地球は異世界に侵されました ~黄昏れた世界で見つけた大切な場所

七梨黒狐

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第5幕 命を賭して

31 悲しみの向こう側

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「やあ、あのテレキネイサーを倒したんだね。さすがだよ」
 話し掛けてくるエヴァに俺は質問で答える。

「アイツらの研究所の場所を教えろ。エレメンタルアーツが運び込まれている場所だ」

「数ケ所あるからそれのどれかだろうね。ちょうど本部でも今追跡をしている所だよ」

「どこだ?急いで俺もそこへ向かう」

「衛星から輸送車の目的地を調査しているけど何手にも分かれて移動している。僕らの追跡を撒いているんだね。だから判明するにはまだ時間がかかるよ」

「く・・・っ!」

 斎藤譲治も致命傷ながら本部とやり取りを続けている。

「そもそも国内かどうかも怪しい。ロシアの本部に移す可能性だってある」

「だったらそこまで乗り込むまでだ!」

 俺の焦りに古雅崎が静かに声をかけてきた。
「落ち着いて、祐希君」
「落ち着いてなんていられるか。もう時間がないんだ!」

 そして俺の中で肯定することのできない言葉を古雅崎は発する。

「今はもう・・・・彼女の、花凛ちゃんの傍にいてあげて・・・」


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 朝焼けの光を受ける高層ビル群に交じって、一切の光を反射しない虚層塔は今も暁の色を受けず、ただ黒く、大きくそこに鎮座していた。

 そのふもとにたどり着くと、先ほどキクチカズマの持つエレメンタルアーツ破片によって作られたクレーターの3倍の爆撃跡が見える。

 ギアーズ重工によるエレメンタルアーツ実験の暴発の結果である。

 その側面に5人の人影が見えた。
 ローズ博士と如月隊員、敷雅が囲んで立っている。
 ・・・・その中心に観咲結奈が座っていて、横たわる観咲花凛を抱きかかえていた。

 俺は探し場所を得られず、彼女の傍にいる事しかもう出来なかった。

 遠目でもわかる。
 マドプラズムが・・・横たわる彼女の細い体から大量に発せられているのだ。

 天然高質細胞の適合による異粒子欠乏の症状は、ついに虚層塔直下に来ても緩和させられる事なく彼女を弱らせている 。
 すでにキクチカズマと同様、気体化の末期に近づこうとしていた。

 俺は皆のもとへ近づき、涙で目を赤らめた結奈と顔を合わせる。

「結奈さん、すみません……」

 俺の顔を見て、何度も流したであろう涙を、彼女は再びまた流しはじめた。

 うつむき、そして妹の花凛の顔を見つめる。

「ここにつく前からもう意識が戻らなくなったの。でも……苦しまなくなったわ。ずっと……うなされていたから。……花凛の体がどんどん軽くなってしまっているのがわかるの」

 結奈さんは泣き声を抑えた声で語りかける。
 俺はふたりのもとに膝をついて、花凛ちゃんの顔にそっと触れた。

 とてもか細くて・・・触れると壊れてしまいそうに思えて、いつも触れる事をためらっていた少女の肌は、透き通る程に白く美しく、そして日の光に当たりまだとても温かかった。

 俺はうぬぼれていた、一番守りたいと思う人ですらも守れないくらいに弱かったんだ……!

