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レイノルズの悪魔
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レイノルズ翁は、悪魔を飼っている。
その悪魔は、この国を破滅に導こうといつでもあらゆる手練手管を使って、王と王子につけこんでくる。
その悪魔の名は、アイリス・マリアンナ・レイノルズ。男には魔性、女には悪鬼となって襲いかかる。
アイリスには気をつけなくてはならない。優しい声音で破滅を呼ぶ。アイリスには誠実さも真心もない。レイノルズ家の悪魔。
それが、アイリス・マリアンナ・レイノルズだ。
「王室を謀り、皇太子の婚約者であるクララベル男爵令嬢を誘拐し、殺害を企てた罪は重い。アイリス・マリアンナ・レイノルズ、『レイノルズの悪魔』を塔への終身幽閉に処する…異議のあるものはあるか」
裁判官の声に、アイリスは力を振り絞り、声の限りに叫んだ。
「わたくしではありません!そのような!恐ろしいことを!わたくしがするはずありません!クロードさま!お願いいたします!クロードさま!」
美しいその顔を涙にぬらし、とりすがるように手を伸ばしたのはその場にいない皇太子、ロード・クロード・ローザニアだ。
だがそれを哀れに思うものなどいない。なにせアイリスは悪魔なのだ。生かして国内におくだけでも、温情のかけすぎではと国民は噂した。
「赦すものか、男爵令嬢の分を弁えずにクロードさまをたぶらかし、わたくしの場所を奪ったあの女……レミ・クララベル…けして……けして赦すものか…」
日の入らぬ暗い塔のなかで、アイリスは与えられた粗末な食事にも厩から運ばれる砂や飼葉混じりの水にも手をつけず、僅か19でその命を終えた。
……と、おもったのだけれど。
「アイリス、随分と早いな」
朝食の前に、新聞を取りに来たというおじいさまの言葉にも返事を返さず、呆然と立っている私に普段はあまり私に興味を持たないおじいさまが眉根をよせた。
「あの、新聞を…見せてくださいますか?」
「お前がか?めずらしいな」
おじいさまの手から新聞を受け取り、日付を確認する。
「まさか、そんな……」
そこに印刷されていたのは、呪詛を抱いて死んだはずの日ではなく、その10年前。
9歳の、誕生日の朝だった。
目が覚めたときは、夢を見ているのか、あるいは先ほどまでのいたはずの塔が夢だったのか、わからずに枕にとりすがって震えていた。
「アイリス、新聞を返しなさい」
唸るような叱責に慌てて新聞を返し、深々と頭を下げた。
「今日は王宮からも客人がくる。そのようにぼんやりしてはならんぞ」
「ええ、わかりました」
杖をついているとは思えない大股で朝食のテラスへ歩き去るおじいさまの後ろを、私は小さくなってついてゆく。
9つの子供の足では追い付けず、おじいさまはどんどんはなれてゆく。こんなにこの屋敷、広かったかしら?
「私は昼前に戻る、茶会の支度をぬかりなくするように」
使用人頭のレンブラントを見もせずに、おじいさまは朝食の紅茶を持ち上げたまま言った。
ああ、このころのおじいさまはまだ、王宮で職務にあたられていたのだわ、段々足が悪くなって参内されなくなって、どんどん気難しくなってゆかれたんだった。
ようやくたどり着いた入り口近くでその様子をみていると、侍女のひとりがそばまで来て私の背中を肘で押した。よろけて、転んだわたしに
「あらお嬢様、そのように走ってはあぶのうございますよ」
しれっと侍女は手を貸して立たせ、手荒くドレスの膝をはたいた。破れるんじゃないかってくらい、力強く。
そういえばこの侍女は……
「あなた、このあと、お使いを頼まれてくださらないかしら?」
ひざまづいたまま、若い侍女は私を睨んだ
「そういったことは、レンブラントさんへお願いできますか」
冷たい言い方で突っぱねられ、挙げ句立ち上がりざまにスカートの裾を踏まれたけれど、私は諦めない。
「あなたにお願いしたいのよ、行ってきてくださったら、街で少しくらい羽根を伸ばしてきても構わないから…ね?」
そういって少し多めの銀貨を渡した。
公爵家のメイド達はその職務上、田舎に住む下級貴族の家から出てきて、住み込みで働いているため、市街地へ出られる機会はまれなのだ。
「……わかりました」
ひったくるようにお金を受け取り、侍女は立ち去った。
「レンブラント、侍女の教育を徹底してくださいね」
私は食卓につきながら、侍従達にお茶の用意をさせているレンブラントに言ったけれど、レンブラントはちらりと横目で私を見ただけで、特に返答はしなかった。
実は今、レイノルズ家には執事がいない。父が生きていたころは、父の執事がこの家の使用人一切を取り仕切っていたのだけれど、父と母が相次いで亡くなったのち、おじいさまの意向で北の領地の管理のためにマナーハウスへ遣られてしまった。
