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レイノルズの悪魔 南領へ行く
公爵令嬢、走る
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気づかれないように暗い小道を駆けた。離れまではあと少し。けれど、室内ばきの紐が切れ、うっかりつまづいて足を挫き、ざあっ、と近くにあった薔薇の茂みが音をたてた。
「おい、人がいるぞ!」
厩のほうで声があがる。しまった、きづかれた。離れにはクロード少年がいる。皇太子を危険にさらすわけにはいかない。
私は踵をかえし、前庭に続く斜面をかけ降りる。
「女だ!見られたぞ、捕まえろ!」
男の声が近づいてくる。子供の足では逃げ切れない、どうしたらいい?
茂みに飛び込もうとしたけれど、その前に腕を掴まれた。
「捕まえたぞ!貴族のガキだ!」
こんなときは服を令嬢らしくしたことが仇になる。馬どころか私が人質だなんて。
「しくじったな、貴族の女なんて」
縛り上げられ、つれてゆかれた農作業小屋で、私は盗賊の首領らしき男の前にころがされた。
「貴族ってのは身内がキズモノにされると血眼んなって下手人探しを始めるもんだ、こんなガキほっときゃよかったのによ」
首領の男は帽子をかぶり、口元をスカーフで隠しているので顔はわからない。
しかし、私にはその話し方や特徴のある風貌から、この男がだれか、分かってしまった。
「イル・レッズ・オックス」
私がぽつりと呟くと、首領は目をこちらに向けた。
「驚いたな、貴族のお嬢ちゃんがなぜその名前を知っている?」
口調は優しいが、目が笑っていない。
「…厩番が言っていたのを聞きました。夜風のように素早く、夜霧のように静かに、高価な馬だけを貴族の屋敷から盗む怪盗団がいるって」
嘘だ。本当は19の私が雇っていた破落戸を紹介したのが、この男だっただけ。しかし、この手の『名声』は、この男が最も喜ぶことも知っている。
「そうか、なかなか趣味のわかる厩番だな」
座っていた木箱をギシギシと軋ませて、オックスは笑う。巻いてあった長い頭巾がすべり落ちて、さらさらと淡い銀の髪が零れ落ちる。当たり前だけれど、私が知っているよりずっと若い。
私の知るオックスは、ひげ面で無愛想で、残忍な犯罪者だ。人を殺すことも、罪のない人を苦しめることも、まるで意に介さないようだった。
だけど、この頃のオックスにそこまでの残忍さはみえない。
「なるほど」
どう思ったのか、よくわからない相槌のあとオックスは立ちあがり、私の髪を掴んで言った。
「おい、ナイフを持って来い」
殺されるのか!結局殺されてしまうのね!
オックスに渡ったナイフに、喉がひゅうっ、と変な音を立てた。
「悪いねお嬢ちゃん、あんたはこのままではつれ歩けない」
そう言うと、オックスは私の髪を断ち切った。
「さて、連れてけ。適当にガキの服をあてがっとけよ。今着てる服は適当に売りに出していい。すぐ町を出るぞ、急げ」
誘拐されてしまった。リディアおばさま達にも、クロード少年にも迷惑がかかってるはず…第一、こんな風にキズモノになったなんて噂があがれば、令嬢としてはもう致命的だ。
髪を切られてしまっては、もう人前にも出られない。いっそのこと、ここで自害するか、盗賊の仲間として生きるか…
しばられたまま荷馬車に乗せられた。
私を拐った一行はどうやら南領国境の山岳都市へむかっている。そこから、山をいくつか越えたら隣の国だが、峻険な尾根を越えるのはいくら盗賊団といっても到底無理だし、かといって谷沿いの細い道には関所がある。見つかればすぐにつかまるだろう。馬にしても、私にしても目立つから。
私をどうするつもりだろう?隣国で奴隷や女郎として売る?それとも、身代金を要求する?
