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レイノルズの悪魔 南領へ行く
途切れた系譜
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固く口止めされていたのか、モンテスはそれ以上なにも教えてくれなかった。
私は洗い物をしながら、つらつらと南領の幾つかの貴族を思い出していた。
レイノルズ公爵家の治める北領とは違い、
南領には伯爵家、男爵家、子爵家や貴族の類縁となる家が小さな領地をもっている。
国境付近の都市は、たしか…誰の領地だったかしら。と考えてから、ふと思いあたった。
「……クララベル男爵家?」
レミは一人娘だが、それは今の男爵の娘だ。
実は、レミの父親である男爵は、元々直系だったクララベル男爵が亡くなったあと、その従妹であるレミのお母さまと結婚して、その爵位を受け継いだひとだ。
元の男爵には、息子が三人いたものの一人は病気でなくなり、もう一人は戦死、そして三人めは妾腹だったために夫人や兄に疎まれ、ついには出奔してしまったといわれている。
「オックスは、クララベル男爵家の息子なの?」
無論、本人に其を尋ねて返事があるとは思えなかったけれど、かといって10年のちにオックスがどんな風だったかを考えると、けして放置しておける問題ではなかった。
このまま盗賊としてくらしていれば、いつかは人を殺めたり、罪のない人に罪を着せたりする日がくるだろう。
…ついメイドの悲鳴を思い出して、背筋がゾクッとした。あのときは仕方ないと思えたのに、いまはそうは思えない…もしかしたら、9才の体に、心も引っ張られているのかもしれない。
「ガキとはいえ、あんたは貴族だもんな」
ため息をついて、オックスは近くにあった酒樽の上に腰掛け、手持ちぶさたなのか近くにあった麻ヒモを弄びながら、話しはじめた。
オックスの本名はフレドリク・ライオネル・クララベル。ライオネルというのは、オックスのお母様の名字で、この農家はお母様の家だったそうだ。
「俺は確かに妾腹だが、兄達に会ったときにはもう兄達は成人していた」
お父様がもう長くないとわかったとき、病がちな長兄と軍人だった次兄は、まだ子供だったオックスを屋敷に呼び、万が一のときは家を頼むと話したそうだ。そのために、農民として育てられていたオックスを学術都市のある北の国へ留学にも行かせてくれたそうだ。
「感謝こそすれ、恨むなんてつもりはねえよ…」
しかし、お父様の訃報をきいて帰ってきたオックスが見たのは、変わり果てた故郷と、会ったことのないクララベル男爵親子だった。
「俺はなにも、出来なかった…あの女が父と兄を死に追いやったかもしれないのに、証拠をあげることも、痩せ細った領地を取り返す方法もない…すごすごとしっぽまいて、この田舎の一軒家に帰ってきたわけだ」
あの女、と言われたレミのお母さんを思い出す。
一度だけ、あのお茶会の日にみただけなのだけれど、きれいで優しそうなひとだった。あのひとに、本当にそんな残酷な一面があるんだろうか。
「領地を、取り返したい?」
わたしはつい、口に出していた。オックスはぎょっとして私を見た。私にできることなどないのに、わたしはオックスの本心を知りたいと思ってしまっていた。
「無茶苦茶だ。そんなことをすれば、領民は俺たちのごたごたに巻き込まれて苦しむことになる。そんなことは、望んでない」
流石というか、見事なまでに抑制のきいた答えだ。だけど。
「いまの私には、貴方の領地を取り返せるだけの力はありません。でも…公爵家を継ぐことができれば、できない仕事ではないはずです」
オックスは口元に手をあて、私を見た。まるで射るようなその視線に、私はどうしたらいいかわからず、俯く。
「あんた、バカだろう。盗賊に自分から身分なんて話して…殺されても文句言えねえぜ?公爵令嬢なんて足手まといもいいとこだろうが」
きつい口調でオックスは低く唸った。
「あなたは私を殺さない。頭のいいひとだもの、私を上手く使えば、いつか領地を取り返せるってわかっているはずだわ…私を無傷でかえせれば、だけれど」
いまならまだ、オックスは誰も殺したりはしていない。…どういうわけか、私はこの男をあの暗い眼をした犯罪者にすることを防がねばと思い始めていた。
たぶん、一緒に過ごしたひとつきあまりは、この男への親近感を私に持たせていたのだと思う。以前のような剣呑で、一緒にいると身震いがでるような悪党ではなくて、口は悪くとも面倒見のよい田舎の馬盗人のうちに、引き返したほうがいい。そのためには、いまのこの領地のあまりに酷い惨状を、何とかせねばならなかった。
「わかった。だが正直、どうしたらあんたを帰せるのか俺にはなんも思いつかねえ。俺にゃ子分たちがいる。俺がつかまれば、あいつらも無事じゃすまねえんだぜ?」
