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六章 文化祭

75話 アイドル&ヒーロー

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 辺りは暗くなり、田所さんは父さんに連れていかれ、今僕はステージの裏の待機スペースに椎葉さんと何人かのスタッフと一緒にいる。

「生人くん準備はいい? といっても生人くんの出番は最後の方だからまだ時間はあるけどね」

 スタッフにメイクをしてもらいながら、横目で僕を見つめながら話しかけてくる。

「動きや言われたことは全部頭に入ってるから任せて!」
「頼んだよ。今回の一番の盛り上がり所は君なんだからね」

 ピンクのウィッグをつけ終わり、ライブの衣装に着替え終わりこちらにウインクを飛ばす。
 いつもと違い、この前のライブの時同様に自然に視線が吸い込まれるような不思議なオーラを纏っている。

「じゃ、アタシ行ってくるね。後は打ち合わせ通りに頼んだよ!」

 僕に一言置いていき、彼女はステージの方へ駆け出していく。

「桜坂高校のみっんなー! やっほー! みんなのアイドル! アイだよー!!」

 ここからは見えないが、ステージの方からポップな音楽が鳴り出し、直後に大勢の人達の歓声が上がる。
 この学校にもアイのファンはかなり多い。晴人や岩永さんもそうだったはずだ。

「今日は日頃頑張ってるみんなのために来たよ! いつもと比べてちょっと短めだけど、それでも楽しんでいってね!」

 前振りは終わり早速アイは自分の曲を歌い始める。そして段々と僕の出番が近づき、緊張が張り詰めてくる。
 いつもの配信ではこんな緊張することはないのに、人の舞台でやるというだけでいつもの数倍は緊張してしまっていた。

 椎葉さんの顔に泥を塗らないためにも絶対にこのライブを成功させないと……!!

「実は今日はみんなにとっておきのサプライズがあるんだ! みんながきっと知ってるあの人がライブに来てくれているんだ!
 それじゃあカウントダウンスタート! 5! 4! 3!」

 このタイミングで僕はステージに向かって走り出す。もう既にラスティーに変身しているので、ステージまでは少し離れていたがそれでも間に合うほどの速度だ。

「0!!」

 椎葉さんの掛け声と共にスモークが勢いよく噴射され、そこを突っ切るようにして僕はステージ上に飛び出す。
 
「えぇぇぇ!? あれラスティーじゃん!?」
「そういえば生人いないぞ! あっちにいたのか!」

 観客からは先程よりも更に大きな歓声が上がり、中には僕の名前を呼ぶ友達の声も聞こえる。峰山さんも最前列で僕に手を振ってくれている。
 風斗さんもいて、流石にこの前の海のライブのような格好ではないが、その時に持ってきていた団扇を持ってきている。

「今回のサプライズゲストはアタシのDOの同僚でもあり、今や超有名ダンジョン配信者となったラスティー君です!!」

 椎葉さんが拍手をして、僕に明かりと注目のスポットライトが当たる。

「ラスティー参上! みんな今日はよろしく!」

 バク転を披露しながらポーズ決め、ステージが拍手と歓声に包まれる。

「さてさて今回ラスティー君と歌うのは、なななんと今回初出の曲!」

 背後にあるモニターが緑色に変化し、そこに僕達が歌う曲名が表示される。
 曲名は"アイドル&ヒーロー"。僕と椎葉さんの二人の夢をテーマに作ってくれた歌らしい。

「この曲で最後! みんな最高に盛り上がっていこー!」

 椎葉さんは右手を突き上げるのと同時にステージの横からスタッフさんがランストを投げる。
 それはピッタリ椎葉さんの手の上に落ち、それを装備しスーツカードをセットする。

[アイドル レベル1 ready……]

