんと教える時間を作って下さったので、私たちも安心して屋敷の中を歩けるようになりました」
その言葉に、良家の娘ばかりの私の侍女が今までどれだけ苦労してきたかと思うと、申し訳なくなった。
「レンブラントはうろついてますが、もう従うものは居ないようですね」
トリスは首をふる。以前のトリスなら、
『新しいご主人がきたら手のひらを返したみたいにペコペコして!ムカつくやつらだよ!』
くらい言いそうなところだけれど、あの雨の日以来あまりトリスのそういうところは見せてくれなくなった。…思っていることには間違いないだろうけれど。
「そう。でも、あなた方も身の回りには気をつけて頂戴ね?よく思っていない者もいるかもしれないのだから」
「ご自分もご注意なさってください」
再びピシャッと言われた。トリス、気難しい独身女みたいよ。……実際独身女なんだけど、まえはもっと朗らかだったのに、と思うと気持ちはどうしても沈む。
「お嬢様、準備がととのいました」
今日、私は13歳になる。おじいさまはこの家で過ごす最後の誕生日にと、大がかりな夜会を開催することにした。
ここで、ルーファスは公爵家の後継者として公に紹介され、同時にわたしはクロード様の后がねとしてのはじめての仕事をすることになる。奇妙な緊張感に、思わず手を握りしめた。
「ルーファスとおじいさまはどうしたのかしら」
たずねると、トリスは私にストールを着せかけながらこたえた。
「ルーファス閣下はお支度をすませまして、大広間の準備を見にゆかれました。お館様はご自分のお部屋にいらっしゃいます」
大広間の様子をみておこうかしら、と私が立ち上がると、トリスたちもそれに従ってついてきた。
「冗談じゃない!だれがこんな配置を許したんだ!」
大広間の手前で、なにかが割れるような音がして、私は立ち止まった。
「お嬢様はこちらでお待ち下さい」
トリスが先にたって様子を見に行く。私は入り口から、なかを覗いた。
叫んでいたのはやはり、レンブラントだ。
他に二人ほどの従僕がそばに立っている。
「僕…わたしがお願いしました。こちらの公爵家の儀式典例を確認しましたが、席次に問題はないはず。公爵にも確認しています」
ルーファスがレンブラントに睨まれながらも落ちている花瓶の花を拾おうと屈んでいるのが見えた。その背を蹴ろうとしてレンブラントが足をあげたのを見て、私は息をのんだ。私のとなりでローランドが柄を鳴らして剣を握る音がきこえた。
しかし、その前に
「レンブラント、止めなさい」
私のとなりをぬけるようにして、おじいさまが大広間へ入っていった。
「何事だ」
おじいさまのあとについて、私も広間へはいってゆく。
トリスと私の侍女たちがさっと動いて花瓶を片付け始めたのを見て、他の使用人たちも、再び準備にうごきはじめたようだ。
「騒ぎ立てて申し訳ありません、席次に問題があったそうで」
ルーファスがとりなすように、レンブラントとおじいさまの間にはいった。
「問題?御大、これはあんまりなやり方ではございませんか」
レンブラントはおじいさまに、手にしていた書面を突きつけた。おじいさまの手元を覗くと、今日の席次がかかれていた
「なぜ、クララベル夫人と令嬢がこのような末席なのです!」
ルーファスは困りきった様子でおじいさまの方を見た。レンブラントが何を言いたいのか、私にもわからないし、もちろんルーファスにわかるはずもない。
「典例にのっとっておりますし、何の問題もないように見えるのですが」
私はおじいさまの顔をうかがい見た。
「ルーファス、悪いが、この席をクララベル夫人と令嬢へ変更してくれ」
おじいさまにいわれ、ルーファスは一瞬眉を寄せた。私にもそれが、何かおかしいということはすぐにわかった。
おじいさまが指し示した場所が、クロード少年や侯爵家のすわる席の、すぐ隣あわせだったからだ。
「レンブラント、これでいいだろう、部屋に戻りなさい」
おじいさまはそう言うと、踵を返してまた歩き始めた。
「流石、御大はお分かりになっていらっしゃる。道理のわからぬお若い方とは違いますな!…閣下!あまりに私を馬鹿にした態度をしていると、将来困るのは貴方だということを心して置くんですな!」
