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一章 出会いとクリスタル
11話 転換点
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「恨んで憎んで、負の感情だけを心の中に溜め続けていたら、きっと君の体は保たなくなる。いつか限界を迎えて心身共に壊れてしまう」
月明かりが水面に反射して俺の瞳を照らし、それがまた水面を照らし、何度も何度も光が行き来する。
「でも……」
「分かってる。この気持ちは論理や理屈だけで解決するものじゃないって。
だから俺を殴ってよ」
「え……は?」
両手を広げて反撃しない意を示し、彼女に体を差し出したが、彼女は上手く言葉を出せず行動にも移れずあたふたしていた。
「もし人間全体に恨みがあるなら、俺を殴って発散してよ。それで君が落ち着けるならそれに越したことはないよ」
「でもそんなこと……」
「いいから。やってよ」
ちょっとずつエルフィーの方に歩を進め、ジリジリと少しずつ圧をかける。
まだ迷いが顔に残っていたが、彼女は拳を握りしめ俺の顔面を殴り抜いた。
だがその威力は小動物すら殺せないほど弱く、軽く俺の顔に触れただけだった。
「は、はは……ありがとう。少しは落ち着いたよ」
エルフィーは表情が穏やかになっており、先程までのピリピリした雰囲気はなかった。
「アタシも分かってた……人間が全員悪い奴じゃないって。でもエルフとして過ごしていた日々と、昨日のあの光景のせいで分かっていてもあんな態度を……」
「仕方ないよ。さっ、早くみんなのところに戻ろう」
「いや……それでも少し一人にして頭を冷やさせてくれ。大丈夫だ。ちゃんとすぐ戻る」
「了解。あんまり体冷やさないようにね」
俺はもう大丈夫だと判断して、長老達がいる場所まで戻る。
エルフの男二人とミーアがもう薪を集めてくれていて、ミーアが太い木の棒を大木に高速で擦りつけ火をつけて焚き火を作っていた。
「ただいま。エルフィーは少ししたら戻ってくるって」
「そうですか……リュージさん。少しジジイの世間話を聞いてくれませんか?」
「世間話……? 別にいいですよ」
俺は長老の近くに腰を下ろし話を聞く姿勢を取る。
「実は数週間前騎士団の人からある話を持ちかけられたんです」
「騎士団の人? 何か魔物とかの注意喚起とかですか?」
男二人の表情を見るに他のエルフはこのことについては知らないようだった。
「人間と関係を持てという話じゃった。最近世間が物騒になりつつあるから、騎士がエルフの村を守るために人間と交流を持って欲しいと頼まれたのです」
なるほど。平和のためにエルフと関係を持っておきたいし、エルフにもしものことが起こった時のために騎士を動かしやすくしたかったといったところか。
「今までエルフは他種族と関わらず生きてきました。それが種の存続のため一番のやり方だと小さい頃からみんな教えられてきました」
鎖国体制と似たようなものか。確かに野心的に利益を出すことを求めないのならば、外界からの、特に異種族との交流だなんてトラブルのきっかけにしかならないしな。
「ですがそれを貫いた結果が昨夜のあのザマです。騎士団の人の頼みを受け入れていれば、時代の変化に寛容に人間達と交流を深めていればあんなことにはならなかったかもしれない。
昨晩からずっとその考えが頭から離れないのです」
「確かにそうかもしれません。でも、もし受け入れていたらもっと悪い結果になったかもしれません」
「はい? それは一体どういう……?」
「未来がどうなるなんて分からないですよ。だからこれから人間と交流を持つかどうかは、あなたの判断で決めるべきです」
外野の俺が今回の件もあったのだからもっと人間に寛容になっておけなどと、そんな傲慢な態度は取れない。
言えるのはこのような相手の自由意志に任せるようなものだけだった。
「そうじゃの……結局は自分自身で決めんとな……」
それから特に会話もなく、エルフィーも戻ってきてみんな眠りにつく。
そして翌日。早朝にみんな目覚め体力が満タンな状態で駆け足で森を抜けて街に辿り着く。
そこからはこの街について一番詳しい自分が奴隷市場までみんなを案内する。道中で買ったフードでエルフの人達は頭を隠し、そう時間はかからず市場の入り口まで来る。
市場はサーカスのテントのようになっており、この中で舞台の上に奴隷を立たせて競らせているはずだ。
「ここからはバラけて動こう。エルフの子を見つけ次第……」
「きゃぁぁぁぁ!!」
