2 / 38
私にまつわる日常的な困難について
幼馴染をエスコートしましたが
しおりを挟む
その期待は新学期を前にして、夏至の夜会でばらばらに砕け散ることになった。
その夜、14になった令嬢たちはデビュタントを迎えることになっていた。私も久しぶりに社交界へ顔を出し、エリーゼをエスコートするはこびとなった。
見目だけはずば抜けて麗しいエリーゼだ。多分、この日一番美しいデビュタントは彼女だったろう。
そんな美少女をエスコートする、ということは、私の僅かな矜持を満足させてくれた。
大広間には既に王侯貴族が着飾って、思い思いに過ごしていたが、エリーゼの名前が呼ばれ、姿を現したとき、彼らはみな、はっと息をのんだ。
私はエリーゼの手をとったまま、つい口元が緩んでしまわないよう奥歯を噛み締めていなければならなかった。
そんなちょっとした優越感など吹っ飛ぶ大事件が、このあと起きるとは、その時は思いもしなかったのだ。
「お前、噂になっているぞ」
エリーゼが女王陛下へ謁見するため、他のデビュタントと隣室へむかったあと、囁きかけて来たのはマリアテレサ女王陛下の長男、ヴィルヘルム皇太子だ。背筋が凍るとはこのことだろう。
「殿下、それは、どのような?」
カラカラになった舌が絡まりながら尋ねると、皇太子優雅に一礼してから、踊れよ、と笑いかけてきた。んん?私に女役を踊れと命じてるのか?
それはもう、地獄のようなひとときだった。そもそもこれはなんなのだろうか?
大勢の子息令嬢の揃ったデビュタントの夜に、エスコートしてきたエリーゼを差し置いて、男である皇太子と踊る。いくら皇太子が絶世の美男子だとしても、こんなバカな話があっていいわけがない。
目立つな、事を荒立てるなという父と母の教えが、何より私に重くのしかかってきた。
「あの、これは一体?」
王の子である皇太子に、こちらから声をかけてはならないのは、分かりきっている。しかし、こんな無茶苦茶をされては、そうも言ってはいられなかった。
「彼女は、コーデリア宰相の娘だろう?」
そう言われて、はい、と答えた。ぐるりとターンさせられ、腰を抱き込まれて、密着したあまりのむさ苦しさに唸るしかなかった。
上背があるからちょうど私の顔が胸板にあたる。見た目より鍛えてあるのか、最悪に固いな。
「随分好かれているそうではないか?」
成る程と頷いた。美しいデビュタントが、つまらない斜陽貴族の息子と現れた、ということがプライドの高い皇太子には気に入らなかったのだろう。
ましてそのデビュタントが、実力者である宰相の娘であればなおさらだ。
「エリーゼは幼馴染ですが、それ以上でも以下でも御座いません……お望みでございましたら、エリーゼを御前へ連れてまいりますが、う!」
たのむからあまり強く締め上げないでほしい。ほぼ抱き寄せられている感じがとても、イヤなのだ。
助けを求めてエリーゼが去った謁見の間の扉を見ると、ちょうど彼女が扉の前に立っていた。
なぜか頬をそめ、それはそれはうれしげに両手をたたいては微笑みをうかべ、トウトイ、マジカミ、などと唱えている。やめろ、その詠唱をすぐ止めてくれ。そのせいで皆が私を奇異な目で見るじゃないか。
せめてと私は豪奢なシャンデリアの下がる天井を見上げた。うん、まちがいなくキレイだなあ、うん、もうすぐおわるかなあ…
その夜、14になった令嬢たちはデビュタントを迎えることになっていた。私も久しぶりに社交界へ顔を出し、エリーゼをエスコートするはこびとなった。
見目だけはずば抜けて麗しいエリーゼだ。多分、この日一番美しいデビュタントは彼女だったろう。
そんな美少女をエスコートする、ということは、私の僅かな矜持を満足させてくれた。
大広間には既に王侯貴族が着飾って、思い思いに過ごしていたが、エリーゼの名前が呼ばれ、姿を現したとき、彼らはみな、はっと息をのんだ。
私はエリーゼの手をとったまま、つい口元が緩んでしまわないよう奥歯を噛み締めていなければならなかった。
そんなちょっとした優越感など吹っ飛ぶ大事件が、このあと起きるとは、その時は思いもしなかったのだ。
「お前、噂になっているぞ」
エリーゼが女王陛下へ謁見するため、他のデビュタントと隣室へむかったあと、囁きかけて来たのはマリアテレサ女王陛下の長男、ヴィルヘルム皇太子だ。背筋が凍るとはこのことだろう。
「殿下、それは、どのような?」
カラカラになった舌が絡まりながら尋ねると、皇太子優雅に一礼してから、踊れよ、と笑いかけてきた。んん?私に女役を踊れと命じてるのか?
