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幽霊と時計の秘密
とりかえ子の言うことには
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天幕を覗きこんだフィオラは、誰かに目一杯の力で突き飛ばされた。
「あんたなんか!呪われちまえ!」
びっくりして相手を見上げると、昼に見かけたリステル伯爵家の次女、アリアナだった。
夕方見るとさらにその姿は神秘的なものだ。しかし、口調はというと
「あっちいっててよ!腹立つやつ」
とても伯爵令嬢とは思えない、口の悪さにフィオラは眼をまるくしているほかない。
「…リステル伯爵令嬢さま、あの、おうちのかたはどうなさったの?」
言えるとしたらそれくらいだった。フィオラにとって、貴族令嬢がこれほど荒っぽい言動をするというのを、みたことがなかったからだ。
それをきくと、アリアナはギャーッと叫び声をあげて泣き出した。耳を貫くような幼児の泣き声に、アリアナは戸惑い、一瞬耳をふさいだ。
目を閉じると、遠退く泣き声にまた昔の記憶が甦る。
フィロニア王妃は三人の男子を育てていた。
自分の産んだ息子は産まれて三月もしないうちに、反乱を企てた罪を着せられ処刑されたので、乳が出るということでミアの産んだ息子の乳母がわりをしていたのだ。
三人ともそれは元気な王子だった。はじめこそミアの息子など、と思ったフィロニアだったけれど、乳をあたえ、襁褓をかえてあたたかくて柔らかい頬やまるい頭にほおずりするうち、どの子も愛らしく、普段の王宮殿での酷い扱いさえ、いっとき忘れられた。……皆ちゃんと大人になれたと書いてあったけれど、あのあと幸せでいれたのかしら?
ふと、目をあけるとまだ泣きじゃくるアリアナの頭がみえた。耳に当てていた手を離し、いいこ、とその頭を撫でる。
「いたずらして叱られましたの?それとも、迷い児になりましたの?私は怖くありませんよ。さあ、いいこ、いいこね」
そっと歌うように声をかけると、アリアナが顔をあげた。涙と鼻水をハンカチでふいてやり、どうしましたの?ときいた。
「お姉さまが、乳母とかえってしまったの。馬車は残してあるけど、私は一人で帰れって」
フィオラは首をかしげた。馬車だけのこされても、アリアナは馬車をあやつれまい。
「馬丁は?」
するとアリアナは、勿論馬車にいるわよ、と応えた。つまりこの子の姉はけしてアリアナをひとり司祭邸に置いていったわけではないようだ。
「アリアナさまはお姉さまと帰りたかったのね?」
そう尋ねると、アリアナはまたギャーッと泣きはじめた。
「あいつ、あたしのことチェンジリングって呼ぶんだ!あたしはちゃんと!やってるのに!叱るんだ!」
フィオラはため息をついた。『ちゃんとやってる』なら、こんなに粗暴であるはずがない。成る程、普段からこれでは伯爵令嬢が妹を疎んじるのも、むりはないかもしれない。
「私は伯爵邸の事情はわかりませんが…アリアナ様。リアムは四歳ですが、そのような振る舞いをしません。家庭教師は、アリアナ様にはおりませんの?」
アリアナはがばっと顔をあげ、あんなの必要ない。と言い切った。
「私のことを鞭や定規で打つから、お姉さまが辞めさせた奴らなんか」
ふむ、とフィオラは口元を手で覆ってかんがえこんだ。チェンジリング、という言い方といい、伯爵令嬢は妹をただ嫌っていると思ったけれど、妹が痛い思いをするのはイヤだったようだ。しかし…
「伯爵と伯爵夫人は?アリアナさまを迎えにいらっしゃらないの?」
すると、アリアナはフィオラのハンカチで涙を拭きながら、
「お母様はずっとまえから、部屋から出てこない」
と言った。
「お父様はあたしのこと、お父様の子じゃないって!」
そう言ってわあわあ泣きじゃくる。
ううん、とフィオラは天をあおいだ。なんとなく、リステル伯爵邸の事情はわかった。けれど、フィオラは司祭の娘で、しかも六歳なのだ。好きに友達の家にも訪問できない年齢のフィオラが、介入できるわけもない。
とりあえず、帰ってもらいたい。とフィオラは立ち上がった。リアムが寝てしまった以上、このままここに居てはバセッティにまた何を言われるかわからない。どうしようか、と迷いはじめたとき、
「あのう、いもうと嬢様、司祭さんの嬢さま?」
と声が聞こえた。
天幕のそとへ顔をだしてみると、腰の曲がった老爺がひとり、帽子を胸のまえへ持って立っていた。
「そろそろ帰らねえと、わしがねえさん嬢さまに叱られますんで」
と、頭をさげる。どうやらアリアナの家の馬丁らしい。アリアナは鼻を啜ってから、ふん、と顔をそらした。
「わかったわよ、帰るわよ」
「さようなら、リステル伯爵令嬢さま」
フィオラはスカートをひく仕草をして、丁寧に頭を下げたけれど、アリアナは赤ん坊のようにバイバイと手をふり、去っていった。
フィオラはため息をつき、リアムの友達としては、あれでは無理ね、と首を振った。