代わりに使用人頭であるレンブラントが使用人たちを纏めているのだけれど、いつでもレンブラントは使用人達の代表でしかなく、特に子供である私の意見など全く聞く耳をもたない。
だから、先ほどのようにメイドが私に堂々と話しかけたり、嫌がらせをしたり逆らったりできるのだ。まあ、私の方も負けてはおらず、クビにしたり物を盗んだと言いがかりをつけて衛兵へ引き渡したりしていたのだけど。
先ほどのメイドは、このあと午後からのお茶会の際に『わざと』レミ・クララベルの服にチョコレートケーキを落とす。
そして、大勢の大人の前で泣きながら私にするように強要されたとうったえ、レミに謝罪し赦される。
それで『正直で優しい』彼女は、王宮での職を得る。そして、10年ほどして后がね付きのメイドとしてレミのそばへ侍り、レミのために懸命に、私のした嫌がらせの証拠集めをしていた。…そのときにはもう、なぜ公爵家を辞めたかなんて、忘れてしまったのか、単に私のことがそこまできらいだったのか、王宮では完璧なメイドぶりを発揮していて、そりゃないわよと思ったのを覚えている。
「アイリス」
おじいさまが食事を終えて立ち上がった。
レンブラントが上着と帽子を携えてやって来て、おじいさまはそれを受けとると挨拶もなく出勤してゆく。
「はい」
私も立ち上がり、おじいさまに従ってテラスを出る。ここではおじいさまの食べているときだけ食事がゆるされている。
だからこそレンブラントは、私のお茶をいつまでも『用意させて』いたのだ。引き伸ばせば私が朝食を食べ損ねることを知っていて、あえてもたもたと用意させる。メイドや侍従を顎で使う生意気な子供をやっつけて、いいことをしているつもりなのだ。器の狭い男、と私はレンブラントのそばを通る時、鼻でわらってやった。
どうせ私が王宮へ上がることになる五年後には、おじいさまの足が悪化して、新しい執事と強面の看護婦がやってくる。
大きな顔していられるのもあと五年ほどとおもうと、気分はさほど悪くない。
私が真横を通ったときに舌打ちしたのはイラついたけど。
その悪魔は、この国を破滅に導こうといつでもあらゆる手練手管を使って、王と王子につけこんでくる。
その悪魔の名は、アイリス・マリアンナ・レイノルズ。男には魔性、女には悪鬼となって襲いかかる。
アイリスには気をつけなくてはならない。優しい声音で破滅を呼ぶ。アイリスには誠実さも真心もない。レイノルズ家の悪魔。
それが、アイリス・マリアンナ・レイノルズだ。
「王室を謀り、皇太子の婚約者であるクララベル男爵令嬢を誘拐し、殺害を企てた罪は重い。アイリス・マリアンナ・レイノルズ、『レイノルズの悪魔』を塔への終身幽閉に処する…異議のあるものはあるか」
裁判官の声に、アイリスは力を振り絞り、声の限りに叫んだ。
「わたくしではありません!そのような!恐ろしいことを!わたくしがするはずありません!クロードさま!お願いいたします!クロードさま!」
美しいその顔を涙にぬらし、とりすがるように手を伸ばしたのはその場にいない皇太子、ロード・クロード・ローザニアだ。
だがそれを哀れに思うものなどいない。なにせアイリスは悪魔なのだ。生かして国内におくだけでも、温情のかけすぎではと国民は噂した。
「赦すものか、男爵令嬢の分を弁えずにクロードさまをたぶらかし、わたくしの場所を奪ったあの女……レミ・クララベル…けして……けして赦すものか…」
日の入らぬ暗い塔のなかで、アイリスは与えられた粗末な食事にも厩から運ばれる砂や飼葉混じりの水にも手をつけず、僅か19でその命を終えた。
……と、おもったのだけれど。
「アイリス、随分と早いな」
朝食の前に、新聞を取りに来たというおじいさまの言葉にも返事を返さず、呆然と立っている私に普段はあまり私に興味を持たないおじいさまが眉根をよせた。
「あの、新聞を…見せてくださいますか?」
「お前がか?めずらしいな」
おじいさまの手から新聞を受け取り、日付を確認する。
「まさか、そんな……」
そこに印刷されていたのは、呪詛を抱いて死んだはずの日ではなく、その10年前。
9歳の、誕生日の朝だった。
目が覚めたときは、夢を見ているのか、あるいは先ほどまでのいたはずの塔が夢だったのか、わからずに枕にとりすがって震えていた。
「アイリス、新聞を返しなさい」
唸るような叱責に慌てて新聞を返し、深々と頭を下げた。
「今日は王宮からも客人がくる。そのようにぼんやりしてはならんぞ」
「ええ、わかりました」
杖をついているとは思えない大股で朝食のテラスへ歩き去るおじいさまの後ろを、私は小さくなってついてゆく。
9つの子供の足では追い付けず、おじいさまはどんどんはなれてゆく。こんなにこの屋敷、広かったかしら?
