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「お前の後をつけてみれば……こんな場所で男と密会していたとは……心底失望したよ」

 そうため息を放つロイは、虚ろな目で私を見つめ、それからアーロンを見た。

「確かお前は同じクラスの……アーロンだったか? 貴様のようなやつがエミリアと……バカバカしすぎ笑えないな」

「私に何か御用ですか?」

 堪らず私は口を開く。
 今までにないほどの冷たい声で。
 するとロイは嘲笑を浮べて、私に手を伸ばす。

「エミリア。もう一度僕の元へ帰ってこい。再び婚約しよう」

「……はい?」

 感情の籠らない命令口調に、違和感しか覚えない。
 しかしロイは逆に自信満々なようで、言葉を続ける。

「サラとは別れたんだ。やっぱりあいつは僕の婚約者に相応しくなかった。僕としたことが……一生の不覚さ。やはりお前のような従順な婚約者が僕には相応しい。だろ?」

「は?」

 全く訳が分からない。
 アーロンと話していた私を馬鹿にしたと思えば、次の瞬間には婚約者への誘い。
 しかもまるで私を道具のようにしか思っていない高飛車な発言。
 好感の持てる所など微塵もない。

「おいおい、そんなに怖い顔をするなよ。今までのことは全部水に流してやるから」

 流してやる? 
 流してくださいの間違いじゃないの?
 怒りがどんどん募り、私の顔は自分でも分かるほどに険しくなっていく。
 そして地の底を思わせる低い声で返答をする。

「あなたの婚約者にはなりません。一生!」

「え……」

 途端にロイの顔が曇った。
 眉間にしわがより、怒りが露わになっていく。

「ふ、ふざけるなよ……お、お前みたいな無能が僕の申し出を断っていいわけがない……くそっ……くそっ……!」

 言葉こそ荒々しいが、態度からは何の迫力も感じない。
 動じない私を見て、更にロイは怒りを増幅させていく。

「お前は黙って僕の婚約者になればいいんだ! それがお前の運命だ! 自分の運命を受け入れろ!」

 どこまでこの人は身勝手なのだろう。
 怒りを通り越して呆れた私が口を開くも、先に言葉を放ったのはアーロンだった。

「ロイ王子。それは違います」

「何!?」

 ロイの鋭い視線がアーロンへと飛ばされる。
 アーロンは怯えたように顔を強張らせたが、言葉を堂々と続ける。

「エミリアの運命は彼女自身のものです。他の誰もそれを奪うことはできません。エミリアが自分の道を選択するのです」

「何を訳の分からないことを言っているんだ……」

「それはあなたの方です! これ以上エミリアを苦しめるのは止めてください!」

 アーロンがロイの前へと進み出る。
 暗い裏庭に陽光が差し込み、アーロンの姿を勇者のように照らした。
 
「ロイ王子。王子の自覚もないあなたにエミリアは渡さない! 命に代えても!」

「な、なんだと……」

 ロイは怒りで拳を堅く握ると、それをアーロンへと突き出した。

「う、うわ!」

 動揺したアーロンは反射的に腕を前に出す。
 タイミングよくそこへ飛び込んできたロイは、不覚にもアーロンの拳に顔面を衝突させ、「ぐっ」と呻き声を漏らした。

「こ、こいつ……」

 ロイは数歩下がり、鼻を手で覆う。
 指の隙間から鮮血がしたたり落ちていた。
 彼は背後に控えていた護衛の兵士に叫ぶ。

「これは紛れもない暴力だ! 今すぐあいつらを捕らえろ! 死刑にしてやる!」

 しかし先頭にいた初老の兵士が首を横に振る。

「申し訳ありませんが、その命令には従いかねます」
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