どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや

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精霊王と悪鬼

お義兄様に力を借ります

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お義兄様は暫く幾つかの質問を投げ掛けては話をきいていたけれど、
「悪鬼?亡霊の森の悪鬼だと?」
と腰に下げていた剣に手をやった。
「あの女、誰にでも色目をつかう頭のおかしな女だとは思ったが、本物の化け物だったとは。今すぐにでも切って棄ててやろう」
その言い方に、マリアがティーカップを持つ手を震わせ、カタカタと音をたてた。

「お義兄様、剣をおさめてくださりませ。マリアが怯えます。お話したでしょう?私はこうして生きておりますし、元に戻るための手だてを考えねばなりません。それなのに、元に戻ったとき帰る公爵家がなくなっていては困ります」
私が単刀直入に言うと、お義兄様は、うぅむ、と唸った。
「だが、ゴーウィンだけは我々の手で裁いてもいいだろう?ちゃんと皇帝から許可もとって」
「許可もいるのですわね?」
うむ、とまたお義兄様が唸る。どうあっても彼の中の主はキンバリー家で、皇帝はちょっと隣の領主みたいに感じているようだ。相手はこの国のあるじなのだから、もっと慎重にことを運ぶべきじゃないかしら。


「アシュレイお姉様、ゴーウィン様についてはキンバリー公爵様とテオドア様に任せてもいいと思います!だってゴーウィン様は、お姉様のことを突き飛ばしたり、蹴ったり、剣を突きつけたりしておりましたもの。それに無爵の家柄の騎士見習いですから、当然、公爵令嬢に無礼をはたらいた罰は受けるべきですわ!」

メモもあります!とマリアに言われて私は固まった。え、見てたの?というかどこまで見てたの?マリアが学校で何をしていたのかが本気で怖くなる。
「それは本当か、マリア嬢」
地面を震わすような重低音。お義兄様の声に、マリアがまた私の後ろへ隠れてしまった。

「はい、あの、侯爵邸の私の引き出しにあるはずです…一年のときから、8冊か…9冊くらいあるので見てくだされば日付とか、どんなことされたかとか、わかると思います……ごめんなさい、助けに入りたかったんですけど、あの皇子様が相手では打ち首にされておわりになりそうで」

しょんぼり謝ってくるマリアに、いいのよと頷く。
「ルディ殿下が相手なのですもの、実際私をかばって処罰された方もいたのだし。あなたがそうならなくてよかったわ」
9冊は正直驚いたけど、そんなところだろうって予測はたっていたのよ。リズ令嬢が話していたとおりだわ。

「わかりました、ではゴーウィン卿をここへ連れてきて下さい…せめて釈明くらいはきかなくてはわが公爵家の品位が問われます。いいですわよね、お義兄様」
お義兄様はわかった、と少し悔しそうにしている。絶対、見せしめに即日首を切るつもりだったわね。ゴーウィンが少しでも反省していればいいのだけど…。
「《公爵の様子、見てきてやろうか》」
ミルラに尋ねられて、私は無言でうなづいた。ミルラは鼻歌まじりに回転しながら、天井にある黒い梁のちかくまで登って、すうっと消えていった。

◇◇◇◇◇◇◇

「それはそうとして、悪鬼のほうは野放しにしておけばまたお前に危害をくわえるやもしれん。せめて磔にかけて火で炙るのはどうだ?」
どこがどうなのかしら。私はかるい目眩を感じながら、ええ、とうなづいた。
「彼女に関してはぜひご助力いただきたいですわ。私とマリアでは悪鬼となんて戦えませんもの」
まかせろ、と微笑むお義兄様。あら、嬉しそうに笑っているところは初めて見たんじゃないかしら。

凄みは薄らぐけれど、青い瞳がきらきらと光にみちて、普段撫で付けられている髪が額におちて…こんな優しい表情もできたのね。うん、普段からこうしていればお嫁さんも来るかも…またお茶会をひらかなくては…

「では、こうしましょう。お茶会を開くんです。名目はアシュレイお姉様の快気祝いで」
えっ?と私はマリアを見た。いま、この子、私の心を読んだのかしら。
「アシュレイお姉様、どうかしました?」
「いいえ?ではキンバリー家と繋がりの深い家から、身元のしっかりした令嬢を選んで招待しなくてはいけませんわね」
するとマリアは首をふった。
「ちがいますよ、学園で親交のあった生徒に出す…と表記するんです。実際に出すのは、数通だけですけど」
えっ?と私は首を傾げた。もう、とマリアはちょっと膨れる。
「ミュシャさんの行動からして、私やお兄様に届いて、私たちが大げさに騒げば絶対現れますよ。自由に動き回れずに満足に餌がとれないなら、間違いありません」
「陽動作戦だな」
なるほど、と私は頷く。お義兄様のお嫁さん問題に気をとられて、本題を見失いかけたわ。そうだった、ミュシャよ、ミュシャを何とかしないとお嫁さんどころじゃないんだった。