レンブラントの哄笑が、大広間へ響いた。
ルーファスはしばらく、そこに呆然と立っていたけれど、ふと我にかえったのか、慌てておじいさまを追うように広間から出て行く。私もそれをおいかけた。
広間の外は、いつの間にか夕暮れにあかくそまっていた。
「公爵、何故なんですか?」
ルーファスの声は、苛立ちを含んでいた。はじめての主宰なのだ、何週間も準備してきたはずなのだから、致し方ない。
「済まないが、今は説明をしている時間がない。それにどちらにせよ、春までの話。呑み込んではくれまいか」
おじいさまが疲れきったようにため息をついたのがきこえる。
「……幼いアイリスが、あなたやこの公爵家のためにどれ程心を砕いて尽くしてきても、貴方がこれでは埒があかないはずだ」
それはいつも朗らかなルーファスの、はじめて聞くような声だった。二人の顔は、夕焼けの強い光が影をつくっていて見えない。
「ルーファスさま、お館さま。侯爵さまがお越しです」
玄関から、侍従のひとりがいそいでやってきた。
「僕が出ましょう。公爵、生意気をいいました。ご無礼をお許しください」
ルーファスがそう言って頭をさげ、かけだしてゆく。その背中を、おじいさまはしばらく見守っていたようだけれど、やがて悪い足を引きずるようにして歩きだした。
「アイリス、準備で困っていることはない?」
ルーファスがレモン水を私のグラスへつぎながら言った。
「いいえ?大丈夫よ」
私はその水をひとくち飲んでから、皿に盛られたサンドイッチを見る。美しく盛られているだけではなく、あきらかにルーファスたちのものと内容がちがう。
「これ、トマト?」
「嫌いだった?僕のはマトンのハムだけど、君は羊を食べないから」
やはり私のために作られたものなのね。
今までおじいさまと使用人にしか料理を出してなかった料理番は、仕事が倍増してイライラしてないだろうか。
ともかく、私の食事は格段に改善されたし、邸内もキレイになっていった。
「凄いわルーファス、何をしたの?」
「僕は何も特別なことはしていないよ」
ルーファスは首をかしげていた。
「それは、邸内をあのかたがうろうろ、うろうろしては、メイドでも侍女でも料理番でも声をかけて歩くからですよ」
トリスは冷ややかに言って、私の髪をすく手をとめて、ちらりと鏡ごしにトリスは私と目をあわせた。
「そんな、軟派な方なの?」
他の侍女たちに尋ねてみると、皆両手を振って否定した。
「仕事ぶりを誉めてくださるだけです、レンブラントさんがいらしたときは部屋に引きこもっていたメイドや従僕たちにも、仕事を割り振って下さいますし、従僕見習いの子達にも字や行儀をきちんと教える時間を作って下さったので、私たちも安心して屋敷の中を歩けるようになりました」
その言葉に、良家の娘ばかりの私の侍女が今までどれだけ苦労してきたかと思うと、申し訳なくなった。
「レンブラントはうろついてますが、もう従うものは居ないようですね」
トリスは首をふる。以前のトリスなら、
『新しいご主人がきたら手のひらを返したみたいにペコペコして!ムカつくやつらだよ!』
くらい言いそうなところだけれど、あの雨の日以来あまりトリスのそういうところは見せてくれなくなった。…思っていることには間違いないだろうけれど。
「そう。でも、あなた方も身の回りには気をつけて頂戴ね?よく思っていない者もいるかもしれないのだから」
「ご自分もご注意なさってください」
再びピシャッと言われた。トリス、気難しい独身女みたいよ。……実際独身女なんだけど、まえはもっと朗らかだったのに、と思うと気持ちはどうしても沈む。
「お嬢様、準備がととのいました」
今日、私は13歳になる。おじいさまはこの家で過ごす最後の誕生日にと、大がかりな夜会を開催することにした。
ここで、ルーファスは公爵家の後継者として公に紹介され、同時にわたしはクロード様の后がねとしてのはじめての仕事をすることになる。奇妙な緊張感に、思わず手を握りしめた。
「ルーファスとおじいさまはどうしたのかしら」
たずねると、トリスは私にストールを着せかけながらこたえた。