俺がみんなに指示を出そうとした時、市場の中から女性の甲高い叫び声がここまで響く。
「火事だ!!」
「うわぁぁ!!」
女性だけではない。様々な人の悲鳴が聞こえてくるのだった。
月明かりが水面に反射して俺の瞳を照らし、それがまた水面を照らし、何度も何度も光が行き来する。
「でも……」
「分かってる。この気持ちは論理や理屈だけで解決するものじゃないって。
だから俺を殴ってよ」
「え……は?」
両手を広げて反撃しない意を示し、彼女に体を差し出したが、彼女は上手く言葉を出せず行動にも移れずあたふたしていた。
「もし人間全体に恨みがあるなら、俺を殴って発散してよ。それで君が落ち着けるならそれに越したことはないよ」
「でもそんなこと……」
「いいから。やってよ」
ちょっとずつエルフィーの方に歩を進め、ジリジリと少しずつ圧をかける。
まだ迷いが顔に残っていたが、彼女は拳を握りしめ俺の顔面を殴り抜いた。
だがその威力は小動物すら殺せないほど弱く、軽く俺の顔に触れただけだった。
「は、はは……ありがとう。少しは落ち着いたよ」
エルフィーは表情が穏やかになっており、先程までのピリピリした雰囲気はなかった。
「アタシも分かってた……人間が全員悪い奴じゃないって。でもエルフとして過ごしていた日々と、昨日のあの光景のせいで分かっていてもあんな態度を……」
「仕方ないよ。さっ、早くみんなのところに戻ろう」
「いや……それでも少し一人にして頭を冷やさせてくれ。大丈夫だ。ちゃんとすぐ戻る」
「了解。あんまり体冷やさないようにね」
俺はもう大丈夫だと判断して、長老達がいる場所まで戻る。
エルフの男二人とミーアがもう薪を集めてくれていて、ミーアが太い木の棒を大木に高速で擦りつけ火をつけて焚き火を作っていた。
「ただいま。エルフィーは少ししたら戻ってくるって」
「そうですか……リュージさん。少しジジイの世間話を聞いてくれませんか?」
「世間話……? 別にいいですよ」
俺は長老の近くに腰を下ろし話を聞く姿勢を取る。
「実は数週間前騎士団の人からある話を持ちかけられたんです」
「騎士団の人? 何か魔物とかの注意喚起とかですか?」
男二人の表情を見るに他のエルフはこのことについては知らないようだった。
「人間と関係を持てという話じゃった。最近世間が物騒になりつつあるから、騎士がエルフの村を守るために人間と交流を持って欲しいと頼まれたのです」
なるほど。平和のためにエルフと関係を持っておきたいし、エルフにもしものことが起こった時のために騎士を動かしやすくしたかったといったところか。
「今までエルフは他種族と関わらず生きてきました。それが種の存続のため一番のやり方だと小さい頃からみんな教えられてきました」
鎖国体制と似たようなものか。確かに野心的に利益を出すことを求めないのならば、外界からの、特に異種族との交流だなんてトラブルのきっかけにしかならないしな。
「ですがそれを貫いた結果が昨夜のあのザマです。騎士団の人の頼みを受け入れていれば、時代の変化に寛容に人間達と交流を深めていればあんなことにはならなかったかもしれない。
昨晩からずっとその考えが頭から離れないのです」
「確かにそうかもしれません。でも、もし受け入れていたらもっと悪い結果になったかもしれません」
「はい? それは一体どういう……?」
「未来がどうなるなんて分からないですよ。だからこれから人間と交流を持つかどうかは、あなたの判断で決めるべきです」
外野の俺が今回の件もあったのだからもっと人間に寛容になっておけなどと、そんな傲慢な態度は取れない。
言えるのはこのような相手の自由意志に任せるようなものだけだった。
「そうじゃの……結局は自分自身で決めんとな……」
それから特に会話もなく、エルフィーも戻ってきてみんな眠りにつく。
そして翌日。早朝にみんな目覚め体力が満タンな状態で駆け足で森を抜けて街に辿り着く。
そこからはこの街について一番詳しい自分が奴隷市場までみんなを案内する。道中で買ったフードでエルフの人達は頭を隠し、そう時間はかからず市場の入り口まで来る。
市場はサーカスのテントのようになっており、この中で舞台の上に奴隷を立たせて競らせているはずだ。
「ここからはバラけて動こう。エルフの子を見つけ次第……」
「きゃぁぁぁぁ!!」
俺がみんなに指示を出そうとした時、市場の中から女性の甲高い叫び声がここまで響く。
「火事だ!!」
「うわぁぁ!!」
女性だけではない。様々な人の悲鳴が聞こえてくるのだった。
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