 椎葉さんはピンク色の可愛らしい鎧を纏い、曲の冒頭のイントロが流れ始める。

「いくよ生人くん……」

 口をマイクから離し、僕にだけ聞こえる声で不安が蠢く僕の心を綺麗にしてくれる。
 もう緊張はなかった。ただひたすらに、彼女の想いに応えたいという純粋な気持ちだけが僕の心を支配する。
 この一曲はリハーサル通りに、何もトラブルなく終わりこのライブは大盛況にて幕を閉じるのだった。


☆☆☆


「いやーありがとうね生人くん! おかげで大盛り上がりだったよ!」

 ライブが終わり待機スペースにて、着替え終わった椎葉さんが僕の手を握り軽く揺さぶる。

「椎葉さんの教え方が上手だったからだよ。こっちこそありがとう。良い経験になったよ!」

 これはお世辞とかではなく、ライブ中は観客全員の様子を見ながら調整しないといけない細かさだったり、予定通りの動きを正確にしつつもしもの場合も考えておく集中力だったり、かなり勉強になる点があった。

「あ、生人さん!」

 スタッフの人達がステージの片付けに取り掛かり、他の生徒達も自分達の出し物の片付けをし始め僕も戻ろうかとした時、峰山さんが待機スペースにいる僕を呼びに来る。

「峰山さん! どうだった僕の動き? 結構練習したんだよね」
「はい! 初めてとは思えないくらい上手でしたよ! それでその……今からわたくしと一緒にクラスに戻りませんか?」
「うん……え? クラスに?」

 展示がしているのはクラスではなく空き教室だ。彼女にしては珍しく言い間違えたのかなと思ったがそうでもないらしい。

「どうしても生人さんに今すぐ来てほしいんです」
「別に良いけど……」

 椎葉さんからはライブが終わったらすぐにクラスの方に戻ってくれて構わないと事前に言われている。
 何も問題はないのだが、出し物の片付けを放ったらかしにしておくのは気が引ける。
 それでも半ば強引に峰山さんに引っ張られいつも使っている教室に連れて行かれる。

「開けますね」

 峰山さんは妙に含みがある言い方をして、教室の扉に手をかける。
 開けた瞬間たくさんの破裂音が鳴り、僕の眼前にはいくつものカラフルな紙吹雪が舞う。

「え……何これ?」

 クラスのみんなが持っていたのはクラッカーで、それを僕に向けて一斉に撃ったのだ。
 どういうことか分からなかったが、岩永さんが花束を持っていることから恐らく何かを祝ったり感謝したいということだろうと察しはつく。

「いやー寧々ちゃんの提案なんだけどね、日頃生人くんはみんなのために頑張ってるし、今回の文化祭も熱心にやってくれてるからみんなから感謝の気持ちを伝えようとして。
 あ、はいこれお花ね」

 岩永さんは僕に数十本のバラの花束を手渡してくれる。

「あとわたくしからはこれを」

 峰山さんは置いてある自分のバッグから赤色の花瓶を取り出してそれを僕に渡そうとしてくれる。
 だが僕は花束で両手が塞がってしまっており上手く受け取れない。

「あー……ちょっと待ってね。花束を……」
「えいっ!」

 峰山さんが僕の頭に花瓶を被せる。それは良い感じに僕の頭にフィットする。

「わぁっ! 何するの峰山さん!」
「うふふ。ごめんなさい。つい……」

 いつもは見せない子供っぽい笑い声を溢し僕をからかう。
 初めて会った時のあのツンツンしていた彼女からは考えられない行動だ。

「まっ、とにかくこれからもよろしくな生人!」

 晴人がガシッと僕の肩を掴み揺らす。

「……うん!」

 嬉しかった。
 別に対価や感謝が欲しくて人助けやヒーロー活動をしているわけではなかったが、それでもこうやって人と仲良くなって、こうして面を向かってお礼を言われるのは素直に嬉しい。
 そんな達成感めいたものが心を満たしてくれて、僕の頬を一筋の水滴が伝う。
 そうしてこの文化祭は幕を閉じるのだった。
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