地球は異世界に侵されました ~黄昏れた世界で見つけた大切な場所

七梨黒狐

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第6幕 世界の優先順位

35 A級適合者と異能の本質

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 その物腰には常人にはない違和感が感じ取れた。
 10メートル離れた場所に4名の兵士が距離をとって布陣している。
 この支部長は要人であるにも拘わらず、すぐ近くに護衛を置いてない・・・・これも違和感のひとつだ。

「キミが悠希遙架君ですね。この通り私自身は丸腰です。少し顔を見せてもらって話をしませんか?」

  なにかの交渉をしてくるつもりのようだ。
  俺は如月に目で合図を送り、うなずいた事を確認したあと周囲に注意を払いながらゆっくりと立ち上がる。

そして近づきながら会話をはじめた。

「俺を知っているなら敬語を使う必要はないだろう。只の高校生相手にその口調は大人のクセに気持ち悪いぞ?」

 おもいっきり傍若無人に答えた。
 こちらは相手の人格や真意を掴めていないので、それを掘り下げるために初対面の相手だが礼を欠いた言葉を放った。

「ふふふ、我々が雇った兵隊をことごとく突破する人間はただの高校生ではないでしょう」

「あんたらの兵隊達は学生以下だったんだな。それを雇うあんたは一般学生程度って事か?」

 あからさまな皮肉と挑発に対して反応したのは永井自身ではなくDIAC兵士達だった。
 銃口をこちらに向けて構えていた姿勢がさらにこわ張っている。

 俺の斜め後ろにいるこちらの如月はアワアワしているようだ。

 永井はそれらに動ずる事もなく続ける。

「テレキネイサーの菊池君を倒したのには驚きましたよ。彼はA級適合者でしたからね。いやいや、中々の痛手ですよ。どうですか、うちで雇われてみませんか?」

 DIACとギアーズ重工は適合者に対して級付けをしているようだ。
 キクチカズマはトップクラスだと斎藤譲治も言っていたがこの事だったのか。

「俺にはエレメンタルアーツが必要だ。それをよこしてくれるんなら奴隷のように働いてやるよ」

「それは対価が見合わない交渉ですね。さてさて興味本位での質問ですが、アナタはまるで個人的に所有しようとしてる口ぶりですね。目的はなんです?」

 俺の回答を当然予想していたかのような流れで会話を続けてきた。

「ごくごく個人的な理由だよ。だがこの目的のためなら世界だって動かしてやるつもりだ」

「何を無茶な事を・・・・と言いたい所ですが。ふふふ、怖いですね。キクチカズマの細胞を吸収したアナタは既にA級に達している筈。我が社を危険に晒す要因である事は事実でしょうね」

「他人に格付けされるのには慣れてないんだが、そう言う評価なら素直に渡して貰えれば俺たちの敵意は納めるつもりはあるぞ」

「いえいえ、受け入れられない依頼です。私達にはアーツが必要、そしてトーラスは邪魔。という事で決裂です。最後通告、お引取り願えますか?」

 初めから合意できる結末はなかった。
 だがコイツは遊び感覚で俺の前に姿を現したのだろうか。
 酔狂か?なにか絶対的な自信を持っているのか。
 もう少し掘り下げてみよう。

「お前たちの目的は知っているぞ」

「あなたが知っている?・・・・そんな筈はありません」

 俺はホークスの見せたビジョンのピースから、各企業がこれから目指す経営体制についての推測を立てていた。
 それは異粒子エネルギーを利用した事業、そして世界的支配構造の新インフラの構築競争である。
 だがそれは手始めの事業計画。
 さらには異生物の支配と異能を確保することが最終目的、軍事産業への利用だ。

 人間は異世界のあらゆる資源を手中に納めようとしている。

 だが目の前の男はそれを予測していないような答えを返してきた。という事は・・・・

「・・・・そうか、くくく。あんた、知らされてないんだな。支部長さん」

 半分ハッタリをかけたつもりだったのだがどうやら核心をついたようだった。

「本部から何も聞いていないって事は、成りたての新人部長さんだったのかな?」

「・・・・・!!」

 周囲の空気が一変した。
 威圧感のようなものが永井から放たれる。

 コイツ・・・・やはり適合者か!

