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14 ダンジョンズカオスワイバーン

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--------ダンジョン中域地点----------

 大火炎がカオスワイバーンから放たれたのち、あたりの岩は赤熱し真っ赤に染まっていた。

 そこに重層な皮で覆われたワイバーンの足が熱さを感じない様子でズンと踏み出されてくる。ワイバーンにとって迷宮外から来た生物はとても興味深いもの。特に妖精族、とりわけエルフが近づいて来ると感情が大きく高ぶる存在であったため、決して見逃しはしないつもりでいた。

「エルナレス、目を覚まして!」
 宙を舞っている小妖精アキの眼下にはエルフの少女が目を閉じて横たわっていた。
 顔からはすでに血色を無くしていた。生気がなく、このままでは確実に迷宮魔獣の餌食になってしまうため必死に呼び起こそうとしたが完全に沈黙してしまっていた。

 自分と同じ、精霊界の存在。その中でも高位にあたる英妖精エルフを無惨な目に合わせてしまう事を嘆いた。

 するとサキの耳が魔装の音を認識した。

「この駆動音は‥‥ツカサ!?」

 それはサキのパートナーである司がダンジョン探索で最も多用している魔術機導装備の音である。決して聞き違える事のない音にサキは希望を見出した。

 その音にまだ気づかないワイバーンは無遠慮にエルナレスの元へとさらに近づいてくる。5メートルの巨体の腹の中は人ひとりが納まるくらいが丁度よい胃袋のサイズであった。重鎧に身を包んだ人間達よりも、若くしかも軽装で食べやすい肉にワイバーンは高揚する。エルフに近づく度になぜか高まる体中の熱も、さらに高揚感を高めていった。

 渾身の放炎で彼女を確実に仕留めていた事からゆっくりと餌を味わおうとする。だが、重鎧の人間達の逃げ去った方向から聞いた事のないような重低音を聞き取りそちらにふと顔を向けてみた。その音は次第に大きくなり、それが驚異的なスピードで向かってきている事を察知。

 ワイバーンはバッと警戒し、腹から可燃性のガスを吐き出そうと大きく息を吸い込んだ。そして口元の牙を噛み合わせて発生させた火花が、放出されるガスに引火し、巨大な火炎を通路の先に届かせる放射を行う。

 これまでワイバーンは、この炎でいくつもの魔物を葬ってきた。
 今、足元にいるのは久々の生肉である。決して誰にも渡さないための渾身の炎を全力で放つ。

 全てを焦げつくす‥‥はずであった。

 遥か向こう側から放たれた風の一閃が炎を切り裂いて向かってくる。ワイバーンは危機を感じとり、負けじとさらにガスの量を増やした。だが円弧の形をした風の刃は勢いを止める事なく、ついに眼前にまで迫ってくる。首を大きく捻ってかわした飛来物はワイバーンの表皮にかすり、鱗を削り取る程の鋭さを持っていた。

「グオオオオ!」

 このダンジョンで体に傷をつけた者はこれまでいない。
 王者として君臨し、魔物を蹂躙しながら闊歩していたワイバーンであったが、今日この区域に来て人間達を発見しても同じように蹂躙する事が出来ていた。

 だが、いま目の前に立っている人間は違う。

 後ろで倒れているエルフと同じような軽装。
 しかし内包する魔力は人間とは思えない程の量だと感じ取った。見た事がない高速な体移動、炎を切り裂く奇術、炎の熱に耐える体‥‥ワイバーンはこれまでの人間とは別レベルの存在が近寄ってきたのだと判断し、さらに警戒の姿勢をとる。


「ツカサ!」

 司の元へ小妖精のサキが飛んできた。

「サキ、良かった。無事だったんだな」

 サキは安心した表情を見せるが、同時に戸惑いの表情も見せた。

「なんで、来たのよ‥‥?」
「ワイバーンの存在を外で知ったからな」

「そうじゃない!こんな危ない状況になぜ首を突っ込んでくるのよ」
「サキの事を見捨てるワケないだろ」

「‥‥妖精を大事にするなんて‥‥今の時代おかしい事なのよ!?」
「サキの方こそ。俺の頼みなんかのために、彼女のそばにずっといてくれたんだよな」

 司は奥で倒れているエルナレスを見た。

「彼女は‥‥?」
「エルナレスは‥‥助からなかったわ」


 司は彼女の所作や物腰に、常人よりも高い能力を感じ取っていた。少なくとも傭兵達に遅れを取るような事はないはずだった。

「‥‥何があったんだ?」
「彼女は逃げなかったの。ワイバーンを仕留めようとしたのか、ううん、たぶん人間を守ろうとしたんだと思う。最後には私も逃がそうとした。だからワイバーンを引き付けていて、その炎を自分の方に向けたの」