 ガガ……
『悠希遙架くん、そこにいるね』

 如月が手に持つ無線から染井警視の声が聞こえた。
 終末大転移の対策に動く警視庁は今の状況を伝える。

『……中韓連盟から新宿虚層塔への弾道ミサイル攻撃は撤回された。連盟国は日本との協同を決めてくれたよ』

 外務省を通じた動きが成功したようだ。

 けど・・・どうでもいい。

『状況は聞いてる。でもね悠希君、君の解析結果が彼らに受け入れられた。彼らに猶予が在る事を示くことが出来た・・・・君が、この都市を救ったんだよ』

「そんなのどうでもいいんだよ!!」

 俺は自分に向かって叫んだ。
 どうしようもない悲しさが、俺を責め立てる。

「俺は……この世界の事なんかどうでもいいんだ……。俺の事を、いつも笑って迎えてくれる……傍にいて幸せだと言ってくれるこの子が、俺にとっての世界なんだ……」

 いつも感情を口にする事がない俺の心が悲しみに溢れる。
 思いを口にするほど、心は捻れ、感情は涙と一緒になって、言葉と共に涙として溢れてくる。

 か細くて力のない女の子……けれどいつも周りの人たちを励ます。
 配給場に集まる皆を明るくし、頑張ろうと声をかけていた。

 いつもとても眩しく笑っていた……
 どんな時でも俺に笑ってくれていた……

 花凛ちゃんはそっと目を開けて、俺を見つめる。

「……花凛ちゃん」

「遥架くん……へへ、良かった、また会えた……」

 俺に向けて、弱々しくもいつもとかわらない笑顔を見せる。

「花凛ちゃん、ごめん。君を……救えない……」

 涙をこらえられない声で花凛ちゃんに語りかける。

「ううん……、一緒に居てくれて、今も遙架君が私の傍に居てくれて、それがとっても嬉しい」

 俺のことを責める事なく彼女は俺をみつめてくれる。
 そして自分の体が気体化し、空へと溶けていく様子を見つめる。

「私ね、この世界が大変な事になっている事を知ってるんだけど、でもとっても幸せなんだ」

 花凛ちゃんはまわりの皆を見つめて、そして微笑んだ。


「お姉ちゃんがいて、遥架君が訪ねてくれて、いろんなエヴァさんが来て、ヘヘ。最近だと如月さんや古雅崎さん達も来てくれたの」

 まわりの皆も涙をこらえる。
 彼女の姿はとても儚く、その存在を留めることが出来ず消えていこうとする。

 そして花凛ちゃんは俺に向き直り、そっと……おそるおそる手をこちらへ伸ばしてくる。

「へへ、また……手を握ってくれるかな?」

 力のない震える手を、俺は壊れてしまわないようにそっと握った。

「……わたし助からなくてもいい。遙架君が生きて戻ってきてくれたから。またこうして、触れ合う事ができて……へへへ、嬉しいな」

「ダメだ!君は生きなきゃいけないんだ。……生きて……みんなに……俺に……笑い続け…て……」

 花凛ちゃんの体は急速に気体化が進み、そして粒子となって空へと舞い上がった。

 結奈さんの腕で抱えていたその身は、その姿を全て失い自分の腕を胸に寄せる。

「花凛・・・うう」

 そしてその粒子は暁の光に染められながら宙を舞う。

「……花凛ちゃん!!」

 俺は立ち上がり、宙を漂う花凛ちゃんを追いかける。

 それは大気へ霧散する事なく、花凛ちゃんは虚層塔へと引き寄せられていく。

 それを俺はどこまでも追いかけた。

 悲しみで視界が涙で歪み、つまずきながらも必死で追いかけた。

 転びながらも立ち上がり、もう一度彼女を握りしめようと手を空へかざした。

 けれどもう届かない。

 彼女を助けたい、彼女にずっと笑ってもらいたい。

 頼む……

 花凛ちゃんを…………

 どうか……

-----------------------------------------------

 彼女が吸い込まれた虚層塔の壁に手と頭を当て、膝をつく。

 自分の泣く声が聞こえる。
 俺は泣いているいるのだろうか。
 もうそれすらもわからない。

 俺は彼女を救えれなかったんだ。

 もう、何もしてあげられない。
 もう二度と、彼女の時間は進まない。

 俺の世界はもう・・・続かない。

 ・・・・・。

 すると声が聞こえた。
 聞いたことがない人の声が。

 自分の声すら遠のいているのに、その声だけは深く頭に響いてきていた。

 どこから

 ……虚層塔の壁の中からだ

 すりガラスのように覗き込める壁の向こう側に目をやると、そこはまるでこのこの世のものとは思えない景色が広がっていた。

 それは夢で見た事があった光景……

 異世界の姿が見えていた。

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