私はまだ明るいうちから中天にかかるぼんやりとした白っぽい月を見上げていた。
「降りろ、騒ぐと殺すからな。静かにしてろよ」
ナイフを向けながら、賊のひとりが私を荷馬車からおろした。私はだまって荷馬車を降りる。どちらにせよこんな場所まで連れてこられては、1人でリディアおばさまの領地まで帰るのは到底無理だ。抵抗したって仕方がない、口をとじたまま、言われた通りにしていよう。そう思って、荷馬車を降りた。
そこは、大きな茅葺きの農家の建物の前だ。広い農地のあちこちに、作業小屋や厩がある。
「お前はここにいろ」
つき転がされて入っていったのは、どうやら薪や燃料の置かれた納屋のようだった。
「声を、出すなよ」
男はそう言うと、扉を閉めた。重い金属音は錠前かもしれない。とにかく、この納屋は暗くて火薬や燃料の匂いで息がつまりそうだわ…私は一度目を閉じ、目を暗闇にならそうとした。
冷たい風が頬にあたって、目を覚ました。首と背中が痛い。屋根と土壁の隙間から、ちかちかと月明かりが漏れていた。
「うそ…」
少し目をならすつもりが、どうやら何時間も眠っていたようだった。
体を起こすと、頬や体からパラパラと小石が落ちた。我ながらよくこんな訳のわからない場所で眠れたわね…
今が何時ごろで、見張りがいるのかいないのか、さっぱりわからないけど、とりあえずこの小屋から脱出しないと…あたりを見回せば、どうやら納屋の屋根はただ木の板が置いてあるだけの簡素なもののようで、ところどころうきあがっている。釘うちも荒いから、押し上げれば動きそう。
けど、あそこまでどうやって登ればいいかしら?
あと問題は、私の手を縛っている縄なのだけど……きつく縛られているので、びくともしない。この小屋に置かれているのは、どうやら燃料の炭や、火薬の壺。
私はふとあることを思い付いて、火薬壺へと近づいた。
がらがら、と大きな音をたてて、火薬の壺が棚から転げ落ちた。棚が傾き、バランスが崩れたせいだ。
「何をしている!」
やはり見張りがいたようで、音をききつけて扉をあけて入ってきた。
「このガキ、大事な商売もんを!勝手に動きまわるんじゃねえよ!」
男は私を持っていた棒でなぐり、蹴って転がしてから、また納屋をでていく。
少しして、再びがらがら、がらがら、と棚から壺が落ちて割れるおとが響く。
「てめえ、くそガキ!なんてことしやがる!」
見張りの男は激昂して棒を振りかざしてはいってきたけれど、わたしは転がるようにして男と入れ替りに扉から出た。
「このガキ!!おい!ガキがにげたぞ!」
「おい、人がいるぞ!」
厩のほうで声があがる。しまった、きづかれた。離れにはクロード少年がいる。皇太子を危険にさらすわけにはいかない。
私は踵をかえし、前庭に続く斜面をかけ降りる。
「女だ!見られたぞ、捕まえろ!」
男の声が近づいてくる。子供の足では逃げ切れない、どうしたらいい?
茂みに飛び込もうとしたけれど、その前に腕を掴まれた。
「捕まえたぞ!貴族のガキだ!」
こんなときは服を令嬢らしくしたことが仇になる。馬どころか私が人質だなんて。
「しくじったな、貴族の女なんて」
縛り上げられ、つれてゆかれた農作業小屋で、私は盗賊の首領らしき男の前にころがされた。
「貴族ってのは身内がキズモノにされると血眼んなって下手人探しを始めるもんだ、こんなガキほっときゃよかったのによ」
首領の男は帽子をかぶり、口元をスカーフで隠しているので顔はわからない。
しかし、私にはその話し方や特徴のある風貌から、この男がだれか、分かってしまった。
「イル・レッズ・オックス」
私がぽつりと呟くと、首領は目をこちらに向けた。
「驚いたな、貴族のお嬢ちゃんがなぜその名前を知っている?」
口調は優しいが、目が笑っていない。
「…厩番が言っていたのを聞きました。夜風のように素早く、夜霧のように静かに、高価な馬だけを貴族の屋敷から盗む怪盗団がいるって」
嘘だ。本当は19の私が雇っていた破落戸を紹介したのが、この男だっただけ。しかし、この手の『名声』は、この男が最も喜ぶことも知っている。
「そうか、なかなか趣味のわかる厩番だな」
座っていた木箱をギシギシと軋ませて、オックスは笑う。巻いてあった長い頭巾がすべり落ちて、さらさらと淡い銀の髪が零れ落ちる。当たり前だけれど、私が知っているよりずっと若い。
私の知るオックスは、ひげ面で無愛想で、残忍な犯罪者だ。人を殺すことも、罪のない人を苦しめることも、まるで意に介さないようだった。
だけど、この頃のオックスにそこまでの残忍さはみえない。
「なるほど」
どう思ったのか、よくわからない相槌のあとオックスは立ちあがり、私の髪を掴んで言った。
「おい、ナイフを持って来い」
殺されるのか!結局殺されてしまうのね!
オックスに渡ったナイフに、喉がひゅうっ、と変な音を立てた。
「悪いねお嬢ちゃん、あんたはこのままではつれ歩けない」
そう言うと、オックスは私の髪を断ち切った。
「さて、連れてけ。適当にガキの服をあてがっとけよ。今着てる服は適当に売りに出していい。すぐ町を出るぞ、急げ」
誘拐されてしまった。リディアおばさま達にも、クロード少年にも迷惑がかかってるはず…第一、こんな風にキズモノになったなんて噂があがれば、令嬢としてはもう致命的だ。
髪を切られてしまっては、もう人前にも出られない。いっそのこと、ここで自害するか、盗賊の仲間として生きるか…
しばられたまま荷馬車に乗せられた。
私を拐った一行はどうやら南領国境の山岳都市へむかっている。そこから、山をいくつか越えたら隣の国だが、峻険な尾根を越えるのはいくら盗賊団といっても到底無理だし、かといって谷沿いの細い道には関所がある。見つかればすぐにつかまるだろう。馬にしても、私にしても目立つから。
私をどうするつもりだろう?隣国で奴隷や女郎として売る?それとも、身代金を要求する?
私はまだ明るいうちから中天にかかるぼんやりとした白っぽい月を見上げていた。
「降りろ、騒ぐと殺すからな。静かにしてろよ」
ナイフを向けながら、賊のひとりが私を荷馬車からおろした。私はだまって荷馬車を降りる。どちらにせよこんな場所まで連れてこられては、1人でリディアおばさまの領地まで帰るのは到底無理だ。抵抗したって仕方がない、口をとじたまま、言われた通りにしていよう。そう思って、荷馬車を降りた。
そこは、大きな茅葺きの農家の建物の前だ。広い農地のあちこちに、作業小屋や厩がある。
「お前はここにいろ」
つき転がされて入っていったのは、どうやら薪や燃料の置かれた納屋のようだった。
「声を、出すなよ」
男はそう言うと、扉を閉めた。重い金属音は錠前かもしれない。とにかく、この納屋は暗くて火薬や燃料の匂いで息がつまりそうだわ…私は一度目を閉じ、目を暗闇にならそうとした。
冷たい風が頬にあたって、目を覚ました。首と背中が痛い。屋根と土壁の隙間から、ちかちかと月明かりが漏れていた。
「うそ…」
少し目をならすつもりが、どうやら何時間も眠っていたようだった。
体を起こすと、頬や体からパラパラと小石が落ちた。我ながらよくこんな訳のわからない場所で眠れたわね…
今が何時ごろで、見張りがいるのかいないのか、さっぱりわからないけど、とりあえずこの小屋から脱出しないと…あたりを見回せば、どうやら納屋の屋根はただ木の板が置いてあるだけの簡素なもののようで、ところどころうきあがっている。釘うちも荒いから、押し上げれば動きそう。
けど、あそこまでどうやって登ればいいかしら?
あと問題は、私の手を縛っている縄なのだけど……きつく縛られているので、びくともしない。この小屋に置かれているのは、どうやら燃料の炭や、火薬の壺。
私はふとあることを思い付いて、火薬壺へと近づいた。
がらがら、と大きな音をたてて、火薬の壺が棚から転げ落ちた。棚が傾き、バランスが崩れたせいだ。
「何をしている!」
やはり見張りがいたようで、音をききつけて扉をあけて入ってきた。
「このガキ、大事な商売もんを!勝手に動きまわるんじゃねえよ!」
男は私を持っていた棒でなぐり、蹴って転がしてから、また納屋をでていく。
少しして、再びがらがら、がらがら、と棚から壺が落ちて割れるおとが響く。
「てめえ、くそガキ!なんてことしやがる!」
見張りの男は激昂して棒を振りかざしてはいってきたけれど、わたしは転がるようにして男と入れ替りに扉から出た。
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