「それで逃げ切れなかったのか‥‥」

 迷宮の中では何が事実なのかは分からない。
 だから小妖精ピキシーはその投影能力と、嘘をつかない性質から事件の立証に使われることもある。だがダンジョンに入った時点でガイドは内部の干渉をしないという掟がある。撤退したパーティーに向けて追い詰める事もこの場合は出来ない。

 司は個人的魔石探索と、貸し出していたサキを回収しに来たという名目でここに来たのであり、これから行う行動も個人的な探索の一環に過ぎない。‥‥そう自分に言い聞かせてエルナレスから目を背けた。

 このワイバーンを討伐する事を決心する。

「魔術機工、魔紡演算装置マギオペレーションユニットを使う。サキ、演算だ」
「了解、演算代行処理に10MPを回収」

 司の背負っていた剣の元へサキは飛び移った。
 剣は紋唱珠が仕掛けられた構造体であり、3つの魔術紋唱珠がそれぞれの属性を発揮し様々な魔鉱石と共に魔導体で陣形に繋がる事で魔術回路として組まれている。

「10MPをサキへ。さらに魔紡装置へ120MPを装填」

 司は懐からいくつもの魔石を取り出して握り砕いた。
 演算装置を使用した魔術コマンドの実行が始まり、【剣型魔術機工】は背に装備したまま徐々に帯電状態となっていく。

 そこへワイバーンが飛び込んできた。
 司が纏う強大でいびつな魔力と、今まで感じた事がない魔法属性にワイバーンの本能が危険と察知して反射神経の如く体が飛び出した。

 大口を開けて帯熱した牙を差し向けてくる。

 司はアイドリング状態にしていた魔装【風霧カゼキリ】をフル解放して後ろへと大きく避けた。その勢いはダンジョンの壁面にまでたどりつき、そのまま洞窟の壁曲面を登って宙へと体を反転させる。

 曲芸のようなパフォーマンスはさらに風魔法により体を舞わせてワイバーンの目が追い付かない死角へと向かった動きとなる。

「大魔術に警戒したか。察知能力が高いな!」
「ツカサ!炎が来るわよ」

耐熱膜デファイアはかけてある」
「それだけでは耐えきれない。コイツは他と様子が違うの」

 首を振り回されたワイバーンは司の動きを捉えられないとわかり、広範囲に向けた攻撃【狂乱の深炎カオス・ディスフレイガ】を放つ。先程と同じ炎攻撃だが、今度は至近距離によってその小さな体に向けて灼熱を集約して浴びせる形となった。

「うお!」

 予想以上の炎が浴びせられた。
 巨大な岩石であろうと溶かすほどの豪炎の中で、たとえ耐熱魔法があったとしても溶かしてしまうほどの熱量である。炎属性に対して劣性関係であるはずの風属性を器用に使い、先ほどは炎を切り裂いていたが、たとえまた切り裂けたとしても周囲を高温状態にすれば生きていける人間はいない。

 ワイバーンは勝利を確信し、炎の中で消し炭となった人間の姿を期待した。
 しかし炎の先で大量の水蒸気が立ち上がり、その煙の先に無傷の人間が変わらずに立っていた。

「もう!ギリギリじゃない。危なかったわよ?」
 
 サキは司の背負っていた装置の後ろに立ち、魔法発動のサポートをおこなっていた。

 放った魔法は水魔法。炎の優位属性である。大量の水を発生させたため司はズブ濡れになっている。

「さすが。紋唱珠と小妖精の魔法発動は早いな」

 剣に組み込まれている透明な珠に水の魔法紋が刻まれた【紋唱珠】による瞬間詠唱を利用した形だ。
 魔力さえ流し込めば、あらかじめ入力された魔術命令を実行してくれるネオダンジョンの採掘物のひとつである。

