やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや

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レイノルズの悪魔、真相を究明する

公爵邸の騎士

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ルーファスはおじいさまが私たちに話をした、翌週にはこのレイノルズ邸にやって来た。
背丈こそ少し伸びてはいたけれど、リディアおば様のところで会った頃と全く変わっていなかった。
「あのとき、最後まで探すことができなくて、本当に申し訳ないと思っていたんです」
といいながら、以前より幾分か伸びた背丈をまるめて、わたしを見る。
「こちらこそごめんなさい、まさかそんなに遠くの学校にいらっしゃるなんておもってもみなくて。リディアおば様の所へゆけば、お会い出来るとばかり」
去年も一昨年も、流星に乗りにリディアおば様のところへ行ったけれど、ルーファスは居なかった。尋ねると、バートは先ほどのルーファスとそっくりに眉根を下げてみせたものだ。
「…打ち明けて話すと、あの年は父から、貴方が来るので必ず帰省するよう言われていたのです。レイノルズ公爵の跡をとる話は、既に聞いておりました。気を、悪くされますよね…」
だから親しくしたのだと思われても仕方ない、とルーファスはいうけれど、この先親戚として付き合う相手に良い印象をつけたいと思うことが、悪いなんて私は思えない。特にルーファスみたいな実直なひとならなおさら。
「いいえ?私、相続人がルーファスで良かったと思うわ。おじいさまのことも、安心して相談できるもの」
ひとりでこの家の先のことを思い悩む日々が終わる。そのことが、こんなに嬉しいとおもわなかった。自然に微笑みがでる。

「ひとつ、ルーファス様にお願いがあります」
薔薇の茂みのまえに立って、わたしはルーファスをふりかえった。
「なんでも、どうぞ」
あの夏の日とおなじように、忠実な従僕の表情でルーファスはうなづいてくれたけれど。
「春には貴方は、レイノルズ公爵になります。わたくしに気遣いは無用でお願いしたいの。そうでなくては私もあなたに相談事などできないわ」
え、と僅かに漏れた息づかいに、ルーファスの戸惑いがみえた。
「私のことは、アイリスとお呼びになって下さいますか?」
ルーファスはいっとき、黙って大きく目を見開き、口を半分開いて、閉じ、まばたきもせずに私をみていた。
初夏の風が、薔薇の花の香りを運んでざわざわと葉ずれの音をさせた。小さな蜜蜂が、足元のラベンダーから飛び立っていく。
「はじめて会ったとき、貴方はお屋敷の庭で、僕の名前を呼んでいたのを覚えていますか?」
ルーファスが、困ったような口調で話しはじめた。
「ああ、あのときはたいへんな失礼をしてしまって」
あの時のことを思い出すと、顔が赤くなるのをかんじる。
「あの犬も随分年をとりました。バルトをここに呼んでもかまわない、かな?……アイリス」
たどたどしい言い方ではあるけれど、親しみが込められたその声に、私は何度もうなづいた。
「もちろんよ」
ルーファスは微笑み、ありがとうと手を差し出した。わたしも手を握り、握手をかわした。



クロード少年に頼んだのは、ルーファスに護衛をつけたいというものだった。おもて向きは、私たち二人に、だけど。
ただ、やって来た人物があまりに想定外だったので、私の公爵邸での生活はかなり居心地悪いものになってしまった。

「彼はその、どうしていつも僕の部屋のそとに立ってるんだい?」
ルーファスも同様で、後ろをしきりに気にしているのは、その向こうに今も護衛がいるからだ。
「ローランドさまは真面目なの。クロード殿下が守れと言えば、必ず守ってくれるのよ」
その為に私は、よく様々な場所で閉め出されたり閉じ込められたり、最終的には幽閉されたりしたのだけど、それは今の彼とは関係ない。と、信じたい。
「なんていうか、息苦しいものなんだね」
肩を落とすルーファスに苦笑いして、ルーファスの部屋を出た。

「おや、またルーファス閣下の部屋に二人きりでおいででしたか、姫」
部屋を出たところで、レンブラントがぶらぶらと近づいてきた。
いつもはきちっと締められていた襟が開き、ウエストコートはひっかけただけでボタンも外れている。仄かに、酒の臭いがした。こんな風になったレンブラントを、わたしは見たことがなかった。
「勤務中に、飲酒ですか?」
私が袖で鼻を覆うと、
「勤務中?いいえ?新しい公爵閣下は私をお嫌いらしい。仕事なんてありませんよ。貴方から閣下にお取り次ぎ願いたいですな。お得意でしょう?若い男をたぶらかすのがお上手な姫様」
そう言って、私の肩を掴もうと手を伸ばしてきた。私は肩を外されたことを思いだして、体がすくんで動けなくなってしまった。
「不用意に妃殿下に触らぬように」
がちゃ、と音がしてローランドが剣の鞘を掴んで私とレンブラントの間に割り込ませた。
「妃殿下!妃殿下ときたか!」
レンブラントは仰け反って笑ったあと、ローランドをにらみつけて
「誰にそんな口をきいたか、わからせてやるからな」
と唸って立ち去った。



「ローランドさま、わたくしはまだ候補に過ぎませんから、妃殿下などと呼ばないで下さい」
私はローランドの前から立ち去ろうとしたけれど、ローランドはその後ろをついてくる。
「…ご令嬢、何故あの男はここに?」
ローランドは困惑したように尋ねた。
「祖父の従僕です。家令が居なくなってからは、家の使用人を束ねておりましたが、ここ最近使用人たちはルーファス様の指示で動いておりますので、レンブラントが仕事がないのは本当でしょう」
ローランドは立ち止まり、ふむ、となにか考えているように首をかしげている。
「自分はあの男を、王宮でみたことがあると思うのです」
ローランドの言葉に、私は思わず声をあげそうになったけれど、ここは屋敷のなかだ。かなり人数が減ったとはいえ、レンブラントに味方する使用人もいまだいる。
お腹に力をいれ、唇を笑みのかたちに無理やりひきあげた。
「祖父の使いではないですか?」
「いえ、どなたかご婦人を伴っていたと覚えておりますが…申し訳ない、もう何年も前ですので」
王宮で、女性を伴っていたということは、レンブラントは貴族なんだろうか。
下級貴族でも男性は、別の貴族の家で使用人として働くことは、かなり珍しい。行儀見習いの令嬢とは違うのだ。
家督を継がない貴族の子弟は、王宮の執務官に働きに出るか、どこかの貴族に養子や婿入りして、その家を継ぐことが多い。
オックスのように、継げる爵位はあったりなかったりで、実家から与えられた家で農家や商家として暮らすものもいる。
なかには、別の国で平民として暮らすものも…そこで私は、ふとある考えにとらわれてしまった。
「ローランド、ルーファス様をお願いするわ。わたくしは至急、トリスタンと出かけます」
今、私が思い付いたことが本当なら、もしかしたらレンブラントは、とんでもない危険な人物ということになる。オックスに書いた手紙での想像以上に、私もルーファスも、いいえ、クロード少年も。




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