「考えがあります……上手く行くかどうかは、あなた方の演技力次第ですけれど」
オックスは、なんだそりゃ、と首をかしげた。
私は洗い物をしながら、つらつらと南領の幾つかの貴族を思い出していた。
レイノルズ公爵家の治める北領とは違い、
南領には伯爵家、男爵家、子爵家や貴族の類縁となる家が小さな領地をもっている。
国境付近の都市は、たしか…誰の領地だったかしら。と考えてから、ふと思いあたった。
「……クララベル男爵家?」
レミは一人娘だが、それは今の男爵の娘だ。
実は、レミの父親である男爵は、元々直系だったクララベル男爵が亡くなったあと、その従妹であるレミのお母さまと結婚して、その爵位を受け継いだひとだ。
元の男爵には、息子が三人いたものの一人は病気でなくなり、もう一人は戦死、そして三人めは妾腹だったために夫人や兄に疎まれ、ついには出奔してしまったといわれている。
「オックスは、クララベル男爵家の息子なの?」
無論、本人に其を尋ねて返事があるとは思えなかったけれど、かといって10年のちにオックスがどんな風だったかを考えると、けして放置しておける問題ではなかった。
このまま盗賊としてくらしていれば、いつかは人を殺めたり、罪のない人に罪を着せたりする日がくるだろう。
…ついメイドの悲鳴を思い出して、背筋がゾクッとした。あのときは仕方ないと思えたのに、いまはそうは思えない…もしかしたら、9才の体に、心も引っ張られているのかもしれない。
「ガキとはいえ、あんたは貴族だもんな」
ため息をついて、オックスは近くにあった酒樽の上に腰掛け、手持ちぶさたなのか近くにあった麻ヒモを弄びながら、話しはじめた。
オックスの本名はフレドリク・ライオネル・クララベル。ライオネルというのは、オックスのお母様の名字で、この農家はお母様の家だったそうだ。
「俺は確かに妾腹だが、兄達に会ったときにはもう兄達は成人していた」
お父様がもう長くないとわかったとき、病がちな長兄と軍人だった次兄は、まだ子供だったオックスを屋敷に呼び、万が一のときは家を頼むと話したそうだ。そのために、農民として育てられていたオックスを学術都市のある北の国へ留学にも行かせてくれたそうだ。
「感謝こそすれ、恨むなんてつもりはねえよ…」
しかし、お父様の訃報をきいて帰ってきたオックスが見たのは、変わり果てた故郷と、会ったことのないクララベル男爵親子だった。
「俺はなにも、出来なかった…あの女が父と兄を死に追いやったかもしれないのに、証拠をあげることも、痩せ細った領地を取り返す方法もない…すごすごとしっぽまいて、この田舎の一軒家に帰ってきたわけだ」
あの女、と言われたレミのお母さんを思い出す。
一度だけ、あのお茶会の日にみただけなのだけれど、きれいで優しそうなひとだった。あのひとに、本当にそんな残酷な一面があるんだろうか。
「領地を、取り返したい?」
わたしはつい、口に出していた。オックスはぎょっとして私を見た。私にできることなどないのに、わたしはオックスの本心を知りたいと思ってしまっていた。
「無茶苦茶だ。そんなことをすれば、領民は俺たちのごたごたに巻き込まれて苦しむことになる。そんなことは、望んでない」
流石というか、見事なまでに抑制のきいた答えだ。だけど。
「いまの私には、貴方の領地を取り返せるだけの力はありません。でも…公爵家を継ぐことができれば、できない仕事ではないはずです」
オックスは口元に手をあて、私を見た。まるで射るようなその視線に、私はどうしたらいいかわからず、俯く。
「あんた、バカだろう。盗賊に自分から身分なんて話して…殺されても文句言えねえぜ?公爵令嬢なんて足手まといもいいとこだろうが」
きつい口調でオックスは低く唸った。
「あなたは私を殺さない。頭のいいひとだもの、私を上手く使えば、いつか領地を取り返せるってわかっているはずだわ…私を無傷でかえせれば、だけれど」
いまならまだ、オックスは誰も殺したりはしていない。…どういうわけか、私はこの男をあの暗い眼をした犯罪者にすることを防がねばと思い始めていた。
たぶん、一緒に過ごしたひとつきあまりは、この男への親近感を私に持たせていたのだと思う。以前のような剣呑で、一緒にいると身震いがでるような悪党ではなくて、口は悪くとも面倒見のよい田舎の馬盗人のうちに、引き返したほうがいい。そのためには、いまのこの領地のあまりに酷い惨状を、何とかせねばならなかった。
「わかった。だが正直、どうしたらあんたを帰せるのか俺にはなんも思いつかねえ。俺にゃ子分たちがいる。俺がつかまれば、あいつらも無事じゃすまねえんだぜ?」
「考えがあります……上手く行くかどうかは、あなた方の演技力次第ですけれど」
オックスは、なんだそりゃ、と首をかしげた。
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