まさか、この伯爵令嬢姉妹に、この先もであうことになるなんて、フィオラは思いもしなかったのだ。
「あんたなんか!呪われちまえ!」
びっくりして相手を見上げると、昼に見かけたリステル伯爵家の次女、アリアナだった。
夕方見るとさらにその姿は神秘的なものだ。しかし、口調はというと
「あっちいっててよ!腹立つやつ」
とても伯爵令嬢とは思えない、口の悪さにフィオラは眼をまるくしているほかない。
「…リステル伯爵令嬢さま、あの、おうちのかたはどうなさったの?」
言えるとしたらそれくらいだった。フィオラにとって、貴族令嬢がこれほど荒っぽい言動をするというのを、みたことがなかったからだ。
それをきくと、アリアナはギャーッと叫び声をあげて泣き出した。耳を貫くような幼児の泣き声に、アリアナは戸惑い、一瞬耳をふさいだ。
目を閉じると、遠退く泣き声にまた昔の記憶が甦る。
フィロニア王妃は三人の男子を育てていた。
自分の産んだ息子は産まれて三月もしないうちに、反乱を企てた罪を着せられ処刑されたので、乳が出るということでミアの産んだ息子の乳母がわりをしていたのだ。
三人ともそれは元気な王子だった。はじめこそミアの息子など、と思ったフィロニアだったけれど、乳をあたえ、襁褓をかえてあたたかくて柔らかい頬やまるい頭にほおずりするうち、どの子も愛らしく、普段の王宮殿での酷い扱いさえ、いっとき忘れられた。……皆ちゃんと大人になれたと書いてあったけれど、あのあと幸せでいれたのかしら?
ふと、目をあけるとまだ泣きじゃくるアリアナの頭がみえた。耳に当てていた手を離し、いいこ、とその頭を撫でる。
「いたずらして叱られましたの?それとも、迷い児になりましたの?私は怖くありませんよ。さあ、いいこ、いいこね」
そっと歌うように声をかけると、アリアナが顔をあげた。涙と鼻水をハンカチでふいてやり、どうしましたの?ときいた。
「お姉さまが、乳母とかえってしまったの。馬車は残してあるけど、私は一人で帰れって」
フィオラは首をかしげた。馬車だけのこされても、アリアナは馬車をあやつれまい。
「馬丁は?」
するとアリアナは、勿論馬車にいるわよ、と応えた。つまりこの子の姉はけしてアリアナをひとり司祭邸に置いていったわけではないようだ。
「アリアナさまはお姉さまと帰りたかったのね?」
そう尋ねると、アリアナはまたギャーッと泣きはじめた。
「あいつ、あたしのことチェンジリングって呼ぶんだ!あたしはちゃんと!やってるのに!叱るんだ!」
フィオラはため息をついた。『ちゃんとやってる』なら、こんなに粗暴であるはずがない。成る程、普段からこれでは伯爵令嬢が妹を疎んじるのも、むりはないかもしれない。
「私は伯爵邸の事情はわかりませんが…アリアナ様。リアムは四歳ですが、そのような振る舞いをしません。家庭教師は、アリアナ様にはおりませんの?」
アリアナはがばっと顔をあげ、あんなの必要ない。と言い切った。
「私のことを鞭や定規で打つから、お姉さまが辞めさせた奴らなんか」
ふむ、とフィオラは口元を手で覆ってかんがえこんだ。チェンジリング、という言い方といい、伯爵令嬢は妹をただ嫌っていると思ったけれど、妹が痛い思いをするのはイヤだったようだ。しかし…
「伯爵と伯爵夫人は?アリアナさまを迎えにいらっしゃらないの?」
すると、アリアナはフィオラのハンカチで涙を拭きながら、
「お母様はずっとまえから、部屋から出てこない」
と言った。
「お父様はあたしのこと、お父様の子じゃないって!」
そう言ってわあわあ泣きじゃくる。
ううん、とフィオラは天をあおいだ。なんとなく、リステル伯爵邸の事情はわかった。けれど、フィオラは司祭の娘で、しかも六歳なのだ。好きに友達の家にも訪問できない年齢のフィオラが、介入できるわけもない。
とりあえず、帰ってもらいたい。とフィオラは立ち上がった。リアムが寝てしまった以上、このままここに居てはバセッティにまた何を言われるかわからない。どうしようか、と迷いはじめたとき、
「あのう、いもうと嬢様、司祭さんの嬢さま?」
と声が聞こえた。
天幕のそとへ顔をだしてみると、腰の曲がった老爺がひとり、帽子を胸のまえへ持って立っていた。
「そろそろ帰らねえと、わしがねえさん嬢さまに叱られますんで」
と、頭をさげる。どうやらアリアナの家の馬丁らしい。アリアナは鼻を啜ってから、ふん、と顔をそらした。
「わかったわよ、帰るわよ」
「さようなら、リステル伯爵令嬢さま」
フィオラはスカートをひく仕草をして、丁寧に頭を下げたけれど、アリアナは赤ん坊のようにバイバイと手をふり、去っていった。
フィオラはため息をつき、リアムの友達としては、あれでは無理ね、と首を振った。
まさか、この伯爵令嬢姉妹に、この先もであうことになるなんて、フィオラは思いもしなかったのだ。
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