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第一章 5月
いつかの写真 ②
しおりを挟むお風呂上がりなのか、二人ともパジャマに着替えていて、髪の毛はしっとりと湿っていた。
「あのね。すこしだけならあそんでいいよっておかぁさんが言ってた!」
「あそぼ!」
「そうなのか。じゃぁおいで」
そう言って真依と瑠輝を部屋の中に入らせると、真依が持っていたお盆を貰った。貰ってから500mlのペットボトルが3本乗っていて、かなり重いことに気づいた。
驚いたことにペットボトル2本を持って、真依は階段を上がって来たらしい。その力強さに、俺は関心した。
知らない内にだいぶ力がついてたんだな。物を落とさず運べる器用もあるし。
流石、嶺川家の長女と三男だ。
「いらっしゃーい!」
「お、お風呂上がりだな。気持ち良かったか?」
凜人と道弘に二人は近寄ると、眠気は全く感じてないのか、「うん!」と元気よく頷いた。
お盆を机の上に置いて、サイダーとオレンジジュースをプラスチックのコップに注いだ。高校生組にサイダーを、幼児組にオレンジジュースを配って、俺がさっきまでいた所に座ると真依と瑠輝の頭を撫でる。
「ありがとな」
凜人と道弘も飲み物をお礼をすると、真依と瑠輝は照れたようにはにかんだ。
乾杯をして一口飲むと、道弘の卒業アルバムの話しをした。
「真依ちゃん、瑠輝くん、ほらこれが道弘だよー」
凜人が運動会のページを開くと、道弘を見つけたのか二人の前に置いて指を差す。真依と瑠輝が前のめりになって覗き込んだ。
「これ、みっちゃん!?」
「みっちゃ…?」
写真の道弘を見ると若干今と違うからか、写真の道弘とリアルの道弘を何度も交互に見ていた。
「違うってよ」
揶揄おうとする凜人に、道弘が笑って聞いていた。
「こっちと俺、どっちがカッコイイ?」
「「こっち!」」
即答する真依と瑠輝は道弘を指差して抱きついた。そんな解答に道弘は嬉々していて「だろー?」と言いながら両腕で二人を抱き締めた。
すっぽり収まる様子に体格の違いがハッキリする。筋肉のついた道弘の両腕は余り力を入れ過ぎると締め殺してしまいでハラハラする。
「道弘はバカだなぁ。そんなこと言ってたら、小学校の道弘はかっこよくないって言ってるようなもんだよ?」
「良いんだよ。俺は今を生きてんだからな」
お、これは……。
凜人を見ると揶揄いが通じなかったことに腹を立てたのか、「チッ!」と盛大に舌打ちをして悔しそうにしていた。
──道弘の勝ちだな。
楽観的な長所を持つ道弘にとっては余りダメージのない言葉だったらしい。凜人が言葉を詰まらすのが珍しくて、客観視していた俺は二人の様子が面白くて自然と口角が上がっていた。
「凜人、王子キャラがどっか言ってるぞ」
「だってさー。あーぁ、道弘の反応はつまらなくて退屈しちゃうなぁ。真依ちゃん、頭を撫でてぇ」
「……?? よしよし」
首を傾げて頭を近づけると、良く分かっていないながらに小さな手を伸ばして、凜人の頭を無造作に撫でいた。
「真依ちゃん優しくて可愛いなぁ!」
道弘に抱かれていた真依を奪うように凜人が抱きつくと、急なことに真依は少し困った顔を浮かべた。
「抱きつかれて真依が困惑してるぞ」
「ふふ。まだダメだったかな?」
「たくっ。他の女と違うんだから1ヶ月でベタベタ出来る訳ねぇーだろ。真依、こっちおいで」
名前を呼んで強制的に凜人から剥がすと、やって来た真依を俺の膝の上に座らせた。
離れて行ってしまったことに凜人は溜め息を零す。
「慣れてくれたと思ったんだけどなぁ。真依ちゃんありがとうね」
優しく微笑み頭を撫でる凜人に、真依の背筋が伸びる。うんと頷く真依の小さな声に俺は思わず、後ろ姿を呆然としながら見つめた。
い、今の……。デレデレの時の声じゃなかったか?
──凜人のどこが良いのかと思えば、猫かぶりしたスマイルが良かったのか!
