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断罪されたのはダレ?
断罪されたのは、ダレ?
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嵐、そう、ほんとうに嵐のような目眩がおきて、私は声もだせずにその場にたおれこんでいたけれど、やがてその嵐はおさまり、軽い頭痛を残してまたあたりの音がきこえはじめる。よかった、お酒で死んだわけではないみたい。
そのとき急に、ふわり、と体が持ち上がったのを感じた。
「おにいさま?」
ぐらぐらする頭をなんとか抑えながら私は薄目をあけた。ソファに優しくおろしてもらったようだ。
「彼女は大丈夫だよ、おそらくショックで気を失ったんだろう。僕が診てくるから、マリアはここにいて?」
おにいさまじゃない!目をあけるとどこかで見たような男性…おにいさまの後輩としてうちにいらしていた、カーラントベルク侯爵家の嫡男、医学部の学生でいらっしゃる…お名前はなんといったかしら?
「レイモンド!」
人垣のむこうから私たちより年配の、白髪交じりの男性が声をかけてきた。聴診器を手に持っているところをみると、あれが侯爵ね。たしか、侯爵家は代々御典医の家系だとか…。
「お前は頭を打ってるかもしれない。ここで寝ていなさい」
レイモンド様にはそう言われたけれど、寝ていたソファから私はおきあがり、手のひらをしげしげとながめた。ちょっと日に焼けていて、一回りも小さい。この体は私じゃ、ない?
ぐらり、と体がかしいだ。そんなばかな、そんなことがあるはずが…
「こんな馬鹿なことがあるか!」
私の考えていたことと寸分たがわぬ怒鳴り声に、私はそちらを見た。
おにいさま、と私の…お義兄様に横抱きにされている体の口がうごく。いいえ、お義兄さまが抱えているのがもし私の体だとしたら、ではここにいる私は…この体一体誰なの?まためまいがするけれど、必死に目を凝らした。
「落ち着いてください、患者を診させて…」
レイモンド様が話しかけるもお義兄様は私の体を抱えたまま猛然と歩きだす。お義父様も何も言わずにそのお義兄様の横について歩いてゆくのが見えた。
そうだわ、私、お酒を吐いて、もしかしたら喉に詰めたのかもしれません。だとしたらお医者さまに早くみてもらいたいのに…なのに、あれよあれよと言う間にキンバリー家の三人は広間を出ていってしまった。
慌てたようすで、カーラントベルク侯爵もその後を追ってゆく。レイモンド様は心配そうにそれを見送っていたけれど、やがて人混みにまぎれて見えなくなってしまった。
「毒を盛られたんですって」
私の側にいたどこかの夫人が、ご主人らしき紳士に囁くのが聞こえた。
「ひどく血を吐いていた、あの分では助からないだろう。いくらあの業突張りの令嬢が目障りだからといって、殿下はやり過ぎではないか?」
そうだわね、と別の女性が連れに囁き、
「ルディ殿下もおしまいかもしれんな」
と呟く。
「かわいそうに、若いみそらで」
「悲観して毒を飲んだのですって」
「いや、単にキンバリー家を恨む者の仕業では?」
「いや、実はあのキンバリー公爵が盛ったのでは?」
さわさわと囁きあう無責任な、無関係の貴族たちの声に私は耳をふさいだ。
毒を?私は毒を飲んだの?
ではあれは、気を失ったのではなく死んでしまったの?私は誰に殺されたの?
ここにいる私は…この体はいったい誰なの?
「なんてことをしたんだ、お前はあの女に何を飲ませた!」
誰かがそう言って、すぐ側で給仕をしていたメイド長のうでを掴む。
「いいえ、わたし、私はただ、ちょっと困ればいいとおもっただけで!」
ふたりが揉み合う。がた、と長椅子にあたり、座っていた私は床に落ちて膝をついた。
「殺すつもりはなかったんです、まさか死ぬだなんて!」
ほんとうにわたしは、しんだの?
もう、帰れないの?