この体になってから、集中力があまりなくなった気がしている。テストのときもそうだったけれど、気をつけなくては。

「マリア、お茶会の主催をしたことは?」
マリアはいいえ、と首をふった。
「そうよね、あなたが今はアシュレイなのだけど…私は下級生を演じるわけだし」
チラリとお義兄様を見るが、どこを見ているのかわからない表情をしている。まあ、こういう時役に立つような女性関係があるようなら、お嫁さん問題などとっくに解決しているわよね…


「どうかしましたか?」
突然、マリアが壁際にむかって話しかけた。一瞬、また妖精かバロウズでも現れたのかと思ったけれど、暗がりからそっと現れたのは、私についていた7人の侍女のひとり。
「ナンシー、さん?」

私が言うと、ハイと彼女は頭をさげた。
「お二人が話し始めたとき、ほかの使用人はさげましたので」
私はほっと胸を撫で下ろした。公爵家に口の軽い使用人はいないはずだけれど、いくら精霊の加護に頼るこの国だといっても、こうまで奇妙なことがおきては大騒ぎになって、お茶会どころではなくなってしまうわ。

「私たちが微力ながら、お手伝い致します」
なるほど、と私はうなづいた。私がお茶会をひらくとき、いつも手伝っていたのは彼女たちだ。私がお茶会をひらくときの手順を、よく知っているはず。

「きまりですね、日付は…二週間後の水曜日にしましょう。休息日で医学部が閉まりますから、流石のお兄様もおやすみになるはず。いいでしょうか?」
マリアに微笑みかけられて、たじろぎながらもうなづいた。
マリアもまた、私の体に入ることでいくらか影響をうけているようね。これならお茶会の用意も恙無く終えられそう…かな?

「でも、レイモンド様まで巻き込んで大丈夫かしら?」
私がポツリというと、お義兄様が首をかしげた。

「アシュレイお姉様?兄は剣こそ持ち歩きませんがかといって全く戦力外というわけではないです」
え、そうなの?
「とても優しい方なので、悪鬼のようなものでも人のかたちをしている以上傷つけるようなことはできないのでは、とおもったのだけど」
「……まあ、優しいといえば優しいかもしれませんけど、兄はそこまで天使のような人って訳ではありませんよ?」
マリアは首をふりながら言った。

「お兄様が乗馬でもらったばかりのきんきらのトロフィの馬の首を折ったときは、一週間も口をきいてくれませんでしたし。お兄様が好きだった女の子について書いた詩を、その子に勝手に見せたときは、それからひと月もおやつを献上しないと許してくれませんでした」

マリアが一方的に悪い。よく許してもらえたわね。
するとお義兄様が私をちらりとみた。

「アシュレイ、私は最近のトロフィはないが愛馬のマルチネスの…」
「やめて、馬がかわいそうです」
というかほんものの馬の首なんて令嬢がうっかり折るものじゃないでしょ。

しょんぼり、といった様子のお義兄様に、私はつい笑みがこぼれた。
「私とお義兄様はたしかに喧嘩したこともありませんが、色々なところへ連れていって下さったことはちゃんと覚えておりますわ」

思えばピクニックでも、皇室の茶会でも、詩の会や読書会でもお義兄様がエスコートだった。だいたいルディ殿下とミュシャが来て無茶苦茶にするので楽しいことなんてなかったけれど、渋面をくずさなくともお義兄様はちゃんと最後までエスコートしてくれていた。まだ10代のお義兄様が幼い私を連れ出すのは大変だったとおもう。とても感謝しているのだ。

その話をすると、お義兄様は
「そうか」
と、嬉しそうに照れて笑う。屋敷の呪いのせいでわからなかったけど、本当はよく笑う方なのかもしれないわ。その笑顔を、マリアはなぜかちょっと不思議そうな表情で眺めていた。

◇◇◇◇◇◇◇
夜、色々起きるのにもちょっとは慣れてきた。

「おかえり、ミルラ」
窓をあけてやるとミルラはなぜか心配といわんばかりの表情で、部屋にはいってきた。
「どうだった?騎士はマリアをどうした?」
え?と首を傾げる。

「首はまだつながってる?」
私は慌ててうなづいた。
「もちろんよ、お義兄様はマリアを助けてくれるそうよ。ミュシャを公爵邸へおびきだして、倒すのも手伝ってくれるそうだから」
え、とミルラはなぜか顔をしかめた。
「悪鬼を倒す?どうやってさ」
「どうって……剣で?」
私がお義兄様の剣の真似をしてみせると、

「あのさ、人間はあいつらを悪鬼っていうけど、あいつらがなんなのか知ってるのか?」
ミルラは、ふらりと私の前にとんできた。
「あいつらは、おまえたち人間の欲の、成れの果てなんだ。きかないよ、剣なんか」
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