「ルーファス閣下はお支度をすませまして、大広間の準備を見にゆかれました。お館様はご自分のお部屋にいらっしゃいます」
大広間の様子をみておこうかしら、と私が立ち上がると、トリスたちもそれに従ってついてきた。
「冗談じゃない!だれがこんな配置を許したんだ!」
大広間の手前で、なにかが割れるような音がして、私は立ち止まった。
「お嬢様はこちらでお待ち下さい」
トリスが先にたって様子を見に行く。私は入り口から、なかを覗いた。
叫んでいたのはやはり、レンブラントだ。
他に二人ほどの従僕がそばに立っている。
「僕…わたしがお願いしました。こちらの公爵家の儀式典例を確認しましたが、席次に問題はないはず。公爵にも確認しています」
ルーファスがレンブラントに睨まれながらも落ちている花瓶の花を拾おうと屈んでいるのが見えた。その背を蹴ろうとしてレンブラントが足をあげたのを見て、私は息をのんだ。私のとなりでローランドが柄を鳴らして剣を握る音がきこえた。
しかし、その前に
「レンブラント、止めなさい」
私のとなりをぬけるようにして、おじいさまが大広間へ入っていった。
「何事だ」
おじいさまのあとについて、私も広間へはいってゆく。
トリスと私の侍女たちがさっと動いて花瓶を片付け始めたのを見て、他の使用人たちも、再び準備にうごきはじめたようだ。
「騒ぎ立てて申し訳ありません、席次に問題があったそうで」
ルーファスがとりなすように、レンブラントとおじいさまの間にはいった。
「問題?御大、これはあんまりなやり方ではございませんか」
レンブラントはおじいさまに、手にしていた書面を突きつけた。おじいさまの手元を覗くと、今日の席次がかかれていた
「なぜ、クララベル夫人と令嬢がこのような末席なのです!」
ルーファスは困りきった様子でおじいさまの方を見た。レンブラントが何を言いたいのか、私にもわからないし、もちろんルーファスにわかるはずもない。
「典例にのっとっておりますし、何の問題もないように見えるのですが」
私はおじいさまの顔をうかがい見た。
「ルーファス、悪いが、この席をクララベル夫人と令嬢へ変更してくれ」
おじいさまにいわれ、ルーファスは一瞬眉を寄せた。私にもそれが、何かおかしいということはすぐにわかった。
おじいさまが指し示した場所が、クロード少年や侯爵家のすわる席の、すぐ隣あわせだったからだ。
「レンブラント、これでいいだろう、部屋に戻りなさい」
おじいさまはそう言うと、踵を返してまた歩き始めた。
「流石、御大はお分かりになっていらっしゃる。道理のわからぬお若い方とは違いますな!…閣下!あまりに私を馬鹿にした態度をしていると、将来困るのは貴方だということを心して置くんですな!」
レンブラントの哄笑が、大広間へ響いた。
ルーファスはしばらく、そこに呆然と立っていたけれど、ふと我にかえったのか、慌てておじいさまを追うように広間から出て行く。私もそれをおいかけた。
広間の外は、いつの間にか夕暮れにあかくそまっていた。
「公爵、何故なんですか?」
ルーファスの声は、苛立ちを含んでいた。はじめての主宰なのだ、何週間も準備してきたはずなのだから、致し方ない。
「済まないが、今は説明をしている時間がない。それにどちらにせよ、春までの話。呑み込んではくれまいか」
おじいさまが疲れきったようにため息をついたのがきこえる。
「……幼いアイリスが、あなたやこの公爵家のためにどれ程心を砕いて尽くしてきても、貴方がこれでは埒があかないはずだ」
それはいつも朗らかなルーファスの、はじめて聞くような声だった。二人の顔は、夕焼けの強い光が影をつくっていて見えない。
「ルーファスさま、お館さま。侯爵さまがお越しです」
玄関から、侍従のひとりがいそいでやってきた。
「僕が出ましょう。公爵、生意気をいいました。ご無礼をお許しください」
ルーファスがそう言って頭をさげ、かけだしてゆく。その背中を、おじいさまはしばらく見守っていたようだけれど、やがて悪い足を引きずるようにして歩きだした。
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