「私の役職をバカにする事だけは許さないぞ・・・・ガキが!!」

 やっと本性を現した。
 A級と評価している俺に対して対等の立場で立ち塞がる以上、コイツも異能持ちの可能性が高い・・・・しかも斥力クラスのなにか強力な異能を持っているがゆえの自信だろう。
 それを早急に明かす事がこの挑発の目的だ。

「如月!」

 俺の呼び声に呼応して特殊工作部隊が4手に放射状に散開し、各々は障害物の影からライフルを構える。
 銃を持ってポジショニングした状態は、現代における最強の歩兵布陣だ。
 どうすることもできないはず。
 どうにか出来るというのならばその正体を見せてもらおう。

 永井は両手を挙げた構えから腕を振り下ろした。

 再び強大な威圧感。いや、これは圧迫感か?

 そこから発生したのは、先ほどよりも強大な重圧感であった。
 部隊員達が構える銃口が定まらないほどのもの。

 これは・・・・

「トーラスさんの戦力は把握していますよ。いま、有明虚層塔の真逆側にも適合者を布陣しているんでしょう。けれど我々はテレキネイサー以外にもA級適合者を揃えているんです。B級の斉藤譲治さん達に対処できるんでしょうかね?」

 徐々に重圧感が大きくなっていく。
 散開していた隊員はついに立っている事もできずに膝をついてしまった。
「うぅ・・・」
「か・・・・体が重い」
 耐えられず銃を地面に落として両手をついてしまう者もいる。

 対して敵側、DIACの兵士4人は苦しそうにしているが立っている。
「これで終わりです。さあ始末しなさい」

 この重圧の中で敵側は歩みを進めてきた。
 この能力は敵味方関係なく発動している様だがこちらとの動きの差に優劣が起きている。
理由は・・・・

「そいつらも適合者か」

 異粒子エネルギー結合による身体強化で撥ねのけているのだろう。

「ええ、そうです。私達は量産をして多くの適合者を生み出し、傭兵ビジネスを成功させているんですよ」

「適合者の数以上に非適合者で多くの犠牲を出してるんだろう?」
「ホントにアナタは生意気なガキですね」

 永井は人差し指を頭の横に当て、そして前へと指し示した。
 傭兵はその足取りが鈍くありつつも照準を定めて一斉に射撃する。

「がっ!!」
「ぐあああっ!!」

 かろうじて立っていた者が、銃弾に撃たれてその場でうずくまる。
 その弾は特殊工作員達の太腿へと命中してしまったのだ。

 しかしそれは命中とは言えないものだった。

 DIAC傭兵の銃口は工作員達の頭と胴体へ向けられていた。
 だが30M離れた位置からの射撃は胴体の高さまで直進せず、弾道が徐々に下がっているように見えた。
 結果的に体ではなく太股へ当たった。
 中には足元にも届かずに地面に落ちる弾丸まであった。

 人だけではなく、どうやら物質にも等しく影響を及ぼす異能。

『加重地場』か。

 トーラスの資料の中には確か玄武シュメリオンカリウスという亀型異生物の持っている異能だと記録されていた。

 ここから観察する限り、少なくとも永井から半径30M以内が圏内。
 距離が近い工作員ほど立っていられなくなっている様子から、中心地を発源点にしてそこから外へと減衰していく仕組みなのだろう。