どこかで誰かがすすり泣く声がした。たしかに私の喉がだした声なのに。
もうこの世のものではないなんて。
おにいさま、おとうさま、と聞き覚えのない声で、私が、泣いている。
「マリア!」
誰かが、だれかをよぶ。何にも見えないわ。
ふっつり、と、私の目の前は、再びまっくらになった。
そのとき急に、ふわり、と体が持ち上がったのを感じた。
「おにいさま?」
ぐらぐらする頭をなんとか抑えながら私は薄目をあけた。ソファに優しくおろしてもらったようだ。
「彼女は大丈夫だよ、おそらくショックで気を失ったんだろう。僕が診てくるから、マリアはここにいて?」
おにいさまじゃない!目をあけるとどこかで見たような男性…おにいさまの後輩としてうちにいらしていた、カーラントベルク侯爵家の嫡男、医学部の学生でいらっしゃる…お名前はなんといったかしら?
「レイモンド!」
人垣のむこうから私たちより年配の、白髪交じりの男性が声をかけてきた。聴診器を手に持っているところをみると、あれが侯爵ね。たしか、侯爵家は代々御典医の家系だとか…。
「お前は頭を打ってるかもしれない。ここで寝ていなさい」
レイモンド様にはそう言われたけれど、寝ていたソファから私はおきあがり、手のひらをしげしげとながめた。ちょっと日に焼けていて、一回りも小さい。この体は私じゃ、ない?
ぐらり、と体がかしいだ。そんなばかな、そんなことがあるはずが…
「こんな馬鹿なことがあるか!」
私の考えていたことと寸分たがわぬ怒鳴り声に、私はそちらを見た。
おにいさま、と私の…お義兄様に横抱きにされている体の口がうごく。いいえ、お義兄さまが抱えているのがもし私の体だとしたら、ではここにいる私は…この体一体誰なの?まためまいがするけれど、必死に目を凝らした。
「落ち着いてください、患者を診させて…」
レイモンド様が話しかけるもお義兄様は私の体を抱えたまま猛然と歩きだす。お義父様も何も言わずにそのお義兄様の横について歩いてゆくのが見えた。
そうだわ、私、お酒を吐いて、もしかしたら喉に詰めたのかもしれません。だとしたらお医者さまに早くみてもらいたいのに…なのに、あれよあれよと言う間にキンバリー家の三人は広間を出ていってしまった。
慌てたようすで、カーラントベルク侯爵もその後を追ってゆく。レイモンド様は心配そうにそれを見送っていたけれど、やがて人混みにまぎれて見えなくなってしまった。
「毒を盛られたんですって」
私の側にいたどこかの夫人が、ご主人らしき紳士に囁くのが聞こえた。
「ひどく血を吐いていた、あの分では助からないだろう。いくらあの業突張りの令嬢が目障りだからといって、殿下はやり過ぎではないか?」
そうだわね、と別の女性が連れに囁き、
「ルディ殿下もおしまいかもしれんな」
と呟く。
「かわいそうに、若いみそらで」
「悲観して毒を飲んだのですって」
「いや、単にキンバリー家を恨む者の仕業では?」
「いや、実はあのキンバリー公爵が盛ったのでは?」
さわさわと囁きあう無責任な、無関係の貴族たちの声に私は耳をふさいだ。
毒を?私は毒を飲んだの?
ではあれは、気を失ったのではなく死んでしまったの?私は誰に殺されたの?
ここにいる私は…この体はいったい誰なの?
「なんてことをしたんだ、お前はあの女に何を飲ませた!」
誰かがそう言って、すぐ側で給仕をしていたメイド長のうでを掴む。
「いいえ、わたし、私はただ、ちょっと困ればいいとおもっただけで!」
ふたりが揉み合う。がた、と長椅子にあたり、座っていた私は床に落ちて膝をついた。
「殺すつもりはなかったんです、まさか死ぬだなんて!」
ほんとうにわたしは、しんだの?
もう、帰れないの?
どこかで誰かがすすり泣く声がした。たしかに私の喉がだした声なのに。
もうこの世のものではないなんて。
おにいさま、おとうさま、と聞き覚えのない声で、私が、泣いている。
「マリア!」
誰かが、だれかをよぶ。何にも見えないわ。
ふっつり、と、私の目の前は、再びまっくらになった。
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