「私は昼前に戻る、茶会の支度をぬかりなくするように」
使用人頭のレンブラントを見もせずに、おじいさまは朝食の紅茶を持ち上げたまま言った。
ああ、このころのおじいさまはまだ、王宮で職務にあたられていたのだわ、段々足が悪くなって参内されなくなって、どんどん気難しくなってゆかれたんだった。
ようやくたどり着いた入り口近くでその様子をみていると、侍女のひとりがそばまで来て私の背中を肘で押した。よろけて、転んだわたしに
「あらお嬢様、そのように走ってはあぶのうございますよ」
しれっと侍女は手を貸して立たせ、手荒くドレスの膝をはたいた。破れるんじゃないかってくらい、力強く。
そういえばこの侍女は……
「あなた、このあと、お使いを頼まれてくださらないかしら?」
ひざまづいたまま、若い侍女は私を睨んだ
「そういったことは、レンブラントさんへお願いできますか」
冷たい言い方で突っぱねられ、挙げ句立ち上がりざまにスカートの裾を踏まれたけれど、私は諦めない。
「あなたにお願いしたいのよ、行ってきてくださったら、街で少しくらい羽根を伸ばしてきても構わないから…ね?」
そういって少し多めの銀貨を渡した。
公爵家のメイド達はその職務上、田舎に住む下級貴族の家から出てきて、住み込みで働いているため、市街地へ出られる機会はまれなのだ。
「……わかりました」
ひったくるようにお金を受け取り、侍女は立ち去った。
「レンブラント、侍女の教育を徹底してくださいね」
私は食卓につきながら、侍従達にお茶の用意をさせているレンブラントに言ったけれど、レンブラントはちらりと横目で私を見ただけで、特に返答はしなかった。
実は今、レイノルズ家には執事がいない。父が生きていたころは、父の執事がこの家の使用人一切を取り仕切っていたのだけれど、父と母が相次いで亡くなったのち、おじいさまの意向で北の領地の管理のためにマナーハウスへ遣られてしまった。
代わりに使用人頭であるレンブラントが使用人たちを纏めているのだけれど、いつでもレンブラントは使用人達の代表でしかなく、特に子供である私の意見など全く聞く耳をもたない。
だから、先ほどのようにメイドが私に堂々と話しかけたり、嫌がらせをしたり逆らったりできるのだ。まあ、私の方も負けてはおらず、クビにしたり物を盗んだと言いがかりをつけて衛兵へ引き渡したりしていたのだけど。
先ほどのメイドは、このあと午後からのお茶会の際に『わざと』レミ・クララベルの服にチョコレートケーキを落とす。
そして、大勢の大人の前で泣きながら私にするように強要されたとうったえ、レミに謝罪し赦される。
それで『正直で優しい』彼女は、王宮での職を得る。そして、10年ほどして后がね付きのメイドとしてレミのそばへ侍り、レミのために懸命に、私のした嫌がらせの証拠集めをしていた。…そのときにはもう、なぜ公爵家を辞めたかなんて、忘れてしまったのか、単に私のことがそこまできらいだったのか、王宮では完璧なメイドぶりを発揮していて、そりゃないわよと思ったのを覚えている。
「アイリス」
おじいさまが食事を終えて立ち上がった。
レンブラントが上着と帽子を携えてやって来て、おじいさまはそれを受けとると挨拶もなく出勤してゆく。
「はい」
私も立ち上がり、おじいさまに従ってテラスを出る。ここではおじいさまの食べているときだけ食事がゆるされている。
だからこそレンブラントは、私のお茶をいつまでも『用意させて』いたのだ。引き伸ばせば私が朝食を食べ損ねることを知っていて、あえてもたもたと用意させる。メイドや侍従を顎で使う生意気な子供をやっつけて、いいことをしているつもりなのだ。器の狭い男、と私はレンブラントのそばを通る時、鼻でわらってやった。
どうせ私が王宮へ上がることになる五年後には、おじいさまの足が悪化して、新しい執事と強面の看護婦がやってくる。
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