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歳昔
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それは、何とも奇妙な体験だった。
初めに意識が行ったのは、嗅覚。砂が舞い上がったと思しき泥臭い空気を、思いっきり吸い込んでしまった。それに咳き込んで、私は目覚める。口元に手をやり、何が起きたんだと首を回す。まず視界に飛び込んできたのは、人間の顔だった。見開いた目は虚空を眺め、黄色く変色した歯が剥き出しになっている。
その人間を“死体”と意識した刹那、今度は聴覚が覚醒した。突然降り掛かる鼓膜を破らんとする爆音に、キーンと耳鳴りがする。ようやく死体から目を逸らした先では、歴史映画で見たような戦車がこちらに砲台を向けているではないか。
私はどうしてか上手く動かない体を捩り、必死にその砲撃から逃れようともがいた。だが、間もなく戦車は砲を放った。近くに着弾したらしく、私の体は暫し宙を舞った。地面に叩き付けられるまでの数秒は生きた心地がしなかった。
背中から着地した私は、呼吸が喉に詰まり、砂埃が目にしみた。やけに埃臭かったこれが硝煙の香りだと気付いた頃には、私の体は逃げなければという意思に反して地面に転がったままだった。
荒い呼吸をするだけの生き物に成り果てた私の元に、誰かが駆け寄ってくる音がした。カチャリと鳴った方へどうにか顔だけを向けると、真っ黒な銃口がこちらを覗いていた。何処からか垂れてきた血で開かなくなった右目の代わりに、左目でどうにかその人物にピントを合わせると、茶褐色の軍服に身を包んだ青年が、私に銃を突き付けているのが見えた。
二十代前半ぐらいだろうか。まだ若さの残る顔には、何の感情も写っていなかった。ただ、眉根にこれでもかと皺を寄せ、目をギラギラと光らせている。
私は助けを乞うことも出来ずに、青年の一発の銃弾にトドメを刺された。意識が底に沈むその瞬間、青年の口角がニヤリと歪んだように見えた。
そんな夢から醒めた私は、冷や汗をかいたシャツをそのままに、二階の和室に真っ直ぐ向かった。そうして仏壇の裏から古びた写真を引っ張り出すことで、それまであった急かされるような感覚が消えて、私はその場にへなへなと座り込んだ。
色褪せた四角いそこには、夢に出てきたあの軍服の青年が、眉根に皺を寄せた顰めっ面で写っていた。まだ震えている手で写真を裏返すと、私の祖父の名前と没年が書かれており、よく祖母に祖父は二十三という若さで戦死したと聞かされていたことを思い出した。
では、仮に夢に出てきたあの青年が祖父だったとして、青年が笑ったように見えたのは何だったのだろうか。
夢から醒めてしまった私には、もう判断がつかなかった。
初めに意識が行ったのは、嗅覚。砂が舞い上がったと思しき泥臭い空気を、思いっきり吸い込んでしまった。それに咳き込んで、私は目覚める。口元に手をやり、何が起きたんだと首を回す。まず視界に飛び込んできたのは、人間の顔だった。見開いた目は虚空を眺め、黄色く変色した歯が剥き出しになっている。
その人間を“死体”と意識した刹那、今度は聴覚が覚醒した。突然降り掛かる鼓膜を破らんとする爆音に、キーンと耳鳴りがする。ようやく死体から目を逸らした先では、歴史映画で見たような戦車がこちらに砲台を向けているではないか。
私はどうしてか上手く動かない体を捩り、必死にその砲撃から逃れようともがいた。だが、間もなく戦車は砲を放った。近くに着弾したらしく、私の体は暫し宙を舞った。地面に叩き付けられるまでの数秒は生きた心地がしなかった。
背中から着地した私は、呼吸が喉に詰まり、砂埃が目にしみた。やけに埃臭かったこれが硝煙の香りだと気付いた頃には、私の体は逃げなければという意思に反して地面に転がったままだった。
荒い呼吸をするだけの生き物に成り果てた私の元に、誰かが駆け寄ってくる音がした。カチャリと鳴った方へどうにか顔だけを向けると、真っ黒な銃口がこちらを覗いていた。何処からか垂れてきた血で開かなくなった右目の代わりに、左目でどうにかその人物にピントを合わせると、茶褐色の軍服に身を包んだ青年が、私に銃を突き付けているのが見えた。
二十代前半ぐらいだろうか。まだ若さの残る顔には、何の感情も写っていなかった。ただ、眉根にこれでもかと皺を寄せ、目をギラギラと光らせている。
私は助けを乞うことも出来ずに、青年の一発の銃弾にトドメを刺された。意識が底に沈むその瞬間、青年の口角がニヤリと歪んだように見えた。
そんな夢から醒めた私は、冷や汗をかいたシャツをそのままに、二階の和室に真っ直ぐ向かった。そうして仏壇の裏から古びた写真を引っ張り出すことで、それまであった急かされるような感覚が消えて、私はその場にへなへなと座り込んだ。
色褪せた四角いそこには、夢に出てきたあの軍服の青年が、眉根に皺を寄せた顰めっ面で写っていた。まだ震えている手で写真を裏返すと、私の祖父の名前と没年が書かれており、よく祖母に祖父は二十三という若さで戦死したと聞かされていたことを思い出した。
では、仮に夢に出てきたあの青年が祖父だったとして、青年が笑ったように見えたのは何だったのだろうか。
夢から醒めてしまった私には、もう判断がつかなかった。
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