それはもう、地獄のようなひとときだった。そもそもこれはなんなのだろうか?
大勢の子息令嬢の揃ったデビュタントの夜に、エスコートしてきたエリーゼを差し置いて、男である皇太子と踊る。いくら皇太子が絶世の美男子だとしても、こんなバカな話があっていいわけがない。
目立つな、事を荒立てるなという父と母の教えが、何より私に重くのしかかってきた。
「あの、これは一体?」
王の子である皇太子に、こちらから声をかけてはならないのは、分かりきっている。しかし、こんな無茶苦茶をされては、そうも言ってはいられなかった。
「彼女は、コーデリア宰相の娘だろう?」
そう言われて、はい、と答えた。ぐるりとターンさせられ、腰を抱き込まれて、密着したあまりのむさ苦しさに唸るしかなかった。
上背があるからちょうど私の顔が胸板にあたる。見た目より鍛えてあるのか、最悪に固いな。
「随分好かれているそうではないか?」
成る程と頷いた。美しいデビュタントが、つまらない斜陽貴族の息子と現れた、ということがプライドの高い皇太子には気に入らなかったのだろう。
ましてそのデビュタントが、実力者である宰相の娘であればなおさらだ。
「エリーゼは幼馴染ですが、それ以上でも以下でも御座いません……お望みでございましたら、エリーゼを御前へ連れてまいりますが、う!」
たのむからあまり強く締め上げないでほしい。ほぼ抱き寄せられている感じがとても、イヤなのだ。
助けを求めてエリーゼが去った謁見の間の扉を見ると、ちょうど彼女が扉の前に立っていた。
なぜか頬をそめ、それはそれはうれしげに両手をたたいては微笑みをうかべ、トウトイ、マジカミ、などと唱えている。やめろ、その詠唱をすぐ止めてくれ。そのせいで皆が私を奇異な目で見るじゃないか。
せめてと私は豪奢なシャンデリアの下がる天井を見上げた。うん、まちがいなくキレイだなあ、うん、もうすぐおわるかなあ…
0
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
あれ?なんでこうなった?
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。
…‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!!
そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。
‥‥‥あれ?なんでこうなった?
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです
かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。
強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。
これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
糞ゲーと言われた乙女ゲームの悪役令嬢(末席)に生まれ変わったようですが、私は断罪されずに済みました。
メカ喜楽直人
ファンタジー
物心ついた時にはヴァリは前世の記憶を持っていることに気が付いていた。国の名前や自身の家名がちょっとダジャレっぽいなとは思っていたものの特に記憶にあるでなし、中央貴族とは縁もなく、のんきに田舎暮らしを満喫していた。
だが、領地を襲った大嵐により背負った借金のカタとして、准男爵家の嫡男と婚約することになる。
──その時、ようやく気が付いたのだ。自分が神絵師の無駄遣いとして有名なキング・オブ・糞ゲー(乙女ゲーム部門)の世界に生まれ変わっていたことを。
しかも私、ヒロインがもの凄い物好きだったら悪役令嬢になっちゃうんですけど?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる