上 下
8 / 33
幽霊と時計の秘密

とりかえ子の言うことには

しおりを挟む
天幕を覗きこんだフィオラは、誰かに目一杯の力で突き飛ばされた。

「あんたなんか!呪われちまえ!」
びっくりして相手を見上げると、昼に見かけたリステル伯爵家の次女、アリアナだった。

夕方見るとさらにその姿は神秘的なものだ。しかし、口調はというと
「あっちいっててよ!腹立つやつ」
とても伯爵令嬢とは思えない、口の悪さにフィオラは眼をまるくしているほかない。

「…リステル伯爵令嬢さま、あの、おうちのかたはどうなさったの?」
言えるとしたらそれくらいだった。フィオラにとって、貴族令嬢がこれほど荒っぽい言動をするというのを、みたことがなかったからだ。

それをきくと、アリアナはギャーッと叫び声をあげて泣き出した。耳を貫くような幼児の泣き声に、アリアナは戸惑い、一瞬耳をふさいだ。



目を閉じると、遠退く泣き声にまた昔の記憶が甦る。

フィロニア王妃は三人の男子を育てていた。

自分の産んだ息子は産まれて三月みつきもしないうちに、反乱を企てた罪を着せられ処刑されたので、乳が出るということでミアの産んだ息子の乳母がわりをしていたのだ。

三人ともそれは元気な王子だった。はじめこそミアの息子など、と思ったフィロニアだったけれど、乳をあたえ、襁褓をかえてあたたかくて柔らかい頬やまるい頭にほおずりするうち、どの子も愛らしく、普段の王宮殿での酷い扱いさえ、いっとき忘れられた。……皆ちゃんと大人になれたと書いてあったけれど、あのあと幸せでいれたのかしら?


ふと、目をあけるとまだ泣きじゃくるアリアナの頭がみえた。耳に当てていた手を離し、いいこ、とその頭を撫でる。
「いたずらして叱られましたの?それとも、迷い児になりましたの?私は怖くありませんよ。さあ、いいこ、いいこね」

そっと歌うように声をかけると、アリアナが顔をあげた。涙と鼻水をハンカチでふいてやり、どうしましたの?ときいた。
「お姉さまが、乳母とかえってしまったの。馬車は残してあるけど、私は一人で帰れって」
フィオラは首をかしげた。馬車だけのこされても、アリアナは馬車をあやつれまい。

「馬丁は?」
するとアリアナは、勿論馬車にいるわよ、と応えた。つまりこの子の姉はけしてアリアナをひとり司祭邸に置いていったわけではないようだ。
「アリアナさまはお姉さまと帰りたかったのね?」
そう尋ねると、アリアナはまたギャーッと泣きはじめた。

「あいつ、あたしのことチェンジリングとりかえ子って呼ぶんだ!あたしはちゃんと!やってるのに!叱るんだ!」

フィオラはため息をついた。『ちゃんとやってる』なら、こんなに粗暴であるはずがない。成る程、普段からこれでは伯爵令嬢が妹を疎んじるのも、むりはないかもしれない。

「私は伯爵邸の事情はわかりませんが…アリアナ様。リアムは四歳ですが、そのような振る舞いをしません。家庭教師は、アリアナ様にはおりませんの?」
アリアナはがばっと顔をあげ、あんなの必要ない。と言い切った。
「私のことを鞭や定規で打つから、お姉さまが辞めさせた奴らなんか」

ふむ、とフィオラは口元を手で覆ってかんがえこんだ。チェンジリング、という言い方といい、伯爵令嬢は妹をただ嫌っていると思ったけれど、妹が痛い思いをするのはイヤだったようだ。しかし…
「伯爵と伯爵夫人は?アリアナさまを迎えにいらっしゃらないの?」

すると、アリアナはフィオラのハンカチで涙を拭きながら、
「お母様はずっとまえから、部屋から出てこない」
と言った。
「お父様はあたしのこと、お父様の子じゃないって!」
そう言ってわあわあ泣きじゃくる。

ううん、とフィオラは天をあおいだ。なんとなく、リステル伯爵邸の事情はわかった。けれど、フィオラは司祭の娘で、しかも六歳なのだ。好きに友達の家にも訪問できない年齢のフィオラが、介入できるわけもない。


とりあえず、帰ってもらいたい。とフィオラは立ち上がった。リアムが寝てしまった以上、このままここに居てはバセッティにまた何を言われるかわからない。どうしようか、と迷いはじめたとき、
「あのう、いもうと嬢様、司祭さんの嬢さま?」
と声が聞こえた。

天幕のそとへ顔をだしてみると、腰の曲がった老爺がひとり、帽子を胸のまえへ持って立っていた。
「そろそろ帰らねえと、わしがねえさん嬢さまに叱られますんで」
と、頭をさげる。どうやらアリアナの家の馬丁らしい。アリアナは鼻を啜ってから、ふん、と顔をそらした。
「わかったわよ、帰るわよ」

「さようなら、リステル伯爵令嬢さま」
フィオラはスカートをひく仕草をして、丁寧に頭を下げたけれど、アリアナは赤ん坊のようにバイバイと手をふり、去っていった。
フィオラはため息をつき、リアムの友達としては、あれでは無理ね、と首を振った。



まさか、この伯爵令嬢姉妹に、この先もであうことになるなんて、フィオラは思いもしなかったのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

【完結】悪役令嬢に転生したのでこっちから婚約破棄してみました。

ぴえろん
恋愛
私の名前は氷見雪奈。26歳彼氏無し、OLとして平凡な人生を送るアラサーだった。残業で疲れてソファで寝てしまい、慌てて起きたら大好きだった小説「花に愛された少女」に出てくる悪役令嬢の「アリス」に転生していました。・・・・ちょっと待って。アリスって確か、王子の婚約者だけど、王子から寵愛を受けている女の子に嫉妬して毒殺しようとして、その罪で処刑される結末だよね・・・!?いや冗談じゃないから!他人の罪で処刑されるなんて死んでも嫌だから!そうなる前に、王子なんてこっちから婚約破棄してやる!!

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

【完結】愛に溺れたらバッドエンド!?巻き戻り身を引くと決めたのに、放っておいて貰えません!

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢ジスレーヌは、愛する婚約者リアムに尽くすも、 その全てが裏目に出ている事に気付いていなかった。 ある時、リアムに近付く男爵令嬢エリザを牽制した事で、いよいよ愛想を尽かされてしまう。 リアムの愛を失った絶望から、ジスレーヌは思い出の泉で入水自害をし、果てた。 魂となったジスレーヌは、自分の死により、リアムが責められ、爵位を継げなくなった事を知る。 こんなつもりではなかった!ああ、どうか、リアムを助けて___! 強く願うジスレーヌに、奇跡が起こる。 気付くとジスレーヌは、リアムに一目惚れした、《あの時》に戻っていた___ リアムが侯爵を継げる様、身を引くと決めたジスレーヌだが、今度はリアムの方が近付いてきて…?   異世界:恋愛 《完結しました》  お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

処理中です...