これから真依の前で笑わないようにさせねぇと……。
「おい、凜人。早く次行けよ。俺のカッコイイ姿は修学旅行の方なんだからよ」
横槍を入れた道弘はあぐらを掻いて瑠輝をすっぽりと腕の中に埋めていた。居心地が良いのか、瑠輝は背中を胸に預けていてのんびりしていた。
それよりも気になったのは、自慢げに言った修学旅行の話しだ。一体何をやったのか気になってしまう。
「はいはい。次のページ行くよー」
そう言って1枚だけページを捲る凜人。修学旅行の見出しに飛ばすつもりはないようで、隅々から道弘を探しているようだった。
「いないねぇ」
いないページは直ぐに飛ばして分厚い紙を捲っていく。次に幼い道弘を見つけたのは、クラブ活動見出しのところで、集合写真や課外授業で一生懸命身体を動かしている道弘を見つけた。
その時の思い出を、道弘は眉間に何重もの皺を寄せてどうにか絞り出そうとしていた。写っている写真の中から手掛かりを見つけて芋蔓式に出てくる当時の話しは、どれも聞いていて面白かった。
そうして、やっと修学旅行のページに来ると、かっこいい姿とやらの件に話題が変わった。
「修学旅行はどこにいるの?」
「どっかにいるはずだ。寝る前にクラスの奴らと一緒に組み立てやっててな、その写真がどっかに乗ってたはずだぜ?」
「へぇ。──この辺かな。あ、もしかしてコレ!?」
指差したのは道弘が喋っていた通り、六人が二人一組の組み立て体操の技を披露している写真だった。
その中の真ん中の土台役を道弘がやっていて、汗を流して笑っている姿は確かにキマっていて何処か男らしさがあった。
「結構、楽しそうだな」
俺がボソリと呟くと、当時のことを思い出していたのか、道弘は満足げに笑っていた。
「楽しかったぜ。こん時、最後にタワーやろうとしたけど、先生に止められたんだよなぁ」
「いや。それ以前に良く部屋で組み立てしてたのを先生が許したね?」
「そりゃ、写真撮ってんのが保険の先生だったからじゃね? あと、途中で体育の先生も指導してくれたし」
「そんな先生で良かったの!?」
「そんなの知らねぇよ。指導するくらいだし、良かったんじゃね? そこまで大技ってわけじゃねぇし。……しっかし、楽しかったなぁ」
「学校の先生、自由過ぎでしょ……」
しみじみする道弘とは真逆に、凜人は笑みを浮かべながらも呆れていた。
同じ学校だから分かるが、多分、凜人は羨ましいのだろう。話しを聞いていて思い出したが、俺たちの先生は厳格だったと思う。
「こっちは体育の先生が厳しかったからなぁ」
「組み立ての練習なんてみっちりやらされたよな……」
おかげで他の学年の先生たちからは、どの年よりも凄く綺麗に決まっていたと褒めていたらしいが、余り思い出したくない記憶だ。
「ねぇねぇ、なんでお兄ちゃんとリンちゃんはいないの?」
「にぃちゃ、りっちゃ、ないない?」
「俺と秋良はここにいないよ。こっちにいるからね」
凜人が傍にあったカメラを手に取る。
「んじゃ、今度は秋良と凜人だな!」
「そろそろ見るか」
「はい、秋良。ブレてないといいねー」
「俺がやんのな……。いや、ブレてるだろ」
ガキが撮ったやつが綺麗に取れる訳がない。
凜人に対してツッコミを入れながら差し出されたカメラのボタンを適当に押して行く。
アルバムのページはこのボタンを押せばいいのか?
「……あ」
「なに?」
凜人の返しに何も答えず、俺はピッピッと鳴せながらカメラを操作していく。
思わず声を出したのは、ファイリングされていた写真がズラリと出て来て、その中に中学校の卒業式があったからだ。
けれど不思議に思うのは……、俺って撮ってたっけ?──と云う一点だ。
「なぁ、凜人。俺って中学校の卒業式に写真なんか撮ってたか?」
「えぇ? そんなん知らないよ。でも多分、秋良は撮ってないんじゃない?」
「……そう言や、やたらと先生が撮ってたか?」
「……あぁ! そうだったね!」
「中学校の卒業式? 何かあったか?」
中学校となると道弘ももちろん写り込んでいるが、忘れっぽい道弘のことを俺は端から当てにしてなかった。
そんなのは日頃からで道弘はそのことに傷ついてはなくて、ただ心底不思議そうな顔をして俺を見ていた。
俺はふと思い返して気になった、先生が持っていたカメラがどんなだったかを思い出そうと記憶を手繰り寄せていた。
まさか、あの時のなのか……?
思い返せば、撮られた時の場所とポーズが合ってる気がする。
でも、なんで先生のカメラがあるんだ?
──これ、親父のだよな?
──一体、どうなってるんだ??
何枚かの写真が押すボタンと連動して変わって行くと、次の写真が出て来なくなって、ファイリングしている写真の最後の写真なことに気づく。
途中で見つけた三人の写真に戻してから、俺は凜人と道弘にも見れるように真ん中に置いた。
「結局になんだったの?」
そう凜人に聞かれた俺は、ただ「見れば分かる」とだけ答えた。
訝しげに俺を見ながら、恐る恐るカメラの画面に目を向ける凜人は、少ししてから俺が伝えたいことが分かったらしい。
道弘は懐かしさに瑠輝と真依に絡みながらはしゃいでいた。
「これって……」
「1年しかたってねぇのに既に懐かしいよな」
「道弘はホント……。違和感感じないの?」
「違和感?」
首を傾げながらもう一度、今度はカメラを手にとって眺める道弘。
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