 魔法の起動を言葉で発する【詠唱魔法】に対して、文字によって発動する【紋章ルーン魔法】を司は好んで使う術者である。
 しかしこの【紋唱珠魔法】は単純魔法の発動において最も高速に放つことが出来る術式である。

 そしてこれら熟練された司のダンジョンスキルと知識は、幼少の頃から長きに渡って膨大な魔石を使用してきた経験からくるものであった。母が旅立って一人で暮らしはじめて数年。売れば財を築けるとされる魔石を司はダンジョンの探索に当て続け、収集→利用→さらに収集というサイクルでスキルを磨き続けていたのだった。

「たしかにこれまでの魔物とは雰囲気が違う気がするな」
「この個体はカオス化現象を起こしている可能性があるわ」

「迷宮内での突然変異か。噂にしか聞いた事なかったけど‥‥こんな中域地点に来ているのもその影響か?」
「恐らくね。そもそもワイバーンは常に熱を発している生物ではない。魔力が尽きても燃焼をし続ければ寿命を縮めてしまうのよ」

「それって‥‥」
「生命の魔力変換‥‥その暴走よ」

 司は幼少の頃に初めて新生ダンジョンに入った時の行為を思い出した。自らの腕を犠牲にして魔力を賄った行為である。カオス化とはそれに似た現象であり、自身の生命力を使い能力を底上げする行為を恒常的に行ってしまう異常状態の事であった。


 しかしワイバーンから見れば、暴走した力を持ってしても防がれてしまったためもう成す術がなかった。
 今放たれた技が自分の炎よりも優位属性の存在、水魔法である事を本能で理解し、あとずさりをする‥‥しかしこの人間は自分を見逃さないような目つきをしていた。

『逃がさない。お前は俺の糧だ』

 という事を目で訴えかけてくる。
 補食者であるはずのワイバーンが被補食側になっていることが信じられなかった。

 狂気に駆られたように再び【狂乱の深炎カオス・ディフレイガを渾身の力で放った。
 しかし本日5発目の全力放炎はすでにガス欠に近づいており、司とサキは水魔法すら使う事なく、風の操作だけで難なく防ぐ事が出来た。


「オマエ‥‥おびえているのか?だがこんなもんじゃないぞ。お前への攻撃はとっておきをくれてやるよ」

 ワイバーンはすぐさま撤退の思考に入った。
 風から水と、ここまで魔法を自在に扱う人間に対処しきれないという知能が働いた。自身の竜翼を広げてダンジョン深部に向おうとする。そこにはワーバーンの棲家があり、そこは高所であるため簡単に追いつかれる事はないと判断する。

 最初に放ってきた風の刃は竜鱗を傷つけたものの、骨に届くものではなく肉を裂くまでのものでしかなかった。それ以上の攻撃魔法はないだろうと決めつけたカオスレッドワイバーンは翼を広げて、目的地へ向けて飛翔を始める。

「ツッ、切り替えの方も早いヤツ。サキ、魔紡演算の進捗は?」
「術式は構成完了。けれど魔力充填率がまだ42%。さっきの水魔法で巻き戻ってしまったわ」

「逃げられてしまう‥‥少ないが、いけるか?」
「急所を狙えばね‥‥いえ、それでも最低50%の充填が必要よ」

「わかった、離されないように距離を詰める。【風霧カゼキリ】】全開!」

 司は足の魔装具を再起動して走り出した。
 ワイバーンと距離を広げられないように迫っていった。

「44%‥‥残り6%」
 背中に装備している演算器で魔術制御をするサキから進捗率が伝えられる。
 複雑な魔法を、司はこういった仕掛けを用いる事で大魔術として実現させられる。
 魔装具を使ったダンジョンスキルに続く、司のとっておき‥‥ 母から受け継いだ魔術機工剣。

「46%‥‥あと少しよ」

 ワイバーンはテリトリーに近づき、このあたりのコースを把握している事から距離を広げていく。司はこれ以上離されれば命中率が下がるため必死に食らいつこうとするが、ワイバーンのダンジョン内での飛翔能力は想像以上に高かった。

