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悪役令嬢が去ったあと

メイド長の顛末

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霧がすうっと私の回りから消えてゆくと、なぜか私は皇宮の渡り廊下をていた。

くるり、と回ってみて気がつく。私の体はさっき見たミルラ位の大きさに縮んでいるのだ。
「《どういうことなの?》」
私は夢をみているのかしら? 

ふと、足元に誰かがやってきた。
「謝罪などとよくも言えたものだ」
ひたすらに冷たい、その声は聞きなれたもので、お義兄様だとすぐに分かった。

背は他の人たちより頭ひとつ高くて、さらさらの黒い髪は短く切られている。青い瞳はコバルトガラスのようで、その眼光は騎士らしくとても鋭い。

だまっていれば古代の彫刻のように美しい人だけれど、その眼光のせいか厳格な性格のせいか、浮いた噂はなくて、社交の場でも男性とは話できても女性となるとかなり遠巻きにされていた。
『心臓が氷でできている』
『キンバリーの氷像』
なんて言われることさえあった。

そうね、確かに言葉は鋭いし、いつも渋面だものね。でも、その渋面は義理の妹である私に向けられたものなのだ。多忙な父と、他に想う女性がいる婚約者にかわって、義妹をつれ回さなければならなかったお義兄様。いつも不機嫌で、眉間に力がはいるのも、頭痛を起こすのも仕方がなかったと思う。

一応悪いと思っていたから、頭痛で休んでらっしゃるときはカモミールティを淹れて侍従にもたせたりはしていたのだけど。

でも、私がいなくなった今もタテ皺は解消されていないのはなぜ?皇宮との交渉が上手くいっていないのかしら?

そろそろと近づいてみる。でもこちらの声や姿は、全くお義兄様には見えないみたい。まるで、何かガラスのようなものの向こう側を見せられてでもいるように。

「何度も申し上げておりますが、メイド長が用意したのは下剤、しかも、飲ませるつもりだったのは妹君様ではなく、ミュシャですので」
ペコペコと頭を下げながらついていくのは、侍従長だ。
「だが実際使われたのは猛毒だった。そして飲んだのはアシュレイだ」
苛烈とも言える言い方で、言葉を遮る。

そこへ、例のメイド長がふらふらとちかづいてゆくのがみえた。尋問でも受けたのか、いつもは新品のようにキレイなお仕着せがボロボロに着崩れている。
「貴方がテオドア・キンバリー公爵令息様でしょうか?」
使用人に気軽く話しかけられて、お義兄様は眉をよせた。
「だったらなんだというのだ」
「この皇宮の、誉れ高き東宮殿に仕えております、メイド長でございます」
おい、勝手に、とかなんとか侍従長が止めにはいるがメイド長は何故かニヤニヤと笑っている。

「何が言いたい?」
お義兄様は睨み付けたけれど、メイド長はいいえと首をふりながらまだ笑っている。
「ただ、私どもが起こしたで、閣下が懸念されているような事態は免れたとは思いませんか?」

は?と私は眉をよせた。お義兄様も同様だったのだろう、メイド長は腕をのばしてヒラヒラと掌をお義兄様の顔の前でふった。
「つまり、公爵家は私のような忠義ものを雇うおつもりがあるのではと…あの売女の娘が公爵家を乗っ取る心配がなくなったのは私の働きでございますが、かわりに私は皇宮を解雇されることになりましたので…」

ドサッと人が倒れるような音がした。。メイド長は床に倒れて頬を押さえてうずくまり、お義兄様は冷たくそれを見下ろしている。
「キンバリー殿!何ということを!ここは皇宮ですぞ!」
侍従長が止めにはいるが、あまりのことに声がふるえている。貴族が皇宮で公然と暴力を振るうなんて前代未聞だわ。

「私の義妹いもうとを愚弄し、毒殺しようとした女だ。さっきの会話を聞いただろう?この女…今切って捨てなかったのは、アシュレイが目を覚ましてから、縛り首になるこの女を見せてやるためだ!」

廻廊の高い天井に、轟々とお義兄様の声が響いた。

こんなふうに怒りをぶつけるお義兄様ははじめてみた。いつだって冷たすぎるほど冷静で、剣は民のためにあるというのが信条の、公爵家の誇りのためだけに生きているようなお義兄様が。

「も、申し訳ございません!どうか、命だけは!」
「それはアシュレイに言え。その時まだ口がきけたらだがな……衛兵、この女を地下牢へ。貴族に無礼をはたらいた」
それを聞いたメイド頭は寄ってきた衛兵から逃れようと体を捩りながら、
「なぜ私だけが?皆していたじゃないの!おまえ、侍従長!おまえだって!」
連れ去られるメイド頭を見もせずに、お義兄様は両手で顔を覆っていた。

また頭痛がするのかしら?私が側にいるなら、いつものカモミール茶を淹れてあげるのだけれど。

手の隙間から、ちらりとその悲痛な表情が見えた。

あまりにもつらそうだわ、無理せず屋敷にもどったほうがいいみたい。
「……アシュレイ」

呼ばれて、声が届かない自分をもどかしく思う。ただでさえ多忙なお義兄様に、とんでもない面倒ごとをおしつけてしまったわ。体をこわさないといいのだけれど。


ぱり、ぱりっと薄氷が割れるような音がして、その世界が崩れていく。
「《見たろ?あの乱暴な騎士!》」
お義兄様は乱暴者なんかじゃないわ!とくちにだそうとして、私はベッドの上で目を覚ました。


「……夢?なの?」
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