学生恋愛♡短編集

五菜みやみ

文字の大きさ
上 下
28 / 33
一匹狼くんの誘惑の仕方

#2

しおりを挟む
 胸の奥に重たい痛みを感じ、アンバーはメイドに微笑みかけた。

「今日はもう休むわね。明日からまたお願い」
「はい、奥様。シシィめは誠心誠意お仕え致しますので、どうぞお側に置いてください」

 シシィはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、これ以上アンバーに無理をさせるのも良くないと思ったのだろう。
 ワゴンを寝室の隅に控えさせ、シシィはそのまま寝室を出て行った。

 気持ちを落ち着かせるというカモミールティーを飲んでも、アンバーの沈痛な表情は晴れない。
 やがて続き部屋の方から気配がし、寝る格好をしたヴォルフがやって来た。

「少しは落ち着いたか?」

 アンバーの隣に座った彼から、石鹸の匂いがする。

「はい、色々申し訳ございませんでした」

 ティーカップをベッドサイドに置き、アンバーはクッションに背中を預けた。ヴォルフも同様の姿勢になり、二人は天蓋の中を何とはなしに見やる。

「君は……、危険に頭を突っ込むかもしれないと知っていながら、関わりたいと思うのか? 悪いが君は何の訓練も受けていない女性だ。いざという時、恐怖に身が竦んで何もできないだろう。そうならないように、俺は安全な城にいて欲しいと思っていただけだったんだが……」

 ヴォルフが話を切り出し、アンバーの手を静かに握る。

「自分が原因かもしれないのに、人任せにして自分だけぬくぬくと安全地帯にいるのは嫌です。私には意思があります。自分を狙う人がいるなら何者かを知りたいし、あなたやシシィたち、そして領地の家族や民を襲うかもしれない者を放っておけません」

 きっぱりとしたいらえに、ヴォルフは静かに息をついた。
 少し間を置いてから、彼はアンバーが狙われている理由を話してくれる。

「……君が裏オークションに出品された経緯には、二つの悪意があった。一つは君を襲った山賊の類い。そいつらに襲われ、君はあそこに売り飛ばされたのだろう」
「ええ。嫁ぐ途中だったのですが、侍女や荷馬車共々襲われて……他の者たちはどうなったのか分かりません」

 ギュッと拳を握れば、その上からヴォルフが優しく手を包んでくれる。

「安心しろ。ああいう輩は馬車に乗っている貴人しか狙わない。侍女は恐らくどこかで生き延びているだろう」

 殺されていなければ……という言葉を、ヴォルフは口にしなかった。アンバーもそれは分かっており、彼の気遣いに感謝する。

「ありがとうございます。それでもう一つの悪意というのは?」
「……最近この近隣で誘拐事件が頻発しているのは、国境の領地にいた君なら聞き及んでいたのではと思う」

「ええ。大規模な犯罪組織のようで、周辺国も力を合わせて解決に臨んでいますが、いまだ具体的な打開策を練れていないと……。私の知っているアルフォード王国の令嬢の中にも、不幸にも姿を消してしまった方もいらっしゃいます。主に貴族の令嬢が狙われ、どこに消えたのか分からないと……」

 自分もその『消えた令嬢』なのだが、アンバーはごく冷静に言う。

「俺はその犯罪組織を、王命で追っている。うちの公爵家は代々軍や警察の仕事を統括していて、今は俺がその頂点にいる。まぁ、元帥というやつだ」
「元帥閣下……。……だからお部屋に怖そうな武器があったのですね?」

 彼の立場に軽く驚きつつも、アンバーは彼の部屋で目にした物を思い出す。
 ヴォルフの部屋にはインテリアとしての剣が飾ってあったが、その他にも実用しているとしか思えない鞭がホルダーに入っていた。手錠やよくわからない道具もあったし、アンバーは彼が何をしている人なのか分からず不気味だった。
 いつかあの鞭で自分が打たれてしまうのでは……と怯えていたが、やっと合点がいった。

「隠しているつもりはなかったが、確かにアレは誤解を与えても仕方がなかったな」

 ふむ……とヴォルフは顎に手をやり、一人頷く。

「……話は戻るが、その犯罪組織の親玉は、どうやら貴族の中にいるようだ。貴族が貴族を陥れ、売買した令嬢を貴族の慰みものにする。どこかの別荘の地下には、哀れな令嬢が腹を大きくしているかもしれない。また最近、妖しげな薬……女をより感じさせる媚薬や、男の性欲を著しく飛躍させる物。妊娠をさせないための薬など、そういう物も裏で流通しているらしい」

「……そんな……」

 サッとアンバーの顔色が青ざめ、頭に『性奴隷』という言葉が思い浮かぶ。
 少し前まで自分も性奴隷になるかと思っていたが、アンバーを買ったヴォルフはこうして色々な事を話してくれている。彼の愛がどこから始まったものかは分からないが、真剣にアンバーを想っているのも伝わっている。

(私は恵まれている。けれど、姿を消した令嬢の中にはそうでない人もいるのだわ)

 自分はこのままでも、それほど不幸な事にならないだろう。
 仮に公爵であるヴォルフに本気で求められているのだとしたら、これ以上の好機はないと思う。

 だが攫われた令嬢たちは、明日の我が身がどうなるかすら分からず怯えているだろう。

「人身売買は人の権利を侵した犯罪だ。孕まされた令嬢は庶子を産み、それが将来的に貴族の爵位継承や財産分与などを乱す、不和の種となる可能性もある。あらゆる視点から、我々はこの犯罪を阻止しなければいけない」

 前を向いたままキッパリと告げるヴォルフは、声すらも誇り高い。

「……それ程まで人身売買を憎く思っているあなたが、どうして見知らぬ私を買ったのです?」

 揚げ足を取るつもりはない。だが素朴な疑問だった。
 自分がなぜ、ヴォルフのような見た目もよく爵位もある人に、突然愛されるのか理由が分からない。それがアンバーが抱えている不安の根底だ。

 質問をされたヴォルフはアンバーを見て、困ったように微笑む。

「今はまだ言えない。だが……そうだな。俺は君に恩返しをしたいんだ」
「恩返し……?」

 きょと、と目を瞬かせるが、アンバーには何の思い当たりもない。

「だって私、ヴォルフ様と初対面ですよ? 恩返しも何も……」
「ああ、そうだな」

 分かっていると穏やかに微笑みつつ、ヴォルフはアンバーを抱き寄せた。額にキスをし、形のいい耳を軽く食む。

「それでも俺は、君にとても感謝しているんだ。君が不憫だから買ったのではない。アンバーという一人の女性を救いたくて、俺は自分の立場も忘れ君を買ってしまった」

 じわ……と胸が温かくなり、涙ぐみそうになる。

「もう私、愚かな真似は致しません。ヴォルフ様やこの城の人を信じます。二度とあのような真似を致しませんから、……お許しください」

 目の前のヴォルフが、心の底からアンバーという一個人を想ってくれているのは、ちゃんと理解した。

「本当に……何と言う事をしてしまったのでしょう。肩を怪我されてしまったのですよね? 私のために申し訳ございません」

 ヴォルフの肩にそっと手を這わせるが、ガウンに隠れていて患部がどうなっているか分からない。シシィが打撲と言っていたから、きっと色が変わるぐらいはしているのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選

上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。 一人用の短い恋愛系中心。 【利用規約】 ・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。 ・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。 ・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ほつれ家族

陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。

処理中です...