「射程距離は届くが、急所を正確に狙い打つための距離はすでに越え始めている‥‥!」

 速度はワイバーンの方がさらに上がっていく。

「これ以上は距離を保てない!撃つぞ!!」
「魔術式をロック。いいわ、発射準備よし。充填率48%!」

 司は懐から金属製の弾丸をつまみ取り、地面を蹴り続けていた足に力をためて、最後の踏み込みで大きくふわりと跳躍する。スピードを止めずに空中に飛び、そのまま射撃スタイルに入った。

 雷属性のエネルギーが背中の剣から体に流れ、腕へと伝っていく。
 強力な雷属性の魔法を指の先にまで通電させて、磁力を帯びさせた金属弾を導電体にし、胸の前に浮遊させた。

雷磁放射加速砲ライジリールガン!!】

 弾は両腕の間を真っすぐに超高速で通っていく。
 司が両腕の間から放った金属体はわずか五センチにも満たない大きさの弾であったが、その放たれた軌道は放物線を描かない程に直進するものであった。一切の減速を伴う事なく高速に飛翔し、そしてワイバーンの胸部中心を貫いた。

 ワイバーンの身を守っていた竜鱗、竜皮、竜肉、竜骨、それらの抵抗を一切感じさせずに貫通した金属体。それは魔鉱石から出来ており、魔力加工によって硬度を高めた金属体である。
 弾丸はさらに洞窟奥まで突き進み、どこかの洞窟の壁に衝突しながらもさらに岩の中をどこまでも貫通していく。その弾がどこまで続いたのか知る事の出来ない程深くのめり込んでいった。

 地球で理工学部の学生であった母、克美と‥‥司の前世の知識から着想した電磁誘導加速理論を応用した投射魔術である。

 勇者の血統として、司が唯一受け継いでいた才能ギフト‥‥【耐電特性】と【導電体質】を以て実現出来る術であった。

 ワイバーンは心の臓を撃ち抜かれて地面へと体ごと滑らせながら倒れこんだ。高速で飛翔していたことから長い距離を横転してないと止まれない程に転がっていく。ワイバーンは何が起きたか認識出来ず、胸の激しい熱さと全身から力が抜けていく感覚に陥る。

 近寄ってくる司を、薄れゆく意識の中で視界に入れた。その小さな身から発した魔力は信じられない量のものであった。

 追い詰められたワイバーンに突如、死に際に巣に戻ろうとする竜族の本能が涌き出てきた。強き意思が身体を起き上がらせ再び飛翔した。

「げ‥‥まだ動けたか!」

 司は空中射撃から着地した所でワイバーンの様子を見つめていたが、すぐに追撃の走りに入った。

「炎の魔鱗持ちとは言え、飛翔時の翼なら切り裂けるはずよ!」

 サキの助言に従って風霧に風を纏わせて、ワイバーンの広げた翼に切り込みを入れようと飛び上がる。跳躍の中で魔装具・風霧のスキルを放つ。鱗のない翼膜部分は風弦月刃アークウィンドでも斬り裂く事が出来た。それを見て体をさらに回し、両足で連続の風の刃を放ち斬り込みを入れる。

 切り裂かれた翼では風を掴むことが出来ず、宙を飛ぼうとしていたワイバーンは再び地面へと落ちた。

 もう逃げる事もないほどに命の灯火が消えかける。朦朧とする意識の中ワイバーンは突如、最後の雄叫びを上空へと向かって叫びだした。

 グアァァ!という声は断末魔のように思えたが、何かの意図を持った叫びにも聞こえた。野太い重低の声の中に、金属をこすったような不快な高音が混じる音である。そしてそのまま目の光は失われていき、鱗の炎は鎮火していく。

 その後、体は気体化していく事でその姿を大きな魔石へと変えていった。

「‥‥討伐完了よ」

「はぁ、はぁ。なんとか仕留められたか」

 司は全力疾走で疲れた中でも、大物を討伐できた喜びを噛み締めていく。魔装具への魔力供給も止めてその場に座り込んだ。

 するとどこか遠くの方でグアァァ!という雄叫びが鳴き返されたように聞こえた。それはまだ果てしなく遠いエリアからの声であった。だが、とてつもなく強大な存在であることが伝わってきた。

「まだ他にもいるのか」
「大丈夫‥‥ずっと遠くにいる存在よ」

 いつか、近いうちにその者と対峙する運命を司は感じとった。
 それは恐らくこのダンジョンの主とされる存在だろう。

 司はその時に向けて、これから取るべき行動を頭に巡らせていく。

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