 DIACの傭兵は銃口を上方向に補正し直して、この重力場に合わせて次の斉射に入ろうとしていた。

「ブーストトリガー展開!」

 俺は意識を加速空間に入れ、腰ベルトにつけていた小型のベアリングボールを高速の動作で構えて投球フォームに入った。

 先ほどの弾道を見て推測する、
 その傾向からおよその重力エネルギーの影響を予測して投げた。

 だがその球は前へ進むごとに、予想以上の質量となって兵士に届く前に地面に落ち、コンクリートを陥没させた。

 俺は外した球からさらに重力増加の影響予想を修正し、すかさず二発目を投球した。

 この間、わずか五秒足らず。
 この高速の動作に傭兵達の意識はついてこれていない。

 初球から当たるという期待は持っていなかったが、二球目にしてその球は兵士の胴体に命中した。
 身体強化で投げ出した球威と、重力により増加した質量を持つ金属球はバズーカ並みの威力となり、防弾チョッキの上から大衝撃をDIAC兵士に与えた。

 躊躇なく俺は二人目、三人目へと球を繰り出す。
 立ち位置が変われば距離は変わるし、角度による重力差はあるかもしれない。

 三人に体にベアリングボールをお見舞いした悶絶状態となる。
 四人目は腕へと当たるに留まった。
 意識加速を解くと銃をまともに持てない様子、射撃に影響が出る状態だろう。

 永井はこの一瞬の出来事に驚きの顔を見せる。
「な・・・・なんだと?」

 俺はわずかな瞬間に、永井の異粒子適合傭兵の過半数を無力化したのだ。

「なんなんだオマエの命中精度は!?」

 感覚加速ブースト は物事を高速に認識する能力。だが、指先のミクロ部分にまで触覚神経が行き渡る、超感覚が得られる事が本質である。

 精細なボールコントロールは軌道にクセの出る重力変動空間であっても、その傾向に対して高細補正が出来るため、腰にぶら下げている拳銃よりも、投げ慣れたベアリングボールの方がこの場の武器に適していた。

 むやみに殺しをする気はなかったのが一番の理由だが、それを実現できる程の余裕のある展開になってくれていた。

「適合者といってもそいつらB級くらいか?いくら適合兵士を量産した所で俺の相手にはならないぞ」

 実際はC級も混じっているだろう。格付けの条件はよくわからないが。
 だがDIACで役職を持つ永井に対してたった4名の適合兵士の護衛。
 この円形防衛布陣から察するに・・・・

「今回いる適合者はあと10名って所か?」
「・・・・!」

「制圧するのに苦労しない数だな」
「キクチカズマを葬ったくらいでいい気になるな!私もA級適合者だ!」

 さらに重力が増してきた。後ろで立っていた適合兵士の身体強化も足らず膝をつく。
 この重力で弾丸はまともに直進しないだろう、ここからどうするつもりだ?

「く・・・・!この重力にも耐えられるのかっ!」

 考えナシのようだ。
 一般人相手ならこれまで無敵だったのだろうな。
 重役立場であるがゆえの現場経験の浅さか?

「この重力異能を攻略する手段を俺はいくつも持っている」

「バカを言うな。テレキネイサーの斥力は私の異能と競合するものだ。おまえの衝撃波の効果は私には届かない!」

 重力場はさらに強まった。
 永井自身も膝を折りはじめている。

【身体強化ブースト】

 俺は異能のブーストトリガーを身体強化側に展開し、この重力場でも平然とベアリングボールを投げつけた。
 豪速球が永井の顔横を通り抜ける。

「次は当てるぞ?」

「な・・・・なぜだ!なぜそこまで動ける? そんな身体強化はありえないぞ!」

 ふむ、ブーストトリガーは地味な異能だから認識されづらいんだな。
 麒麟はレア異生物だったらしいし。

「まさか・・・・ふたつ目の異能を持っているワケではないよな?」

「ふたつどころじゃないけどな」

 斥力の衝撃波以外に、ブーストトリガー、空中跳躍。
 未来取得分の異能を数に入れたならその総数は跳ね上がる。

「複数持ちの異能者なんて聞いたことがない!・・・・信じられるか!」

 エヴァも俺の体質を貴重だと言っていたな。

「事例がまだ少ないだけだ。異界化の黎明期なんだから頭を固くするなよ」

 そんな中、永井は懐から手榴弾を取り出した。

 なるほど、銃弾の精密性が損なわれる重力空間においては広範囲エリアの爆撃が都合良いというワケか。
 熱エネルギーが高重力下でどんな挙動をするのか興味はあったのだが・・・・

【引力操作】

 ピンを抜かれる前に女性テレキネイサーの異能を使って手榴弾を奪いとった。
 爆撃音は目立つし、後ろにいる特殊部隊達も危険が及んでしまうため急いで対処するための手段をとった。
 これは現時点では未取得の異能であるため、能力負担が大きく眩暈がした。

「これはヴェーラの異能?どうなってるんだ・・・・これではA級以上ではないか! ・・・・ぐふっ!!」

 さらに俺は次の球は投げつけてやった。
 支部長などと言っていたがコイツは何も知らない新米か雇われ管理職なんだろう。
 ベアリングボールはみぞおち付近に命中し永井は悶絶する。

 気を失ったあたりで重力場は解けて体が軽くなった。
 後ろにいた適合傭兵の最後の一人が逃げ出そうとする所を、如月が足を射撃し捕獲した。

 このエリアはこれで制圧できた。

 俺は異粒子結合を解き、ふらつく体に耐えられずその場に座り込んだ。


 未来細胞からの異能は負担が大きすぎるな。
 ホークスから与えられたエレメンタルアーツの欠片を眺めた
 この異粒子結晶の補助によって使える未来異能だが、長期戦に向かない。

 俺は如月に声をかけた。

「こいつらを縛り上げて情報を引き出しておいてくれ」

「わかった。ケガ人も出てしまったが治療班を集めてここを中継拠点にしていこう。だが尋問の必要なさそうだ。本部からの通信も入って目標地点が判明した。我々側が近い、あと少しだ」

 敵陣の懐エリアを占拠できたため、さらに戦術が優位に展開できる。
 ここからさらに攻め込んで行く上で、自分の後方の安全が確保出来ている事はとても大きい。

「それにしても異能というのはホントにバカげた力だな。我々がこれまで磨き上げてきた方法論が根本から覆されてしまう」

「脅威なのはそれぞれの能力がそれぞれ多様である事だ。個々の本質が見極められれば部隊でも対応可能だろう」

「例えば?」

「重力場でも手榴弾は効果があるようだった。あとは何か質量の大きいものを射程外から頭上に向けて放てばそれは重質量弾と化して敵に雨状攻撃ができるだろう」

「だが能力を解明出来るまでは犠牲が伴うが・・・・。なるほど、そういう事か」

 如月は勘づいたようだった。
 俺のこれまでとこれからの行動原理についてを・・・・。

 それは突破力のある俺が単独行動を取る事をせずに部隊行動を共にしている理由。

 兵士相手なら俺ひとりで突入して壊滅も出来るだろうが、異能を持つ適合者に対してはその本質を知るまでに技を発動してもらえる対象が必要だった。

 今回、永井支部長相手に余裕で勝てたよう映った事も、事前にこちらの特殊工作員相手に重力場を放ってくれた事でその特性を見極める事が出来たからである。

「斎藤も言っていたが、私もだんだんお前の事が怖くなってきたよ」

 如月は俺にそう言い放った。
 異能持ちはただの適合者よりもさらに少数派だ。
 そして希少であり、異端者でもある。

 この先、一般人とはさらに相入れない関係となるだろう。

 以前、化け物を見る目で俺に視線を投げる者もいた。

その時に花凛ちゃんだけは変わらず俺に歩み寄ってくれた時の事を思い出す。
 心が闇に染まりそうになった俺を、あの時の彼女の行動が俺を救い上げてくれた。

 拠りどころをくれた彼女を必ず救い出す!

「目標地点に向かう」

 俺は如月に背を向け、虚層塔を見上げながら口にした。
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